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「八戒はもう慣れたけどよ、名前チャンもこんなに酒強ェとはなぁ。ホント、今だにビックリするぜ」
「多分僕と同じくらい強いんじゃないですか?」
「流石に八戒には負けるわ…八戒ってば微塵も酔わないじゃない?」
「…どっちも蟒蛇には違いねぇがな」

ガーガーとイビキをかく悟空とは裏腹に、淡々と呑む進める大人達。基本的に喧しく無ければ三蔵も大人しく会話に参加するのだから面白いもので。悟浄はこれは良い機会なのではと、昼間の話題を持ち出してみることにした。既に悟浄の買ってきたビール缶は全て空になり、八戒の仕入れた瓶も二本目が空き、三本目も半分まで減ってきている。酔いもいい具合回り始めた頃だろう。

「今日さ、名前がジープで寝てた時によ、おたくら二人の話してたんだわ」
「…私達の?」

チラリと横目で三蔵の様子を伺いながら、恐る恐る話を切り出した。八戒からは「好きにしなさい」とでも言うようなオーラがビシビシと伝わってくる。

「どんな話してたの?」

上手く引っかかってくれたようで、名前が数回瞬きをしながら続きを促した。

「昔の話だよ。出会った頃の話とか、お前らの関係についてとかな」
「そんなに面白い事は無いと思うけど…」
「イイ女の事は何でも聞きたいもんだろ」
「…くだらねぇ」

カラン、と音を立てながら八戒の注いだウィスキーを流し込む三蔵の頬は僅かに赤みが差していて、いつもよりも幾分か柔らかい雰囲気を纏っている。かく言う悟浄も顔色の全く変わっていない二人と比べると、顔が熱い。だがこの酔いに任せてしまおうと僅かに体を乗り出すようにして楽しげな笑顔を名前に向けた。

「ぶっちゃけさ、三蔵の第一印象ってどうだったよ?」
「玄奘様の…?これ言ったら怒りませんか…?」
「三蔵の事は気にしねーでいいから!」
「おい」

三蔵の低い声が響くが、悟浄の勢いに呑まれるような形で名前はポツリポツリと少し記憶を探りながら正直な言葉を零した。

「…こんなに綺麗な男の人って存在するのねぇって思ったわ」

初めて出会ったのは、月の綺麗な夜だった。
こんな日は煙草が旨いのだと、自分を連れて窓辺に腰掛けて煙草を蒸していた待覚の膝元で月をボンヤリ眺めていた名前は、不意に廊下の暗闇から現れた眩いくらいの金糸の髪とそこから覗く美しい紫暗の瞳、そしてどこか中性的な顔立ちにその場の空気が一瞬にして変わったのを感じて目を丸くした。三蔵法師が到着したというのは小耳に挟んでいたが、まさか目の前にいるのがその三蔵法師なのだとは直ぐには理解が出来なかった。「月の魔魅」かと待覚が零したが、全くその通りなのではと思った程だ。
しかしながら目の前の男にはどこか精気のようなものが感じられず、それも相俟って余計にこの人はどういう人物なのだろうと興味が湧いた。折角の美しい瞳も生きていこうという意志がまるで感じられず、以前慶雲院を訪れた光明三蔵法師とも烏哭三蔵法師ともまた違う、でも目を離す事が出来ない、そんな印象だった。

「…初めはそんなに話すことも無かったし、というかそもそもあの頃の玄奘様は今の数倍話しかけ難いオーラ全開だったから私だけじゃなくて誰ともあまり会話は無かったわね。それでも色々ありながら、もう八年くらい一緒にいるかも」
「すげーなお前、こんな気ィ短ェヤツと八年も一緒にいるなんてよ」

俺だったらお手上げだね、と態とらしく両手を上げて見せる悟浄。すかさず向かいからカチリとハンマーを起こす音が響いて、その後直ぐに起こるであろう事を予測し、間を開けずに気持ちが一パーセントも込められていない謝罪の言葉を返した。

「ねぇ、名前。一つ聞いても良いですか?」
「なぁに?」
「…三蔵とは一体どんな関係なんですか?」

僅かに、場の空気が固まった気がした。
人一倍興味があった割には、結局最後は尻込みしてしまい言葉を心の内に留めてしまう悟浄とは違い、いざとなったら一番潔いのが八戒だ。三蔵に聞いたところで、昼と同じような答えしか返ってこないことは目に見えていた為、別の視点からの考えを聞こうと名前に矛先を転じた訳だが、もしかすると両者共によくわからないままの関係でいるのではないか…という懸念もなくは無い。そんな葛藤を心中に抱えながら、八戒は隣の彼女の言葉を待った。幸いにもガラの悪い最高僧様は口を挟む気は無いようだ。

「…どんなって…明確に言葉にするのは難しいわね…今までそんな事考えたことなかったし」
「想像通りなような…少し違うような返答です…」
「どういうこと?」

八戒も悟浄もやはりな、という思いは一瞬過ぎった。しかしながら三蔵と比べると、幾分か名前の方が突破口が見つかり易そうで安心は出来る。

「俗に言う、彼氏彼女の関係ではないんですよね」
「…えーと、そう…だと思う。ふふ、何だか少し恥ずかしい」
「もういいだろ、面倒くせぇ」

照れ笑いを零す名前の言葉に突然割って入ってきた声と、静かに吐き出される紫煙。三人が目線をやった先には、いつものような苛立ちを含んだ表情とは少し違い、やや複雑そうな顔の三蔵が。その表情の裏に含まれるものは色々と想像が付くが、面倒になってきたという言葉通りの気持ちがその殆どを占めているのは確かだろう。自分達の事にこれ以上踏み込まれたくない、と出会ったばかりの頃の三蔵ならいの一番にそう溢しただろうが、今はそうではないと、根拠の無い自信を持つ程の付き合いがあるからこその結論である。しかし、そんな八戒と悟浄でも予想のつかなかった言葉が直ぐに続いて、互いに目を丸くした。

「いちいち名前を付けなきゃならねぇのか」
「…三蔵?」

いつになく真剣な眼差しは名前に向けられており、八戒の言葉もあまり届いていないようだ。

「彼氏とか彼女とか…くだらねぇ。他の奴らはどうか知らねェが『恋人だから一緒にいる』というのがそもそも意味がわからねェな」
「はァ?なーに言ってんの三蔵サマ?」

頭上に疑問符を幾つか浮かべながら顔を歪める悟浄。八戒はここで少し三蔵の考えが分かったような気がして、黙って続きを待つ。

「種蒔く事しか考えてねェ河童には説明するだけ無駄だ」
「んだとコラ、不能な坊主よりはよっぽどまともだろーが!」
「やめてください二人とも、会話が下品過ぎます」

折角の話題が逸れそうになり、慌てて八戒が仲裁に入る。言い争いはいつもの事であるが、酔いが回っている分これ以上は放送禁止用語が飛び交いかねない。肝心の名前は三蔵から視線を外し、次の酒瓶を開けているが意識はまだ半分こちらへ向いているようなので尚更だ。

「…確かに全てを『恋人同士』とか『恋仲』という言葉で纏めてしまうのは変な話ですよね」
「フン、嫌なら離れりゃいいんだ。それをくだらねぇ言葉で縛るから面倒くせぇ事になるんだろ」

振り返ってみると、自分と花喃の関係もハッキリと言葉にするのは難しいものだったような気がする、と八戒は暫し考え込んだ。互いに依存し合っていたともいえるし、自分の半身であるのだと、二人で一つなのだと思っていた事もあった。そうなってくると、三蔵と名前も簡単な言葉では括れない関係性なのかも知れない。悟空にとって三蔵が(もしかしたら名前も含まれるのかも知れないが)絶対的な存在であるのと同様に、三蔵と名前も互いに依存し合っているような、無くてはならないものなのだろう。俗物的に言えば必需品といった感じだろうか。淡白な様でいて濃厚な、目には見えない強い何かで結ばれているのだろう。

「…じゃあ玄奘様は私と一緒に居たいと思ってくださっているのでしょうか」

静寂にぽつりと浮かんだ透き通るような声は、不安気と言うには些か落ち着き払った感じがした。しかしキチンと言葉にしてくれる事自体少ないのであろう、眼差しは真剣そのものであった。
無意識に八戒も悟浄も固唾を飲んで三蔵の言葉を待ってしまう。

「…当たり前だろうが。西への旅に三仏神からお前も同行させるよう指示があったが、それが無くてもお前は同行させるつもりでいた」
「…初耳です」
「慶雲院にお前一人残して行く訳にはいかねェだろう」
「玄奘様…」

顔を綻ばせ、半ば呟くようにして名前が零した言葉に、三蔵はハッとしたように煙草を灰皿に押し付けていた手を止めた。バツが悪そうに目だけを動かして周りを見やると意味深な視線を向ける悟浄と、穏やかな顔で、まるで息子の成長でも見守るかのような視線を送ってくる八戒と目が合い、盛大に舌打ちを返した。しかしそれでも居心地の悪さは相変わらずで、三蔵は我慢ならずに乱暴な音を立てながら立ち上がる。

「…ッ、テメェらもう寝ろ!!五月蝿ェんだよ!」
「僕ら別に何も言ってないんですけどねぇ」
「だよなぁ、黙って酒飲んでただけなのにな」
「喧しいっつってんだろ!」

そう怒鳴って、三蔵は机の上の煙草を箱ごと掴むと、勢いよく部屋を出て行ってしまった。大方、外に頭でも冷やしに行くのだろう。

「…あれは相当アルコールが回ってましたねぇ」
「滅多にない三蔵サマの惚気だったんじゃねーの?」

出て行った先を見つめながら口角が上がるのを抑える事もせず、八戒と悟浄はお祝いだとでも言うように酒の入ったグラス同士をカチン、と合わせた。

「おーおー、名前チャンも嬉しそうな顔しちゃって」
「ふふ、態度でもわからない訳じゃないけど、やっぱり言葉にされると嬉しいものよ」
「んじゃ、名前チャンも改めてカンパーイ」

差し出されたグラスに、名前も楽し気に自分のグラスを傾けた。






しとしとと降り続く雨粒を屋根の下で眺めながら、何本目か分からない煙草を地面に擦り付けて消し終えた三蔵は、深く息を吐くと部屋へ戻るべくライターとソフトパックを懐へ仕舞った。ひんやりと冷たい空気が、アルコールで火照った身体と頭を幾分かスッキリとさせてくれた気がする。あの時口をついて出た言葉は本心であり、言ったことに対しては何の後悔もない。しかしながらそのような事を名前以外の前で言った事は一度も無く、あの時の八戒と悟浄の表情を思い出すだけで、己の気の緩みを呪いたくなる。
しかし過ぎたことをいつまでもぐちぐちと悩んでいても仕方がない。出る前に「寝ろ」と言ったが何の効力も無かったであろう事を想像しながら、もう一杯飲んで次こそお開きにしようと、自分の部屋への扉に手を掛けたその時、中から悟浄の情けない声が聞こえてきた。

「…ちょっ、名前…っ、タンマタンマ!」

五月蝿ェぞ、と言いかけて扉を開けた所で、三蔵は目を疑うような光景に言葉を無くして固まった。

ソファーに腰掛ける悟浄の上に名前が跨がり、唇を合わせているのだ。

「…っ!」

流石の悟浄も驚きを隠せないのか、目を見開いてはいるが、名前の一生懸命な口付けにはちゃっかり応えている辺りやはり慣れているだけはある。

「名前、ちょっとストップ!」

動けないでいる三蔵の代わりに八戒が名前を後ろから抱えて悟浄から引っ剥がした。それと同時に我に返ったらしい三蔵は、間髪入れずにハンマーを起こして悟浄の頭上スレスレの位置に銃弾を数発打ち込んだ。

「おわーっ!!っぶねぇな!」

ギリギリで避けはしたものの、三蔵の怒りは全く治っていないようで、新しい弾を込め直している。

「もう…名前、ダメですよこんな男とキスなんか…っ、!?」

悟浄の事は三蔵に任せて名前を咎めようとした八戒は、暖かく湿った唇が不意に重なって驚愕した。横抱きにされた事を良いことに八戒の言うことなど気にしないとでも言うように八戒の首に腕を絡ませ、ちゅ、と小さな音を立てながらゆっくりと離れて行く名前。そんな彼女の表情はかなり惚けていて、驚いて言葉を止めた八戒と目が合うと、へにゃりと笑って更に驚愕の台詞を吐いた。

「…ふふ、悟浄と間接キス…」

何とも嬉しそうに零された言葉に、八戒の纏うオーラがドス黒いモノに変わったのを悟浄は瞬時に感じ取った。彼の手中にある気孔がその証拠だろう。これは三蔵の三倍は命の危険があると、本能で察した悟浄は咄嗟にソファーの後ろへ身を隠す。

「覚悟は良いですね?悟浄」
「な、何で俺なんだよ…!全部名前からしてきたんだろーが!」
「いえ何となく。個人的に腹が立ったので」

そりゃ俺だってヤローとなんか願い下げだけどそんなに嫌がる事もねーだろ、と若干涙目になりながら攻防を繰り返していると、漸く三蔵の方がため息を溢して拳銃を懐へ仕舞った。

「ったく、誰だそいつをこんなになるまで酔わせたのは」
「気付いたらこの中では一番度数の高いお酒を一人で飲んじゃってて。ビックリしました、名前も僕と同じ類いだと思ってましたので」
「人間だからな、一応こいつも」

そう言って八戒から受け取った名前を俵担ぎする。横抱きにして、また口付けでもされたら堪らないからだ。今度は八戒と間接キスなどと言われかね無い。悟浄よりは幾分かマシな気もするが、それでも嫌なものは嫌なのだ。




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