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≫抽選会1



六月

『夏の全国高等学校野球選手権埼玉大会組み合わせ抽選会場』



野球部全員がなんとか赤点を回避した地獄のテストが終わり、本日は抽選会へと皆で訪れていた。マネージャーである篠岡と名前は先生側と生徒側とに分かれて行動する事となり、名前は阿部達に付き添っている。しかしながら中々列が動かず、皆は暇を持て余していた。名前も勿論例外ではなく、無言で携帯を弄っている阿部を横目に、他校の選手達を観察する事でなんとか時間を潰していた。

「みんな大きいな…」

制服でどこなのかわかる学校もあれば、そうでない学校もある。あの人はどこの高校だろう、何年生なのだろう、と色々考えを巡らせながら、ガタイの良い生徒達を見て名前はついポツリと言葉を漏らしてしまった。最近は西浦のチームメイト達ばかり見ていたせいか、おそらく上級生であろう他校の生徒の身体つきに、思わず驚嘆してしまったのだ。

「そうか?」

不意に頭上から降ってきた返事に、名前は目線を上げる。しかし声の主は一向に携帯からは目を離そうとしない。

「身長だけの話じゃなくて、身体つきもしっかりしてる事だよ」
「…ああ、確かに」

ようやく顔を上げたかと思えば、ぐるりと周りを一瞥してズボンのポケットへ携帯を仕舞った。

「皆はまだ一年だから、これから成長が楽しみだね」
「…まぁ、あんまり俺身長とか体重とか意識した事ねぇけど、身体作りはしっかりやりてぇよな」
「皆凄いよねぇ…俺、ちょっとお腹痛くなってきた…」

下腹を摩りながら弱々しい声で、栄口が背後からひょっこりと顔を出した。慣れない場所で、これまた沢山の野球部員達に囲まれてやや萎縮してしまっているようだ。

「え、栄口君大丈夫?先に入る?中にトイレあるだろうし…」
「うん…ちょっと…側にいたい感じ」

名前の提案に強く頷きながら、栄口は若干顔を青くした。しかし、切羽詰まっているのは栄口だけではないようだ。更に焦りの表情を浮かべた三橋が、半泣きで「俺も」と手を上げたのだ。

「三橋君もトイレ…?」
「う、うん…!」
「お前もかよ!神経性の下痢なんてなっさけねぇなぁ」
「ちょっと隆也」
「ちっ、違…ッ、オシッ…!」

最後までは言わせて貰えなかった。花井が二人を慌てて中へ押しやったのだ。







「あいつら…どこまでいってんだ」

名前達は先に会場へと入り、席についていた。そんな時に花井が時計を見ながらもう流石にトイレから出てきただろうと思っていた二人の姿を探す。

「私…ちょっと行ってくるね」
「え、マジで。一人で大丈夫か?」
「携帯あるんだから大丈夫だよ」

阿部の心配を軽く流し、名前はあっという間に外へ出た。

「入り口から近いトイレって確か一つしかないよね…ッ!?」
「あっ、すんません!」

あちこちに目をやりながら歩いていたら、急に何かとぶつかった。体格的に男子であると理解したと同時に名前は咄嗟に選手だと気付き、慌てて頭を下げる。

「すみません!お怪我はないですか…あっ」
「あ…」

顔を上げればそこには見覚えのある顔が。
以前武蔵野と浦和の試合の時にもぶつかってしまった高瀬準太だ。

「高瀬…さん」
「えっ、俺の名前…というか浦総と武蔵野ん時にも会いましたよね?」
「凄い、覚えててくださったんですね。またぶつかってしまって、本当にすみませんでした」

深々と頭を下げる名前に、釣られて高瀬も頭を下げる。

「桐青の高瀬さんですよね。急に名前まで呼んですみません」
「えっと…」
「あっ、私西浦高校の野球部のマネージャーしてます、名字名前です。出来たばっかりの部なので、認知度もかなり低いとは思いますが…」
「ニシウラ…」

矢継ぎ早に繰り出される情報の数々に、高瀬は処理が中々追いつかなかった。初めて会った時から少し気にかかっていた人物と、思わぬところで再会したのだから何かしら仲良くなれるキッカケを掴めないかと、変に気持ちが高揚している。

「…高瀬さん?」
「あっ、いや…出来たばっかって、もしかして今年?」
「そうですね。今年から硬式になりました。部員は全員一年生なんですよ」

という事は名字さんも一年か。
高瀬は何とはなしに名前の姿をじっくり眺めた。前回はここまでしっかりと対面する事は無かった為、今までぼんやりとしか頭の中に無かったイメージが少しずつ塗り替えられていく。全体的に小柄で、一見クールそうに見えるし、初めて会った時も感じたが年下と言われなければわからないほど大人っぽい雰囲気は相変わらずだ。しかし話してみると表情豊かでよく笑い、ただただ純粋に可愛いと思ってしまった。

「あの…ちょっと今人を探しているので失礼させてもらってもいいですか?」

何も話さない高瀬を不思議に思いながらも、名前は本来の目的を思い出しておずおずと話を切り出した。すっかり自分だけの世界に入り込んでしまっていた高瀬は、そこで漸く我に帰る。

「えっ、あ、うん…」

我ながらなんと間抜けな声だろうか。ロクな言葉も返せず急に恥ずかしくなりながらも高瀬は頭をフル回転させ、折角のチャンスを逃さないようにと自分の元から立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。

「待って!」
「?」
「あの…よかったらメルアド交換しねぇ?…あっ、しませんかっ」

いきなりの事で一瞬ポカンとしたが、受けておいても損はないかと、名前は自分の携帯を取り出した。

「いいですよ。赤外線で送りますね」
「あ、ありがとう」
「では、私はこれで」

ドキドキしているのは自分だけだというのは高瀬も勿論自覚していたが、連絡先をゲット出来ただけで今は満足だった。後で利央に自慢しよう。そんな気持ちを胸に、先を急いでいるらしい名前の後ろ姿を高瀬は暫く眺めていた。






「うぃー…助かったよ名字。あのままじゃ俺ら迷子になってたもん。なぁ、三橋」
「う、うん…!」

無事に栄口と三橋に会うことが出来た名前は、漸く揃って会場まで戻ってくる事が出来た。名前は安堵のため息をつきながら阿部の隣に腰を下ろすと、間も無くして会場内に抽選会の開始を告げる音楽が流れ始めた。本当に時間ギリギリだったようだ。


一番初めにステージへと登ったのは千朶高校。それからARCや春日部市立などへ続く。そして桐青へ。

「あ、桐青…」

先ほどのこともあり、名前は無意識に呟いていた。だがそんな小さな声も隣の男には流石に拾われてしまった。

「桐青がどうかしたのか?」
「あ、うんあのね、さっき三橋君達を探しに行ったとき高瀬さんとたまたまぶつかってさ…って言ってもぶつかるのは二回目なんだけど。だからね、二回目っていうこともあって少し話が弾んだの。そしたら高瀬さんの方からメルアド交換してくれって言われたからさっき交換してきた」
「ふぅん…」
「あ、もしかして怒った…?」

素っ気ない返事をされて、名前は少し心配になった。もし阿部がやきもちを妬いてくれたのならそれはそれで嬉しいが、阿部との中を拗らせるつもりは名前には微塵もないので、もしそうなるようなら高瀬には悪いがメルアドは削除するつもりだ。だが、阿部の返答は意外なものだった。

「別に。信用はしてる」
「そうなの…?」

驚いた。名前は目を見開いて阿部の顔を見た。しかし阿部の顔つきは至って真剣で、とても冗談で言っているとは思えなかった。

「お前な…そんなのにいちいち腹立ててもしょうがないだろ。逆にこっちが参っちまうわ。特にお前の場合な」
「へぇー」
「…理解してねぇな」
「私の場合はっていうのがよくわかんないけど他はなんとなく理解したよ。私だって隆也と話す女子全員に嫉妬なんかしないもん」
「はぁ…」
「何よ、ため息なんかついて」
「いや、別に」
「ま、とにかくさ、お互いに信用しあってるってことだよね」
「そういうことだな」

そうキッパリと言いきった阿部に名前は嬉しさが込み上げてきて、思わず笑みを零してしまった。




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