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過去



ーーーあいつの前に座ると体が震えた。誰だって痛いのは怖い。だけどあの球を捕ればレギュラーになれるのは確実だった。だからあいつと組めたことを幸運だと思ってた。


秋。

「隆也!ちょっといいか!」
「はい!」

グラウンド整備をしていた阿部は監督に呼ばれ、一人の男の前に立たされた。それこそが「榛名元希」であり、本日から阿部達のチームへ入る事となった二年生投手である。この時まで相手がいなかったとはいえ、突然榛名と組むことになったからと事後報告を受け、さすがの阿部も少しばかり驚いてしまった。

「ちいせぇな。ナンセンチ?」

監督がさっさとその場を離れてしまい、妙な沈黙が二人の間に流れた。そこで、最初に口を開いたのは榛名の方であった。

「……160です」
「一年なんかが的じゃおもいっきり投げらんねぇな」
「何でですか」
「怪我するからだよ」
「防具つけてりゃ大丈夫です。それにそこまでキャッチング下手じゃありません」

榛名の言葉にムッとしつつも負けじと言い返す阿部。だが、それがケンカを売られたように感じたらしく、榛名の顔色が変わった。

「下手じゃねぇっつったな。テメーの言葉に責任持てよ?」

鋭い視線で言われた言葉を理解するよりも早く、早速阿部は榛名の球を受けることになってしまった。
しかし、榛名の手から投げられる球はこのチームにいるどの投手とも比べものにならない程速く、強いものだった。無論阿部は初めから捕れる筈もなく、身体の至るところにぶち当たる。防具は殆どその意味を成していない。

「うっ……ゲホッ…ゴホッ」

痛くて、苦しくて。阿部はその場で蹲った。
さすがにこのままではまずいと、周りの選手が阿部に駆け寄って声をかけてから、練習を切り上げた。

「大丈夫か!?」
「うぅ……っ」

何人かのチームメイトに支えられながら阿部はよろよろと立ち上がる。俯いたままであった顔を上げ、榛名を見つめるその瞳は色々な気持ちがごちゃ混ぜになって溢れた涙で濡れていた。



冬。

「名前!」

更衣室の前で名前は榛名に呼び止められた。

「はい?」

ゆっくりと振り返れば、榛名が無表情で名前の目の前まで来て手を引き、何も言わずに急に更衣室へと連れて行こうとした。

「えっ…どうしたんですか?」
「いーから。ちょっと一緒に来いよ。どうせ入るつもりだったんだろ?」
「まぁ…そうですけど…」

楽しそうに手を引く榛名を見てしまっては、名前ももう何も言えなくなってしまった。

名前は秋の終わり頃からこのシニアと関わりを持つようになったのだが、そもそもこのシニアに来ることになった原因は父親にあった。名前の父親はスポーツのトレーニングを専門とする仕事をしていて、ここの監督とも仲が良かった。そこで野球好きの名前は父親と監督に誘われて、ちょくちょく顔を出すようになったというわけだ。それから阿部と榛名に出会い、今ではよく喋る仲になっていた。阿部に至っては同じ中学ということもあり、特に話すようになった。
榛名とはたまに一緒にトレーニングをする事もあった。トレーニングすると言っても一緒に体を動かすというわけではなく、どちらかといえば面倒を見るという形である。どうやら榛名の方が名前の事を甚く気に入ったようで、ちょくちょく自分のトレーニングに誘うようになったのがそもそもの事の発端と言える。



名前はされるがままに更衣室へと導かれ、何故か阿部の前まで連れて来られた。阿部はちょうど着替えている最中だったようで、傷だらけの身体が服の下から覗いている。

「きったねぇ身体」

誰がその傷をつけたかわかって言っているのだろうか。榛名はポツリと呟いて阿部の身体全体を見回した。名前もついでに一緒に見る。本当に至るところに傷がついていて、いかに阿部が頑張ってきたかがよくわかった。

「まぁ…遠慮なしに投げてるからな。お前怖がんねーからよ」

突然榛名がそう言って阿部の頭をポンポンと叩いた。珍しい行動に呆気にとられる阿部と名前。しかしそこでチームメイトが榛名を呼ぶ声が届いた。なんでも監督が榛名を呼んでいるらしく、名前はやっと榛名から解放されると安堵する。しかし、これで本来自分がやりたかったことをやれるのだとその場から離れようとしたその考えが甘かった。名前はまたもや榛名に手を引かれ、連れて行かれようとしているのだ。

「ちょっと榛名さんっ」
「いいのいいの」
「何がですか!何もよくないです!」
「取り敢えず、ついてきて」
「またですか…!?」

名前が焦っているにも関わらず、チームメイトはこの場面をただ見守っている。後ろで阿部の喜びの声が上がった時にようやくざわつき始めたくらいその時は随分と静かであった。

その後も榛名と阿部の間にはたくさんのことがあった。いくつかの大きい喧嘩もあった。それでも阿部はまだ自分は恵まれているのだと、幸せなのだと思っていた。“あの試合”での事があるまでは。






試合のことについて話し終えた阿部は三橋、栄口の前で最後にこう呟いた。

「あいつにとっては俺達チームメイトは練習道具でしかねぇんだ。榛名は俺達とは全然違う次元で野球やってんだよ。まぁ…そういうのもありなんだろうし、すげぇとも思う。けど、あいつはチームのエースとして最低だと思うし俺は…二度と組みたくないね」

そう言い終えた阿部はすごく辛そうな顔をしていた。自分は何のために居たのか、何のために榛名の球を捕っていたのか。その顔で自分の存在理由がわからなくなるほどの辛い過去だったというのが読み取れる。

「阿部…」

栄口が小さめに声をかけると、阿部は少し表情を明るくして顔を上げた。

「っとに…名前がいなかったら俺、相当グレてたな」
「名字が?」
「おう。結構助けられたからな」
「へぇー。あ、俺さ、いつか阿部と名字の馴れ初めを聞こうと思ってたんだよねぇ」
「馴れ初め?」
「うん」

興味津々に阿部を見つめる栄口。いつの間にか三橋まで聞く体制に入っている。するとどこから聞きつけたのか、田島、泉等々チームメイトほぼ全員が阿部の方に目を向けていた。

「お前ら試合見なくていいのか?」
「大丈夫大丈夫!それより名前の話聞きてーもん」
「あのなぁ…」

田島の勢いに圧倒されながら阿部はため息をつく。

「このことは…俺が勝手にべらべら喋っていいことじゃねぇんだ」
「私なら大丈夫だよ」
「名前……」

話にくそうに顔をしかめている阿部の横にちょこんと名前は座った。

「ここで隠し通しても逆にみんな気になっちゃうだろうし…私だって隆也に助けられた部分は大きいから」
「…そうか」

複雑そうな表情を崩さない阿部に代わって、名前はチームメイトひとりひとりの顔をしっかり見たあと、ゆっくりと口を開いた。




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