「あれぇ〜?なまえじゃん。」
「紅覇様、ご機嫌麗しゅう。」
煌帝国首都にそびえる禁城は恐らくこの国でもっとも安全とされる場所であるがその宮中でさえも文官、あるいは武官に恐れられる区画がある。
それが此処、煌帝国第三皇子練紅覇様が主に生活される区画である。
「何でお前がこんなとこに居るの?」
「紅炎様に書簡を届ける途中なのです。」
紅覇様は宮中の中でも最も気性が荒いと言われている方で、今週に入ってから二人も文官を切り殺している。
もっとも、何故その者たちが切られたかと言うと彼に仕える武官たちのことをどうやら化け物扱いしたかららしいので所謂自業自得である。
第三皇子は歪なものを集めるのが好きだとか、周りの人間は好き勝手に彼のことを評価するが周りに理解されなくても彼が怒りを抱くことは至極最もで筋が通っていると私は思っている。
しかし、そんなことを一介の文官たちに説いたところでどうしようもないし、結局私が彼等の泣き落としに負けて禁城一の危険地帯を通って書簡を届ける羽目になるのだ。
私もなるべく一人では歩き回りたくないのだが。
「そんなの、そこら辺の平文官にやらせとけば良いじゃん。」
「あははは…たまたま手が空いていたので。」
いやいや、貴方のせいでそれが出来なくて困ってるんですけどね?とは流石に言えないので笑って誤魔化す。
「まあ、いいや。僕も炎兄に用事あるしぃ、付いていってやるよ。また武官共に絡まれたら困るだろ?」
「うぅ、…有り難うございます。」
10年経った未だに私が紅明様の側近だと言うことが気に入らない武官は沢山居て、一人で行動すると必ず決闘を申し込まれたり、闇討ちされそうになることがある。
特に出仕したての若い武官には私は非力な女に見えるらしくかなり嫌味を言われることも珍しくない。
だから、一人で彼方此方と歩きまわるのはなるべく避けたかった。
紅覇様の申し出により、いつもよりも楽に紅炎様の執務室に着くことが出来た。
戸を軽く叩いて礼をして入ると、いつものごとく眉間の皺を深くした紅炎様が書類とにらめっこしていた。
「お忙しいところ失礼します。書簡をお届けに参りました。」
「なまえか、ご苦労だったな。」
「僕もいるよ、炎兄ぃ〜。」
「紅覇、」
書簡を手渡すと紅炎様はその場で文を広げて読み始めた。
「時に、紅炎様。先日紅明様のお部屋に椅子が増えておりまして。」
もし、紅明様の言った通りならお礼を言わねばならない。
「ああ、あの椅子は征服した国の王宮の宝の一つだ。面白い細工がしてあってな、」
紅炎様は思い出したように文机の引き出しから古書を取り出した。古書はかなり古びてボロボロだったがしっかりとした作りで背表紙には小さな宝石が一つ嵌め込まれていた。
「うわ、なにこれ、ボロボロだよ。」
「本の本体と石は別々の場所にあった。この石は椅子の飾りのひとつでこれを嵌め込まねば本も読めないようになっていた。」
「そういえば、あの椅子。背もたれのところの装飾が不自然に窪んでるところがありましたね。」
「ああ。」
紅覇様は黴臭いと言いながら本を広げて数秒見つめたあと読めないと言って紅炎様に返していた。
「それなら、とても大切な椅子だったのでは?紅明様がこの部屋には椅子が一つしかないからと紅炎様が下さったと仰っていました。」
紅炎様は一瞬目を見開くと面白いことを聞いたと言わんばかりに笑みを深めて、紅覇様にはこの鈍感と罵られてしまった。
「なまえ、あれは紅明が欲しいと俺に言ったからやったんだ。元々俺は石さえ手に入れば良かった。」
「お前ってほんと鈍感だよねぇ〜。呆れちゃうよ全く。」
「え、ちょ、どういうことですか。」
「あいつが最近、自分に仕えてる側近が10年も共に生活しているのに二人だけの時ですら部屋で畏まったように突っ立っていて忍び無いとこぼしていた。」
「明兄あー見えて照れ屋だからね〜。感謝しなよ。」
顔の温度がどんどん上昇してくのが分かるこんなにむずかゆい気持ちになるなんて何年ぶりだろう?
「俺ではなくて、紅明に礼を言うことだ。」
「は、はい!有り難うございます!」
失礼しました。と二人に礼をして廊下をバタバタと走る。途中ですれ違った青秀様の廊下を走るなと言う声すらも無視して紅明様の自室へと向かった。
部屋の前につくと紅明様が丁度部屋から出てきたところで息を切らせて来た私を不思議そうに見た。
「なまえ、丁度良いところに来ましたね。いまお茶が沸いたところです。」
「あ、頂きます。」
例の椅子に座り茶を啜ると少しだけ気分が落ち着いたけど、やはり胸のむずむずとした感覚は収まらず、手前に座る紅明様の顔を見ることが出来なかった。
「どうかしましたか?」
「いいえ、紅明様。大好きです。」
自分でも何を口走っているのかよくわからない。紅明様はまた目を丸くした。
「はい?」
「あ、いや。いつもの感謝を伝えておこうと思いまして、」
「はあ、明日は槍でも降ってくるんじゃないでしょうか……。」
紅明様はそう言ってそっぽを向いてしまったけど、揺れる耳飾りを着けた耳は微かに赤く染まっていた。
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