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結論から言うと、色事の話はこれ以上掘り下げられる事は無かった。眠りの世界にいた名前が目を覚ましたせいだ。
しかしながら、三蔵の発言を受けて大人組は内心複雑な気持ちでいた。三蔵法師といえどやはり人間の男なのだと安心した部分もあれば、何となくそんな部分は知りたくなかったような、聖職者としての何かを求めていたような気がするのだ。それを口にしてしまえばさぞかし機嫌の悪くなる事だろうと思うが、心のどこかで、片隅で、三蔵と「性欲」というのはかけ離れたものだと思い込みたかったのかもしれない。
そんな二人の葛藤など露知らず、三蔵は名前と入れ替わるようにして眠りについている。一方名前はようやく頭がスッキリしたのか悟空と何やら楽しげに話をしているが、自分よりも詳しく聞きたそうにソワソワしている悟浄がうっかり口を滑らせないかと八戒は気が気でなかった。






その日の夜の事だ。
宿に辿り着き、運良く二部屋取る事が出来た一行は直ぐにチェックインを済ませて、宿の近くの飲み屋で夕食を済ませた。到着した時点でもう二十時を過ぎていたという事もあり、食べ終えて店を出る頃にはすっかり夜も更け人も疎になっている。この街はどうやら夜はあまり盛んにならない街らしい。悟浄も若干つまらなさそうに辺りを見渡しながら、宿で呑み直そうと酒を買いに途中で別れてしまった。

「悟浄、店でもあんなに呑んでたのにまだ呑むのかよー」
「前から夜通し呑んでるような人ですからねぇ」
「でも今日のお店美味しかったわよね。お酒もお料理も」
「そうですねぇ。僕もついつい進んじゃいましたよ。名前も今日は結構呑んだんじゃありません?」
「確かに!名前もいっぱい呑んでた!」
「…フン、相変わらずザルだな」

宿が眼前に迫り、三蔵が鼻を鳴らして咥えていた煙草を地面へ落とそうとしたその時、ポツリと冷たい滴がマルボロの先に当たり、ジュッと音を立てて煙を上げた。ゆっくりとした動作で空を見上げると、月がすっかり隠れ湿った空気の中に段々と雨脚が強くなる気配を感じて眉を潜める。

「雨…ですか…明日には止むといいですけど」

三蔵に釣られて空を見上げた八戒が心配気に雫の付いたモノクルを外した。

「二人とも早く来いよー!濡れるぞー!」

三蔵が言葉を返す前に、いつの間に追い越したのか宿の屋根の下で手招きする悟空の声が響いた。悟空の隣には名前も既に雨宿りをしており、八戒は三蔵の背を押しながら小走りで二人の元へ向かった。



「三蔵、宿の人に聞いたら明日いっぱい雨の予報らしいのでもう一泊延長の手続きをしてきましたけど、大丈夫でした?」

部屋に戻り、悟空が一番に入浴を済ませた。次に名前がシャワーを浴びているところで、八戒が部屋の入り口から顔を覗かせた。ベッドに腰掛け新聞に目を通していた三蔵は、八戒の言葉を受け一度窓の外へ視線を移し、眼鏡を外した。

「…ああ、もし明日早めに雨が上がったらその時点でチェックアウトする」
「わかりました」
「河童は」
「さっき帰ってきましたよ。びしょ濡れだったんで、お風呂に入ってもらってます」

そう言うと、八戒は何故か部屋の中へ完全に入ってしまい、後ろ手で扉を閉めた。その手には白いビニール袋が下げられており、中には重そうな瓶が数本入っている。何の用だと言わんばかりの訝し気な三蔵の視線に苦笑しながら、八戒は早速そのビニール袋を眼前に掲げて見せた。

「という事で…ナイトキャップ、如何です?」

明日朝から出発しなくて良くなったんですから、と嬉しそうに袋の中の酒瓶を部屋のテーブルに並べていく。寝酒というには些か量が多い気もするが地酒も入っているのだろうか、見たこともないようなラベルのものも混じっており、三蔵も正直悪い気はしなかった。断る理由も特には無く、八戒に導かれるまま、部屋のソファーに移って腰を落ち着かせる。

「奴が買ってきた酒か?」
「いいえ。夕食を食べたお店のお酒が美味しかったので店主に色々と話を聞いていたら、いくつか売ってくださるというので買っておいたんです。こういうのも、旅の醍醐味ってやつですよねぇ」
「フン、抜かりのねェ奴だな」

カチャリと音がして、ホカホカと湯気を立ち上げながら名前が浴室から姿を現した。何とはなしに三人が同時にそちらへ視線をやると、一瞬状況が掴みきれなかったのか何度か瞬き動きを止めた名前と目が合った。

「名前も呑みますか」
「明日出発じゃなくなったって事?」
「そんなところです。そしてこれは先程のお店で手に入れたお酒ですよ」
「…呑む」

ちゃっかりしてるなぁと、濡れた髪をタオルで絞りながら一人用のソファーに座る三蔵の隣に立った。

「お先しました」
「俺も呑む前に入ってくる」

そう言うと煙草を灰皿に押し付け、ズボンとアンダーのみの姿になって風呂場へ消えていってしまった。すれ違いざまに「ちゃんと乾かせ」と呆れたような声色が名前の耳に届き、嬉しそうに頬を緩めながら小さく頷いた。
すると三蔵が脱衣所の扉を閉めるのとほぼ同時に部屋の扉が開き、ひょっこりと紅い髪と瞳が覗いた。

「あー、やっぱりここに居やがった。風呂上がったのにお前の姿がねぇからどーこ行っちまったかと思ったわ。お前らだけで楽しい事やろうったってそうはいかねぇぞ、俺も混ぜろ」
「ふふ、悟浄も早くおいでよ」
「あなた結構長風呂でしたね」
「びしょ濡れで体冷え切ってたからよ。あれ、三蔵サマは?」
「今シャワーに行きましたよ」

悟浄の持ってきた酒と簡単なつまみを置くスペースを作りながら、八戒はグラスや皿の準備を進める。三蔵が座っていたソファーに腰を下ろしている名前は目の前に並ぶ酒瓶を物珍しそうに眺めていたが、不意に大きな手が頭に乗せられビクリと肩を跳ねさせた。目線だけで上を見上げると、その手の犯人はニヤニヤと口角を上げながらスルリと艶やかな黒髪の上を滑らせる。

「いいねェ、湯上り美人」
「悟浄、やめてください」
「ヘイヘイ」

冷ややかな声と目線に、肩を竦めて両手を上げて態とらしくヒラヒラと振って見せる悟浄。全く油断も隙もないとため息を溢す八戒だが、そんな二人の空気感がまさに長い付き合いである事の象徴なのだと、名前は自然と笑みが溢れた。

「あら、悟浄だって湯上り美人よ」
「だろ?水も滴る良い男っつーのは俺の為にある言葉だからな」
「もう馬鹿言ってないで悟浄はテーブルを少しベッドの方に近付けておいてください。一人用のソファーが二つしかないんですから。名前は髪を乾かしますからこっちに来てください」

益々お母さん度が上がったのではないかと密かに思うが、二人は大人しく八戒の言葉に従った。
一方で、ジープとベッドの上で戯れていた悟空は、滞りなく二次会の準備が進められていく様を横目に眺めて「よく呑むなぁ」と呑気に考えていた。食べ物も並べられるようならそれ目当てに参加しようと考えていたのだが、どうやら二次会はアルコール中心のようで、つまみは大したものは用意されていない。
それならばもう寝よう、と一際大きな欠伸を零すとジープにもうつったらしく、同じように口を開けて可愛らしい声を漏らした。

「悟空、寝るの?」

髪の毛をドライヤーで乾かされながら、僅かに離れたところから名前が尋ねる。

「うーん、食べ物あんまり無いみたいだしもう寝る。飲み物も酒しかねーんだろ?」
「そうね、悟空の好きなものはあんまり無いかも」
「お子様はもう寝る時間なんだから、さっさと寝ろよー」
「お子様じゃねーよ!」

悟浄のいつもの絡みに、両手に抱えていた枕を思い切り投げた悟空。顔に見事クリーンヒットしてしまったが為にこれから猛烈な枕投げが始まる事は想像に難くないが、そんな八戒と名前の懸念はタイミングよく現れた最高僧のお陰で払拭された。今正に試合開始のゴングが鳴ろうかという瞬間だったせいで、一瞬その場の空気が固まり、そのまま何事も起きる事なく鎮静化されてしまった。
その妙な空気を肌で感じながらも、状況が全く見えない三蔵は深く気にする事もなく乱暴に金糸から滴る雫をタオルで飛ばす。

「もー俺寝る!お休み!」

悟浄から軽く投げて返された枕を受け取り、悟空はポフンとベッドへ横になった。ジープはもう既に眠ってしまっており、悟空の枕元で丸くなって静かに寝息を立てている。

「お休みなさい、悟空」
「おやすみ」

八戒がドライヤーを止めて返した挨拶に続いて名前も悟空に言葉を返すと、八戒からドライヤーを受け取って側に立つ三蔵に向かって手招きした。

「玄奘様、座ってください」
「自然乾燥でいい」
「ダメです、折角の髪が傷みます」

その熱意を自分にも向けられないものだろうか、と八戒は内心思ってしまうが、八戒の世話焼きに嫌な顔はしないので今のところはまだいいかと諦めてはいる。寧ろもう一人の自身に無頓着な男の方が厄介で、八戒が世話を焼きたくても中々受け入れてくれない上に、改善しようとも微塵も考えてはいないのだ。ハッとするような美人だからこそ、余計に勿体ないと思ってしまう。しかしながら名前の言うことはある程度聞いてくれる様なので、この今の流れが現状では一番ベストなのかもしれない。

三蔵が大人しく名前に髪を乾かされた後、漸く二次会が始まった。とは言っても待ちきれなかった悟浄は既に缶ビールを二本空けてはいたが、三蔵と名前が戻って来るのに合わせて八戒もベッドに腰を落ち着け、迷わず一本目の瓶の蓋を開けて自分のグラスに注いだ。まるで最初から呑む順番を決めていたかのようなスムーズな動きにキョトンとしていると、不意に目が合った八戒が瓶を名前の方へ傾けた。

「名前も同じものにしますか?僕店主に色々詳しく聞いてから買ったので、取り敢えず度数が比較的軽いやつからいこうかと思って」

なる程そう言う事か、と名前はこっくり頷いてグラスに注いで貰った。氷の上を滑るように落ちる透明な液体を眺めていると、隣の一人用ソファーに腰を下ろす三蔵が缶ビールを開ける音を拾った。先ずはビールと言ったところだろうか。もう一つのソファーに座って三本目のビールを煽っている悟浄から一本引ったくったようだ。
八戒の隣に座る名前は早速注がれた酒を口に含むと、甘さの少ないスッキリとした味が広がった。八戒の言っていたようにアルコールは確かに低めのようで、かなり飲みやすいと思う。

「美味しいですね、やっぱり。これも地酒らしいですよ」
「こんなに美味しいお酒が沢山ある街なのに、夜遅くまで空いてるお店が少ないって勿体ない気がする」
「ここの人達は家を大事にする人が多いみたいですよ。だから基本的に家で家族と楽しむんだとか」

まるで水のように呑み進めていく八戒とほぼ同じスピードでグラスを空けていく名前。二人の相変わらずなペースに、悟浄は苦笑しつつ二人の呑む酒瓶を徐に手に取ってラベルを眺めた。
『アルコール度数17パーセント』
これで低めか…と溢したくなったがこの二人からしたら確かに低めだなと言葉を飲み込んだ。



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