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試合に向けて



抽選会会場から戻ってきた名前たちは早速午後の練習に入ろうとしていた。自転車を並べながら息を整えていると、不意に"ハマダ"と名乗る人が三橋を呼び止め、皆の注意がそちらへ向いた。まさか自分が呼び止められるとは微塵も想像していなかったのか、いつも以上に体をビクつかせておどおどしていた三橋であったが、どうやら今は同じクラスであるがそもそも浜田は三橋が山岸荘というアパートに住んでいた頃の知り合いらしく、それがわかった途端に三橋は妙にハイテンションで嬉しそうに名前を呼んで改めて再会を喜んだ。

「…えっと、でさ!そのギシギシ荘のよしみと言っちゃなんだけど…俺、野球部の応援団作ってもいいかな…?」
「応援団!?」

浜田の言葉に一人を除いて皆固まった。
そう、名前だけが一人、目を輝かせているのだ。しかし大半が固まった状態なのであまりの反応の悪さに、若干の焦りを見せる浜田。

「えっ…だめ…かな…?」

恐る恐る尋ねるといきなり女子に両手を掴まれた。まぁその人物は言うまでもなく名前なわけだが、名前は浜田の手をとり、監督の様に自分の胸の前までその手を持ってきた。

「すごく良いと思う!頑張ってください!」
「あ、そうなの…?ならいいんだけど…」

浜田は握られた手がいつ離されるのかとじっと見つめていた。すると彼女がまた口を開く。

「あ、私マネージャーの名字名前と言います。これからよろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしく…!」

そう言って後ろから何やら不穏な空気を醸し出している泉には全く気付かず、浜田は今までに無いほどのニヤケ顔でその場を去って行った。






「隆也ー。応援団だって応援団。楽しみだね」
「そんなに嬉しいのか?」
「もちろん」

練習が終わり、今日は阿部の家へと来ていた。名前はベッドに仰向けになって携帯をいじっている阿部のそばに腰を下ろすと、太腿の辺りを軽く叩きながら嬉しげな声を洩らす。

「応援団があると選手達のやる気が増幅されて試合がいい方向に持っていける可能性が大きくなるからね」
「まぁそれはそうだけど」
「何、応援団嫌いなの?」
「別に嫌いじゃねーよ。実感が湧かないだけ。あと、三橋が応援団にビビんないか心配なだけ」
「あははっ…確かに三橋君だったらオドオドしちゃうかもね。そこも可愛いけど」
「可愛いってお前なぁ…」
「あれ、やきもち?」
「バァカ」

阿部はグイッと名前を引き寄せた。そして彼女の後頭部を押さえ、優しく口付ける。何度も角度を変えながら、啄むように唇の感触を楽しんでいると、まだ上手く呼吸が出来ないのだろう名前の身体がふるふると震え出した。それを感じ取った阿部はそろそろ限界かと名残惜しそうに唇を離し、彼女の頬をするりと撫でる。

「長い…」
「気のせいだ」

名前はスッと阿部から離れて床に座り直した。その様子を阿部はただぼんやりと眺めていたのだが、なぜか座り直したはずの名前はまた立ち上がり、ベッドの上へと登ってきている。阿部は視線は動かさずスプリングの軋む音だけを聞いていると、微かに自分の身体に重みを感じた。しかも下腹部に。

「何してんだ」

阿部は自分に跨がっている名前に視線を向けた。

「ね、隆也。絶対勝とうね。大丈夫だよね、こんなに鍛えられるまで練習したんだもん」

そう言ってペタペタと阿部の身体に触る名前。彼女自身は何も考えずにしているのだろうが、阿部は今、猛烈に理性を試されていた。

「名前、あのな…」

まずそこを退いてくれ。キスした後にんなトコ乗られたら反応しちまうだろうが。あと身体をむやみやたらに触るな…、とそう言いたいのをグッとこらえ、阿部は無言で名前を抱えて床に下ろした。途端に不思議そうな目線と絡む。

「どうしたの?」
「どうもしねーよ。今日家帰るんだろ?送る」
「…?…うん…ありがとう」

阿部はため息をつきながらベッドから起き上がった。その阿部の後ろをついて行くように名前は立ち上がり、部屋を出ていった。





「ちわっ!」

次の日の朝、浜田は朝練から参加するためにグラウンドへと足を踏み入れた。すると花井が浜田に寄って行く。

「あ、浜田って人?」
「花井だ!」
「うえ、し、知ってんの?」
「バッカ、俺ァ応援団つくろうって人間だぜ?名前くらい知ってるってーの!」

浜田は鼻高々にファーストから順番に一人ずつ名前を上げていく。さすが応援団長と豪語するだけあって、スラスラとポジションと名前が紡ぎ出されていった。

「んで、バッテリーは三橋と阿部!」

最後に付け加えてそう言った浜田に、ボール磨きをしていた三橋はビクリと肩を鳴らした。応援団を作りたい、と言ってきた日からどうしてか何かをずっと話したそうにしている三橋。なのにそもそもの性格故なのか、自分から声をかけられずに何度もチラチラと浜田を見るものだから、とうとう阿部の方が我慢の限界を迎えてしまった。「挨拶くらい、普通にやって来い」と首根っこを掴んで無理矢理浜田の前に立たせてやると、体を震わせながらも何とか、浜田との会話を始めていた。
まぁ確かにこの位強引に持っていってやらないと、クラスメイトとも満足に会話が出来ないのたがら仕方がないのかも知らないが、少し三橋が可哀想だと名前は小さく息を吐いて、隣の男を見上げた。

「隆也…もう少し優しく扱ってあげなよ」

三橋に哀れみの目を向けながら彼のやり残したボール磨きを手伝う名前。阿部もその様子を見ながら再びボールを掴んだ。

「だって、あいつ見てるとイライラしてくんだもんよ。オドオドビクビクしやがって…挨拶したいならさっさと行きゃあいいんだ」
「そこが三橋君の可愛いとこじゃないの」
「だからどの辺がそう感じさせるんだ?俺にはさっぱりわからねぇ。栄口、お前わかるか?」
「えぇっ、俺?」

盗み聞きをしていたから会話の内容は把握しているが、まさか自分に矛先が向くとは微塵も思っておらず、栄口は一瞬目を丸くした。

「どうなんだよ」
「俺は…そうだなあ…イライラとかは特にしないけど、可愛いって感じたこともないな。つーかたまに三橋と田島の会話聞いててすごく疲れる時ある…」

そう言って苦笑いを見せる栄口。一瞬栄口は、二人のどちらかの意見に賛同するべきかと思ったが、ここは自分の気持ちを素直に言うのがベストだと判断し、この答えに至った。

「えー…可愛いのに…」
「…可愛い…か…?面白いじゃなくて…?」

信じられない、とでも言いたげに訝しげな目を向ける阿部に対し、なんて顔を彼女に向けるんだと栄口は苦笑しながら宥めた。

「まぁ…女子から見たら可愛いとこもあるのかもね」






「あんたたちよくやるわねー。練習量で野球部にかなう部活うちの学校には多分ないんじゃない?」
「そうなの?」

昼休み、一緒にお弁当を食べていた友達が唐突に名前に尋ねた。名前はそんなことは一度も考えたことがなかったので首を傾げる。
一日の流れとしては、五分間の瞑想を終えたらストレッチ。それからフリーバッティングでひたすら打ち、球がきれたら全員で拾いに行く。大体は名前が拾っているので部員は基本殆ど拾わなくていい場合が多い。
あとは視覚トレーニングやランナーを置いて実践的なプレーを確認。そしておにぎりを食べたあとは電気のある場所まで移動してもう一汗流す、という感じ。
もしかしたら相当な練習量なのかもしれないが、毎日毎日その練習が楽しいと感じているため苦痛はあまり感じなかった。まぁ自分はマネージャーなのだから他の部員と比べる事自体おかしいのかもしれないが、選手の顔を見る限り辛そうに毎日をこなしているような人はいない。これも監督のおかげなのだろうと名前は一人、感心した。

「朝早くから夜遅くまで、ホントに凄いと思うわ。それなのに殆ど授業中寝てないしさ。偉すぎ」
「そうだよね。みんな、ホントに凄いよ」
「アンタも含めてよ。マネージャーって結構仕事あんでしょ?」
「そうかな…私は好きでやってる事だし」

そう言ってはにかむと、友人は「たまにはあたしとも遊んでよ」と微笑み返す。しかし、そんな和やかな空気はほんの一瞬で、目の前の友人は急に前のめりになって悪い笑顔を貼り付けてきた。

「で?阿部とはどうなの?」
「…え、どうしたの急に。というか話飛びすぎ…」
「いいから答えなさい!」
「えー……」

あまりの急な話の変わりように困惑していると、強めに机を叩かれてしまった。

「何を話せばいいの?」
「話せること全部よ!名前ってば何にも話してくれないんだもん。つまんない」
「つまんないって…」
「あの阿部と付き合ってる事自体凄いのに、毎日練習練習で、カップルらしい事出来てんの?阿部って名前の前だとどんな感じ?」
「ちょ、ちょ…落ち着いて」

さすが女子とでも言うべきか。恋愛の話になった途端目の色が変わっている。そんな彼女の勢いに押されながらも何とか落ち着いて貰おうと食い気味に迫ってくる友人をやんわりと押し返したが、効果はそこまで得られなかった。先程の問いかけにも応えていないにも関わらず、矢継ぎ早に次の質問が投げられる。

「阿部とはどこまでいったの?」
「どこまでって何が」
「だから、あの…アレよ…!」

友達の聞きたいことがよくわからず、名前は頭に疑問符を浮かべた。先程までの勢いはどこへ行ったのか、なぜか急にモゴモゴし始めた様子に更に名前は疑問を抱いていると、徐に頭上に何か固いものが乗せられて意識がそちらへと移った。

「隆也、」
「どこまでって最後までに決まってんだろ」

名前の代わりにそう答えた男は今まさに話題の中心になっていたもう一人の人物で、何食わぬ顔で頭に乗せていたものを名前へ改めて手渡した。

「ほら、桐青のビデオお前に渡しとくからな」
「あ、うんわかった」

どうやら頭に乗っているのは次の試合に向けての貴重なビデオのようだ。名前はその資料を受け取り、鞄へ仕舞った。

「って…阿部!今最後までって言った!?」

一部始終を眺めていた友達が、ハッと我にかえったように声を上げた。

「言ったけど?」
「マジで!そっかー最後までかぁ。おめでとう名前」
「…?…うん、ありがとう?」
「わかんねぇなら言うなよ」
「いや、一応言っとかないと」

真顔でそう言う名前に阿部はため息をついた。そんな阿部を同情の眼差しで見る名前の友達。

「名前ってたまに天然というか抜けてるっていうか…」


この苦労は本人以外は皆承知。彼女はいつになったら自覚するのか。それはまだまだ先のことになりそうだ。



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