長編、企画 | ナノ

【番外】月島くんとおじいちゃん


※企画 "三つ巴の闘い" で遭遇済みのため、面識ありとしています。


夏休み最終日の部活休み。
月島は一人で街中に出ていた。
宿題もすっかり終わらせているし家でゆっくり休もうかとも思っていたが、普段なかなか買い物になど行けない。
これを機に必要なものを一通りまとめて買うためだ。

あらかたの買い物を終え、増えた荷物を片手にまとめてお茶(とケーキ)でもしてから帰ろうと、このあたりで割と気に入っている落ち着いた雰囲気のカフェに向かう。

人知れずウキウキしながら歩いていると、店の前でばったりと跳子の祖父に遭遇した。

(ゲッ…)

この人にはいい思い出があまりない。
月島は咄嗟にカフェを諦めて、作り笑顔のままくるりと踵を返そうとした。

「ん?おっ、君は確か跳子の…。」
「…こんにちはーじゃあ失礼しますー。」
「ちょい待て。まぁ待て。」

しかしがっつりとその腕を捕まえ、なぜか上から下までじっくり見てくる跳子の祖父。
月島は居心地の悪さを感じ、笑顔がだんだんと苦い顔に変化していく。

(嫌いなわけじゃないけど、この人苦手…。)

なんだか全てを見透かされてるような気がしてしまうのだ。
そんな風に大人の余裕さでいなされるのは、月島にとってあまり楽しいことではなかった。

そんな風に考えている月島の気持ちを知ってか知らずか、跳子の祖父が「ふむ…」と納得したように一つ頷く。
そして口の両端を限界まであげるようにして作った満面の笑顔を月島に向けた。

「月島くん、だったか。…ちょぉっとわしにつきあってくれんかの?」

月島にとってその笑顔には嫌な予感しかしない。
一度しか会ったことのない、しかも敵意を露わにされていた人だ。
こんな笑顔を向けられるような覚えなどもちろんない。

それに前会った時の帰り道に澤村が言っていた。「しおらしいフリに騙された」と。

「いや、僕これから用が…」
「買い物を終えてカフェに寄ろうとしてたくらいだし、暇じゃろ?」
「…。」

手にある荷物、そして向かおうとしていた場所。
その二つで推測されたであろう事実に月島は思わず言葉が詰まる。

(この…!)

沸点があがる月島を、「まぁまぁ」と宥めながら老人とは思えない力で引っ張っていく。
どうやら入ろうとしていたカフェの上に向かうようだ。



「…で。なんなんですか、これは。」

不機嫌を通り越した月島の額に青筋が浮かんで見える。
意味のわからないまま着替えさせられ、頭をセットされ、よくわからない機材の前に立たされている。
どうやら撮影スタジオのようだ。

カメラマンの横に立った跳子の祖父が、笑いながら説明する。

「いやぁ助かったわぃ。うちの新商品のスポーツシューズのポスターを撮るんじゃが、モデルが渋滞で遅れてての。」
「はぁ!?」
「衣装チェックといくつかのカメラアングルやポージングを試すだけじゃ。身長がちょうど同じくらいでな。」

もはや月島の意思を聞くつもりはないらしい。
その後カメラマンや数名のスタッフと話す姿は、見たこともないくらい真剣そのものだった。

帰ろうにも服と荷物が人質状態となっている。
しぶしぶと苦虫をかみつぶしたような顔のまま、月島はカメラマンに言われた通りに気だるげに動く。
それが一番早く帰るための手っ取り早い道だと理解していたからだ。

「…このモデルは笑顔が足らんのう。」
「…モデルじゃないんで。必要ないです。」

まぁ確かにな、と跳子の祖父がニッと笑ったのを見て、月島は大きなため息をついた。


「バイト代は今度支払うからな!」
「別に要りませんよ。」

そう言ってスタスタと月島が家に帰ったのは先月だったか。
履いていた新商品のスポーツシューズを無理矢理渡され、それは使い勝手がよくて重宝しているのは誰にも言っていない。
キラキラした目で日向に何処で買ったのかしつこく聞かれたが。
しかし−…

(あんのクソじじぃ〜〜〜っ!!)

雑誌を持つ月島の手が思わず震える。
何故か自分がそのままポスターに載って雑誌に掲載されていた。

【媚びるな】
【勝ってから笑え】

笑顔のない自分の顔の横につけられたキャッチフレーズは、聞いていたものとは随分と違う。
印影を濃い目に使った手法を用いていることと、眼鏡をしておらず髪型も違うためにあまり気付かれなさそうなのが幸いではあったが。

『月島くん!!アレ、どうしたの!?』

翌日の朝練の後に、驚いた顔の跳子に聞かれる。
その声に他の部員たちが不思議そうに振り向くのが見え、月島が顔を歪めた。

「ちょっと!…声、大きいんだけど。」
『あっごめん!ナイショだった?』

今度はできるだけ小さな声で話す跳子を連れて、月島は体育館から出る。
誰も気付かない自分にすぐに跳子が気付いてくれたのは、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分だ。

「…ちょっと君のおじいさんに手伝ってって頼まれたんだよ。」
『あっおじいちゃんに!?無理矢理、だよね。ゴメンね!』
「…強引だよね、結構。」
『本当にごめん…。私も小さい頃やらされた事あったよ。』

嫌いって泣いたらもうやらなくなったけどね、と苦笑する跳子を見て、あのおじいさんにはそれは効果絶大だっただろうと月島はため息をついた。

「…どんな人なの?鈴木にとってさ。」
『優しくていいおじいちゃんだよ。心強い味方。…あ、でもたまに見た目からか"タヌキ"って愛称で呼ばれてるの聞いたことあるなー?』
「タヌキ…。」

(…それ、絶対見た目じゃない。)

『あ、それでかな!おじいちゃんから月島くんに渡してって預かってきたんだ。』

そういって跳子に渡されたのはシンプルな封筒。
怒りと共に突っ返してやろうと思いながら、持ってきてくれた跳子の手前月島は一度受け取る。

朝練の後に一応中身を見てみれば、結構な金額のお金と一緒に同封されていたのは、お詫びが綴られた一通の手紙と−
…跳子の写真だった。
何かのパーティだろうか。いつもとは違う見たことのない艶やかな姿。

(くそっ)

つッ返すつもりでいたはずの月島が、封筒を鞄にそのまましまって舌打ちする。

手紙の最後に書かれた"オマケつき"の一言。

ニヤリと笑うタヌキの悪い顔が頭に浮かぶ。
結局思い通りになってしまうのは癪だったが、それでもあの写真を見てしまえばもう抗えない。

悔しそうに頭をかきながらも、月島の顔は赤いままだった。


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