●●●揺れるミント・ブルー
(どどどどうしよ。何着ていけばいいんだろう…!)
お風呂上がりの跳子は服という服をベッドの上に広げて腕を組む。
とうとう明日は夏休み最終日。そして久しぶりの部活がまる一日休みの日だ。
きっと田中や西谷、日向や影山もこの日にまとめて宿題をやるのだろう。
日向に涙目で懇願され、いけないと思いつつも何冊かノートを貸してしまったことは澤村には内緒だ。
先程の帰り道、澤村が以前「デートをしよう」と誘ってくれたことはもちろん覚えていたが、もしかしたら冗談だったのかもしれないと思うと跳子からは何も言えず、むしろずっとくだらない話を続けてしまった。
しかしもうすぐ跳子の家に着くという時になって、澤村が照れ臭そうに切り出した。
「えーっと…鈴木。体調とかは大丈夫か?」
『え、あ、ハイ!元気、です!』
「ハハッ!そうか。元気か。」
その答えに澤村が、それはよかったと声に出して笑った。
「一次予選前に言ったこと、覚えてるか?」
『えっと…』
「…鈴木。明日の休み、よければ一緒にでかけませんか?」
俯く跳子に、澤村が改めて優しく声をかける。
珍しい澤村の敬語に思わず顔をあげた跳子から微笑みがこぼれた。
『ハイ。…私も楽しみにしてました。』
「よかった。さすがに緊張したよ。」
澤村のホッと胸を撫で下ろすような仕草に跳子がクスクスと笑いはじめたが、「笑うな」とおでこをピンと軽くはじかれてしまった。
「じゃあどこに行くかな。」
『どこも嬉しいですけど…夏らしいところとかいいですよね。』
「そうだなぁ。あ、じゃあ市内のあのでかい水族館とかどうだ?実は行った事ないんだ。」
『わぁ!行きたいです!今クラゲがたくさんいるってCMやってました!』
そして二人で待ち合わせを決めると、そのままいつものように手を振って別れる。
しかし今日は玄関のドアを閉めてからも跳子のゆるんだ頬はなかなか戻らなかった。
もう一度思い出してにやける跳子を携帯の短い音が呼んだ。
ちえとゆかからのLINEの返信だ。
(二人して"絶対にミニスカ!"…って他に何か助言ないの〜!?)
そしてそのまま軽く1時間は悩んだ後に、ようやく服が決まる。
時計を見て慌てて片づけをはじめ、ドキドキしたままベッドに入り込んだ。
翌日、跳子は待ち合わせ時間に十分な余裕を持って家を出る。
出かける前に跳子は祖母に全身をくまなくチェックされ、「頑張りなさい」と喝を入れられた。
何も言ってないハズなのに祖母は何故か全てお見通しのようで、跳子は少し恥ずかしかった。
待ち合わせ場所に到着し、そわそわとしながらその場に立つ。
夏の風に、真新しいミント・ブルーのミニスカートの裾が揺れた。
時計を見ると待ち合わせ時間まであと30分ほどあった。
本屋に入るか、お茶にするか。
本来だったらそれくらい余裕があるが、跳子はこのまま澤村を待つことにした。
ドキドキして何も手につかない気がしたからだ。
5分ほど経ち、跳子の右肩が後ろからポンと叩かれる。
跳子が振り向くと、見覚えのない男の人がニコニコと立っていた。
「わっ!君可愛いね!何してんの〜?美味しいモノでも食べに行かない?」
『えっ…あの、ゴメンナサイ。待ち合わせしてるんです。』
「え〜待ち合わせ〜?」
『ハイ。…私、初めてデートに、誘ってもらったんです。』
あまりの嬉しさにエヘヘと照れ笑いをしながら初対面の人に言ってしまう。
そのとろけるような笑顔に男も思わずつられて笑顔になるが、慌てて違う違うと首を振る。
「そーなんだ〜…じゃなくて!そんな男放っておいてさ〜…。」
『あっ!先輩!!』
跳子の目に、走ってくる澤村の姿が映った。
輝くような笑顔をそちらに向けた姿に、ナンパした男が一瞬また見とれてしまう。
跳子は嬉しそうに手を振りながら、どんどんと近づいてくる澤村を見て、ふとあることに気づく。
(あれ?…なんか、黒笑顔…!!?)
理由はわからないが、澤村が満面の笑みで真っ黒い影を背負っている。
(え、え?なんで?!)
走って到着した澤村に、跳子が恐る恐る口を開く。
「あ、の…」
しかし何を聞く間もなく、澤村にギュッと思いきり抱き締められた。
(!!!)
「来るの、早いな。そんなに楽しみだったのか?でも待たせて悪かったな。」
(!?!?)
跳子は全く意味がわからないまま、目を白黒させるしかない。
そんな跳子を澤村がゆっくりと解放するが、肩に手は置かれたままだ。
そしてそのまま「今日も可愛いな」と愛しそうな笑顔を向けられ、跳子は顔が爆発しそうになる。
頭はますますパニックだ。
(何、澤村先輩どうしちゃったの〜っ?!)
口をパクパクさせる跳子にクスリと笑った後、さも今気付いたとばかりに澤村が隣でポカンとする男に目を向けた。
「あ、失礼。俺の彼女が何か?」
ニッコリという擬音がつくが、ますますオーラは真っ黒だ。
「…あーもー何でもねぇよ!初デートってその子からも聞いたよ!あーぁリア充め、ちくしょー!」
ナンパ男が降参とばかりに手を挙げ、そのままくるりと踵を返す。
そして「まさかナンパした子にのろけられるとは…」とブツブツぼやきながら去っていった。
男の姿がすっかり見えなくなったのを確認し、澤村がくるりと振り向く。
もういつもの澤村だった。
真っ赤になって口が開いたままの跳子を見て、澤村が思いきり吹き出した。
「ブッ!アッハハハ!鈴木、口開いてるぞ。」
ハッと我に返った跳子が笑っている澤村にワナワナとしながら反撃する。
『ヒドイです!何ですか今の!!そりゃ驚きますよ!!』
「いや、悪い悪い!変なのに絡まれてるから平和的解決をだな…」
『全然平和じゃないです!!心臓に悪すぎますよ!!』
「いや、悪かったって。」
怒る跳子を宥めるように頭を撫でる。
うーと唸りながら、跳子がポスンと澤村のお腹に拳を入れた。
「…本当にごめんな。待たせたようだし。」
『いえ…、待ち合わせには、まだですよ。』
少しずつ落ち着いてきた跳子にもう一度謝った。
もういいです、とぎこちなく笑った跳子に、澤村はお礼を言いながらも思う。
(…心臓に悪いのはこっちの方だよ。)
絶対に跳子が待ち合わせに早めに来ると思い、澤村も早く出ていたが想定したよりも早かった。
跳子の姿が見えたと同時に隣に立つのは見知らぬ男。
悪いことにこちらの予想はしっかりと当たってしまった。
(まぁでも、ちょっとやりすぎたか…)
自分の行動を省みると、随分と恥ずかしいことをしてしまったと気付く。
ポリポリと頬を掻くのは恥ずかしい時の澤村の癖だ。
跳子がキョトンとした顔で見つめてくるので、澤村は視線を上の方に逸らした。
「…あー、鈴木。待ち合わせに遅れないのはいいことだが…次からは早すぎるのも禁止だ。」
『ええっ!?』
「色々と心配なんだよ。…さ、行くか。」
『あのっ、先輩!』
「??」
おはようございます、と跳子が笑って言った。
そういえばまだ挨拶もしてなかったかと、澤村も改めて返事を返す。
「…おはよう、鈴木。今日は楽しもうな。」
まだ一日は始まったばかり。
今日も暑くなりそうだ。
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