長編、企画 | ナノ

持つべきものは


烏野が春高の一次予選を無事突破した翌日。
部活中に鳥養コーチが、伊達工が同じく一次予選を勝ち上がった事を報告してくれた。

(これでまた、戦えるかもしれない−!)

日向が顔を輝かせる隣で、月島が理解できないとでも言うように呟く。

「強敵が残ったって事なのに、なんでそんな嬉しそうなのさ…。」
「え。だってもっかい戦いてーじゃん!」
「…全然。」

冷たい視線を浴びせ、月島は鼻を鳴らしてもう一度前を向く。

大会で2連戦したため、今日の部活は夕刻までで終わる。
その後は昨日約束したように、月島と山口は跳子と一緒に谷地の家で勉強することになっていた。
宿題なんて後に残す程のものじゃない。
そう考える月島はそのほとんどを終わらせてはいたが、跳子と居られる時間が増えた事には素直に喜んでいた。

(鈴木の従姉のお店でケーキ買ってこう…。)

解りにくくウキウキしながら、月島は自主練習を始めた。


今回は日向と影山に声をかけるなと凄むように月島に言われていたので、予定通り4人で勉強会だ。
谷地の家に向かう前に、跳子の従姉のケーキ屋へ寄った。
今回来るのが初めての谷地を従姉に紹介した後、皆でケーキを選び出した時に跳子の携帯が震えだした。
祖父からの電話だ。

『おじいちゃんからの電話だからちょっと外出るね。お姉ちゃん!私、新作のグレープフルーツのやつで!』
「ハイハイ。」

自分の言葉に3人が頷いてくれたのを確認し、跳子は扉の外に出る。
途端にむぁっと熱気を感じながら電話に出ると、今日の帰宅時間についての確認だった。
二言三言会話をし、すぐに通話が終わる。

『…ん、わかったー。じゃあね。』

その時跳子の目の前を通り過ぎた背の高い男の人が、何かをパサリと落とした。
気づかずにそのまま過ぎ去ろうとするその人に、跳子が慌てて声をかける。

『あのっ!』
「…ん?」
『これ、落としましたよ?』
「え、あっ!ほんとだ!すいません、ありがとう!」

拾った物を手渡すと相手が照れたように笑った。
跳子は何となく誰かの面影があるように感じる。

その時後ろで扉の開く音がして振り向くと、買い物を終えた3人がお店から出てきたところだった。

『あ、ごめんね!一緒に買ってくれた…』
「明光くん!!」
「兄ちゃん…?」
「!蛍!忠も!」

出てきた3人に跳子が言葉をかけようとすると、山口と月島が驚いたような声を出した。
そして今しがた声をかけた男の人も二人の名前を口にする。
同時に跳子の横で、先ほど落とした物を慌てて隠すように鞄にしまったのが目に入った。
小さくグシャリと紙が折れるような音がした。

(??)

そのまま山口が嬉しそうに駆け寄り、月島が嫌そうな顔をしながらその後に続く。

「久しぶり!明光くん!」
「おぉ忠、久しぶりだな。随分背が伸びたんじゃないか?」
「でもまだ明光くんには届かないよ!」
「…兄ちゃん、ここで何してんの?」
「蛍、そんなイヤそうな顔するなよ。」

(月島くんのお兄さん?!誰かに似てるとは思ったけど…!)

跳子がポカンとその様子を見ていると、谷地も同じような表情のまま近寄ってきた。
その視線を感じたのか、明光が振り向く。

「俺としては、お前らが女の子を連れてる方がビックリだよ。」
「ちっ、違うよ!二人ともバレー部のマネージャーなんだ!」
「…鈴木さんと、谷地さん。…こっち、うちの兄貴。」
「初めまして、月島明光です。弟どもがお世話になってます。」

ますます不機嫌そうに眉根を寄せた月島とは対照的に、明光が満面の笑顔で挨拶をしてくれた。
跳子と谷地も慌ててペコリとお辞儀をしながら自己紹介を返す。

「蛍が出てきたって事は、ここのケーキうまいのか?」
「…まぁまぁ。」
「という事は相当うまいんだな。じゃあ後で母さんにも買って帰るか。」
『あ、ありがとうございます!』
「え??」
「…鈴木の従姉のお店だから。…買ってくならショートケーキも一個追加で。」
「わかってるよ。」

プッと笑って互いに手を振り、そのまま反対方向に歩き出す。
少しだけ進んだ後、跳子が3人に断って一人明光に駆け寄った。
しかし何と声をかけていいのか迷ってしまう。

『あの、…月島くんのお兄さん!』
「鈴木さん?どうしたの?」

驚いた顔して振り向いた明光に、少し迷ったように跳子がこそこそと小声で話す。

『失礼かもしれませんが、さっき落とされた物を見て…』
「!!」
『この先の通りを左に入ったところに、最近できた大型のスポーツショップのビルがあるんです。もしご存じなければと思って…。そこなら色々な種類の物があるので、月島くんが気に入るような物もあると思います。』
「!よく、わかったね。ありがとう、行ってみるよ。」

その言葉に跳子が嬉しそうに笑ってお辞儀をし、不思議そうに見ている3人の元に戻る。

『ごめんね!お待たせしました!』
「…何の話だったの?」
『ううん。ちょっとお勧めのケーキの話をしただけだよ。』

腑に落ちないような顔のままの月島を見て、跳子は少し笑った。
そのまま4人で歩き始める。

『いいお兄さんだね。』
「…別に。普通でしょ。」

そう言いながらも月島の顔が、跳子の目には少し嬉しそうに見えた。

(いいなぁ、兄弟って。羨ましい。)

先ほど明光が落とした物、それはスポーツグラスの商品カタログだった。
月島に見られないよう慌てて隠した様子を見て、きっとプレゼントだと跳子は思ったのだ。

(それにしても−)

『…月島くんのお兄さんなのに爽や…』
「…何か言った?」
『いえっ何も!?』

心の声が思わず漏れそうになり、跳子は慌てて口を塞いだ。


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