試合開始
『一番セカンド栄口君』
篠岡のアナウンスから試合が開始された。叶が一球目を投げる。それを栄口はうまくサード前へと転がした。だがサードが捕らずピッチャーが処理して惜しくもアウト。
「試合慣れしてないはずなのにずいぶん落ち着いてますね、叶君」
「そうね…急速も120ってとこかしら」
「多分そのくらいでしょう。雰囲気あるし、決め球もある」
沖と阿部のバッティングを見ながら監督と名前は小さく会話する。その間にスリーアウトとなり、選手が戻ってきた。
「あれ…」
すると、なぜか三橋が阿部の防具を持って立っている。どうやら阿部に防具をつけるのを手伝うために待っているらしい。
「三橋君、手伝うために待ってたの?」
子犬みたいだと微笑めば、すぐに阿部の批判が返ってきた。
「違うぞ名前」
「へ?」
「三橋…俺の後ろに隠れても無駄だぞ。マウンドには隠れる場所ないんだからな」
あらら、そういうことか。
阿部の言葉でギクリとした三橋だが、すぐにマウンドを見つめた。そして決心したのかスタッと立ち上がり、マウンドへ走る。
一球目はどうやら阿部が全力投球の指示を出したようだ。三橋の全力投球はまだストライクになる確率は低い。今回も案の定ボールの軌道は大きく外れ、宮川を顔辺りまでミットが動く。だがこれは阿部の計算の内のようで、三橋に「ナイスボール」と言って返していた。
このあと宮川をアウトにとり、スリーアウトまで簡単にとった。あっという間に交代となる。
『二回の裏西浦高校の攻撃は四番サード田島君』
「はーいっ」
アナウンスが流れ、元気よく出ていった田島。しかし二球とも手を出さず、打つ気がないのかとさえ思われた。そして次にきたのがボール。そこで阿部がポツリと呟く。
「で、2-1からフォークか。芸のないリードだぜ」
「あれ、その芸のないリードでも打てなかった人はどこの誰かな」
「……うるせ」
「いたっ」
ニヤリとしながら阿部に近づくと、デコピンをくらってしまった。しかし少し涙目になりながらも名前は阿部の袖をクイッと引っ張る。
「なんだ?」
「大丈夫だよ」
「何が」
「…田島君はフォークを狙ってるんだと思うよ」
「…フォークを?」
「うん」
見れば最後のボールはやはりフォーク。だが田島はそこでタタッとステップし、見事にレフトセンター間へボールが落ちた。
「ほらねーっ」
みんなが唖然としている中、田島はツーベースまで進んだ。それを見て急にベンチが慌てだす。
「どどっどーするっ」
「ナイバッチなナイバッチ!」
「よし」
「せーのっ!」
ナイバッチー!!
皆の様子を見て、名前はじわじわとチームが出来上がっていく感じに心を奮わせた。
「この感じ、最高ね」
嬉しさで体を震わせている監督とも目が合い、互いに喜びを分かち合う。にやにやの止まらない顔をスコアで隠しながら、名前はマウンドへ想いを馳せた。
その後花井が三振してベンチへ戻ってきた。監督がフォークを待った訳を聞けば「打てると思ったから」だという。だが監督は怒らずに「それでいいのよ」と言った。
「だけど今回は打てなかった。どうすれば打てるのか次の打席までに考えるんだよ!」
明るく、前向きな言葉に花井は大きく返事をする。
「それからみんな聞いて!」
今度はみんなに聞こえるように監督は声のボリュームを上げた。
「田島君は飛び抜けた野球センスがあるけど…彼の持っていないものがあるの。何かわかる?」
監督の問いかけにみんなわからないという顔をしている。だが名前には一つだけピンとくるものがあった。
「……大きな体…」
「そっ!」
名前の予想は大当たり。
「田島君は体が小さい。あの体格ではどんなにセンスが良くてもホームランは打てないんだよ。点を取るには…あなたたちの力がいるの!このことをよーく覚えといてちょうだい!!」
相手の足りない所を補い、協力して試合に勝つのがチーム。それを改めて感じさせられる監督の発言にみんなは大きく返事をしてそれぞれの位置についた。
次は四番の織田。阿部はデータをとりたいらしく探りを入れると三橋に伝えた。
最初はまっすぐをインの高めに外した。次はインローで外す。そして外のカーブ。これはギリギリストライクだった。
「見ろと…指示でもされてるんでしょうか」
全く動きを見せない織田を不審に思い、名前がポツリと漏らした。
「わからない…慎重なだけかもしれないわね」
監督がマウンドを見つめたまま名前の呟きにこたえた。
「でもハタから見たら三橋君の球は待つ球ではないですよね」
「確かに…ということは三星にも三橋君の球…まっすぐの特殊さに気づいてる人がいるのかも」
「なるほど……あっ動きましたね」
織田が打ったボールはファールではあったが、外のカーブをあそこまで引っ張るとは…すごい力だ。
だがこのあとインの低めでアウトをとり、ワンアウト。次は五番の畠だ。しかしこれもすぐにアウトをとりあっという間に三人目までアウトにした。今のところ三橋は順調である。
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