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三回戦に向けて







「おにぎり3つ?」
「そ、三橋さぁ…3キロも体重減ってやがるんだよ」
「ああ、だから1つ増やすのね」

球技大会2日目。今日は三橋も無事復活し、名前達は一安心していた。そんな日の昼休み前、各試合を終えた名前と阿部は自分たちの教室に戻りながら話していた。

「監督には了解とった?」
「ああ。だからさ、わりーんだけど篠岡にも言っといてくれるか?」
「うん、いいよ。……と、噂をすれば」

ちょうど視界に篠岡が映り、名前は足を止めた。

「私千代ちゃんに言ってから来るから先に行ってて」
「おー」

名前は一旦阿部と別れ、篠岡の側に行った。するとそこには同じクラスの美亜と紋乃もいて、何やら大事そうな話をしている。名前はみんなに気付かれないよう、後ろからこっそりと聞き耳をたててみた。

話の内容は、どうやらダンス部に所属している2人がチアガールをやりたいとのことで、それを聞いた名前は妙にテンションが上がってしまい、つい声を出してしまった。

「チアガール!」

「えっ!?」
「うわっ、名前!」

後ろの水道からいきなり現れた名前に、美亜と紋乃がちょっとした悲鳴をあげた。

「どうしたの?名前ちゃん」

2人とは違い、いたって冷静な篠岡が言った。

「あ、ごめんねいきなり。千代ちゃんに話があって近くまで来たら、チアガールって聞こえたもんだから…」

「私に話って?」
「あのね、何か次から三橋君のおにぎりだけ1つ追加して欲しいんだって」
「三橋君だけでいいの?」
「そーみたい」
「オッケー」

ニコッと笑う篠岡。それに柔らかな笑みで返す名前。そんな2人の業務連絡を、美亜と紋乃は何故かそわそわしながら聞いていた。

「ところでさ、2人ともチアガールやるってホント!?」
目を輝かせて振り向いた名前。

「うん…でもまだ決定したわけじゃないんだ。悩んでるの」

美亜が黒い髪を弄りながら言う。

「えー…私は絶対やるべきだと思うな。だってチアガールがいるだけでスタンドが華やかになるもん」
「そかな?」
「勿論!ね、やろうよチアガール!」

2人の手を取り、ふわりと名前が微笑んだ。
その笑顔に圧されて美亜と紋乃はお互いに顔を見合せ、おずおずと頷いた。

「じゃ、じゃあ…やろうかな…」
「うん…頑張ってみる…!」
「やった!ありがとね、2人とも」

そんなわけで、ここにチアガールが2人誕生した。

お昼が終わり、試合を見に行くため1時に集合するようにと監督から指示を受けていたみんなは、時間まで思い思いに過ごしていた。寝てる人もいればゆっくり過ごす人、それぞれだ。

そうして、集合時間の15分前になった。キャプテン花井は、少し早めに教室を出て、集合場所に向かっていた。すると、ふと校舎の角からこっそり何かを見ている阿部を発見。不思議に思いながら、花井は彼の肩に軽く触れた。

「何やってんだ?もうすぐ時間だぞ」
「しーっ。ばれたらマズイんだから静かにしろって」
「はぁ?何言って……あぁ、なるほど」

花井が目線を阿部と同じ方向に向けると、そこには名前と見知らぬ男子生徒が立っていた。大方、告白か何かだろう。雰囲気からしてそれしか考えられない。

「あれ、誰か知ってんの?」
「知らね。ただ、3組の奴だろうってのは何となく想像つく」
「何で?」
「沖が言ってたから」
「へぇ…」

阿部と沖でそんな話をする事があるのか。
花井は表情には出さないものの、内心すごく驚いていた。

「何か最近、名前のことをしつこく聞いてくるやつがいるらしくてさ、沖は取り敢えず知ってることは話したらしいんだけど、肝心な俺と付き合ってるってことを言い忘れたらしくてな。だから一応俺に伝えとくって今日言いに来たんだ」
「なるほどな…」

阿部と沖が2人だけで仲良く喋る姿を想像しきれなかった花井は、阿部の言葉を聞き、すごく納得してしまった。

「ここ最近ってことは、桐青との試合とか関係なしに前から名字のこと気になってたんだな」
「多分…。でもな、さっきから聞いててあいつ、まったく告白する気配がねぇの。何かもじもじもじもじして…あーイライラする」

確かに、名前を呼び出した男子生徒は先ほどから一向に口を開かない。呼び出すだけ呼び出して、何も言わないなんて時間の無駄だ。名前は困ったな、と小さくため息をついた。

「あの…私これから試合を見に行かなくちゃいけないんだけど…」
「えっ、あ、ごめん…っ」
「じゃあ…もう行っていい?」
「ま、まっ…待って!!!!」

踵をかえして立ち去ろうとした名前の腕をその男は慌てて掴んだ。

「じゃ、じゃあさ、メルアド…教えてくれ!」

男は既に携帯を持ち、準備万端だった。

「教えてもいいけど取り敢えず隆也に聞いてみないと…」
「は?タカヤ?」

いきなり男の名前が出てきて男子生徒は口をポカンと開けた。だが無理もない、阿部のことは沖から一切聞いてないのだから。

「えっ…タカヤって…?」
「野球部のキャッチャーだよ」
「や、そうじゃなくて!…もしかして…彼氏…とか?」
「そうだけど…?」

当たり前のように言ってのけた彼女に、男子生徒は驚きを隠せない。それに加えて、急にここにいることが恥ずかしくなって、何処かへ走り去ってしまった。

「行っちゃった…」

1人残された名前は、特に大きなリアクションもせず、時間を確認して集合場所へと足を進めた。途中、阿部と花井に会い、2人から先ほどのことを色々聞かれたりしたが、取り敢えず無事に時間内にたどり着くことができた。

「おー平日だっつのに人入ってんな!」

岩槻西高校対崎玉高校の試合。バックネット裏は人でいっぱいだったため、三塁側の内野席で観ることになった名前達は、そこまで移動して、三回戦のスタメンを発表された。田島の怪我が全治1週間で、三回戦には間に合わないということで、花井が4番になったり泉が3番になるなど、結構人が動いた。

「…岩槻西は、今日実は夏の初戦なのよね。データからして実力的には岩槻西が上だろうけど、崎玉には前の試合の勢いが残ってる。さて、どっちが勝つと思う?」

スタメンを発表し終わって、監督がこう問いかけた。
この試合で勝った方が対戦相手になるのだ。みんなは監督の言葉を聞き、改めて身を引き締めた。


「監督さん!」

しばらくして、右の方から保護者2人が現れた。名前の母親と阿部の母親だ。

「あ!名字さん!…と…」
「こんにちわ、阿部ですー。1回戦は来られなくてすみませんでした」
「いえいえ!阿部さん、はじめまして!」

監督は駆け足で階段を降りて、2人にビデオの説明をするためにバックネット裏へと案内した。それを珍しげに眺めるチームメイト。監督達が見えなくなったと同時に、名前(と阿部)は質問攻めになってしまった。

「今来てたの名字のかーちゃん?」
「うん」
「横の黒い服着てたのが阿部のかーちゃん?」
「おー」

泉の言葉にまったくやる気のない返事をした阿部。だけどそれはいつものことなので名前も気にしなかった。

「阿部ん家と名字の親は高校時代の友達だったんだっけ?」

栄口が振り向いた。

「そーだよ。お父さん同士は知り合いでもなんでもなかったけどね」
「そっかー。それにしても、阿部んとこも名字んとこもスゲー野球好きなんだな。わざわざ見に来るなんてさ」
「ん?」

栄口の言っていることに少し違和感を感じ、名前は首を傾げた。しかし周りを見てみれば、不思議に思っているのは自分を除いて花井だけのようだ。その花井に至っては、あまりにも周りの人が知らなすぎてイライラし初めているようだった。

「あれ…みんな聞いてないの?」
「何が?」

泉が名前の方を向き、尋ねる。それに便乗してみんなも揃って彼女を見た。

「えっ、だからさ。保護者内で担当決めて、同じブロックの試合行って、ビデオ撮ってるんだよ」

「へぇー…」

知らなかったな、と泉を初めとしてみんなが口々に呟く。

「隆也は知ってた?」
「あー…まあな」

どうやらこの場でその事を知っていたのは、たった3人だけのようだ。名前は少し眉を寄せて苦笑いをした。



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