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そんな二人の甘いような甘くないような雰囲気に耐えかねた人物がいた。阿部の隣に座っていたキャプテンである。その花井の何か言いたげな視線に気付いた阿部が、一瞬眉を潜めてチラリと目線を投げた。
「…何、花井」
「いや、そう言う話は帰ってからしてくれよと思って」
「盗み聞きとは性格わりーな」
「ちげーよ!聞こえてきたんだ!」
揶揄われたと理解してはいるが、咄嗟に花井は顔を赤くして声を上げた。別に二人を嫌ってるわけではないし、別れて欲しいとも思っていない。ただ、無性に羨ましくなるというか、虚しくなるのは致し方ないと思う。
「じゃ、俺行ってくるから」
そんな気持ちを振り払うように、花井は眼鏡を外して席を立った。シード校が漸く終わり、クジの順番が近づいてきていたのだ。
「花井!強いとこがいい!127番引いてきて!」
「はぁ?127ってぇと…武蔵野じゃねーか!やだよ!」
「嫌がってると引きそうだな」
田島の無茶振り、というか向こう見ずな物言いに顔を青くしていると、早速横から阿部の意地悪な突っ込みが入る。
「花井、クジ運悪いだろ」
「なっ…!悪くねーよ!!」
そう慌てて返すが、よくよく考えると良くも無かった気がしてきた。花井はこれ以上テンションが下がらないよう早々にその場から立ち去るべく階段を駆け降りる。背後ではまだ田島と阿部が面白がりながら花井に声援を送っている。
「クジ運悪くても諦めるなー」
「頑張れ花井ー!」
「だから悪くねーって!!」
これで変な番号引いたらアイツ等のせいだからな、と半ば怨みを込めながらも、ドキドキしながら花井は遂に一つの紙を掴んだ。
『西浦高校84番!西浦高校84番!』
マイクから発せられた内容に、西浦だけでなく会場が妙にざわついた。
西浦が去年の優勝校、桐青を当ててしまったのだ。
「あれま、花井君囲まれてるね」
「そりゃ相手が相手だしな」
「あれ、隆也は弱気なの?」
「まさか。きちんと打順組んで田島を使えば一点くらいとれるだろ」
「だよな!」
名前と阿部の間にいきなり田島が顔をつきだした。すると、田島と阿部の一言にチーム全員がこちらを向く。その皆の顔色を見るに、かなり弱気になってしまっているようだ。確かに去年の優勝校とあたるとなると、弱気になるのは当たり前だろう。だが、阿部の考えは違っていた。
「桐青は露出が多いからある程度準備できる。バッテリーのクセとバッターのクセ分析して、あとは守備で変なミスさえしなきゃあ…三橋が完封してくれる!」
他の人からしてみたらまだ不安は残るだろうが、いつからいたのか急に顔を出した監督もこの意見に賛成したため、反論は出来なかった。名前はもとから勝つつもりでいたので反論も何もないのだが、一つ、気になる事があったので提案してみた。
「じゃあ…あの…練習時間をもっと増やさなきゃですよね…?」
「そう!そうなのよ!」
名前の意見に共感する監督。
「今の練習時間のままだとやりたいことやりきる前に夏大が始まっちゃうのよね。だからね…五時半集合にしましょ!ちなみに夜は九時上がり!」
監督の表情から、物凄く本気だということは勿論伝わってくる。毎日選手達の練習に熱心に取り組んでくれるだけではなく、昼間授業のある時間帯はバイトをしてバイト代の全てを部に注ぎ込んでいる。
その勢いに圧倒され、次第にチームメイト全員に「やれるだけやってみよう」という前向きな気持ちが芽生えてきた。完璧に不安がなくなった訳ではないが、それと同時にこのチームならやれるかもしれないと、そんな自信がふつふつと湧き上がってきていた。
「シードに勝てばあとしばらく楽だからね。一緒に頑張りましょ!」
「「はいっ!」」
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