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気孔と銃弾からの危険に漸く晒されなくなったと、悟浄は人知れず安堵しながら徐に名前が飲んでいたと言う酒瓶のラベルを眺めて眉を潜めた。

「げ、ヴェルサントじゃねぇか」
「本当は名前の好きなベルヴェデールのアンフィルタードを買ってあげたかったんですけどなかったんですよねぇ。なので僕の好みのものばっかりにはなってしまいましたが、名前も気に入ってくれたものもあるみたいです。って言っても、最後の追い上げは三蔵のせいでしょうけどね」

テーブルの上を片付けながら、八戒は名前の飲み残したヴェルサントを一気に流し込んだ。その一連の流れを見ながら、三蔵は訳がわから無いと言いたげに眉を吊り上げて怪訝そうな顔を向ける。

「嬉しかったんですよ、貴方に必要とされているってわかって」
「あ?」
「改めて言葉にしてもらえるって滅多にないでしょうからねぇ。三蔵の場合は特に」
「そうだぜ三蔵サマ、あんまり横暴が過ぎると愛しの名前ちゃんも離れて行っちまうぜ」
「五月蝿ェよ。そん時はそん時だ」
「強がり言っちゃってぇ」

名前との一件ですっかり酔いが醒めたのか、また酒瓶を開けようとする悟浄の手の甲を強めに抓って強制的に八戒は片付けを手伝わせる。そして悟空の眠るベッドとは反対側のベッドに肩に担いだ名前を転がそうとしている三蔵の方へと意識を向けた。アルコールでふにゃふにゃになった名前の身体を引き剥がすのに、案外苦労しているようだ。

「大丈夫ですか?」
「ったく、クラゲみてぇになってやがる」
「完全に眠ってくれてたら楽なんですけどねぇ。まだ意識があるから厄介というか…単に離れたく無いんでしょうね、三蔵と」

クラゲの様だと揶揄された名前は、力が上手く入らないながらも三蔵に必死にしがみ付いており、それを剥がそうとする度に段々と体が下がり、俵担ぎされていた状態から一変し、今や三蔵の首にぶら下がっていると言っても過言ではない状態にまで成り下がっていた。そんな彼女の姿を可笑しく思いながら、そっと八戒が名前の頭を撫でると、ピクリと肩が震え、ゆっくりと頭が持ち上がった。
そして雪崩の様な笑顔を向け、先程と何ら変わらない台詞を吐いた。

「…はっかい…ちゅーしよう」
「ハイハイ、ちゅーは三蔵と沢山してください」
「オイ」
「だって、してもいいなら僕は喜んで受け入れますけど、貴方絶対怒るでしょう」
「名前ちゃーん、そんな生臭坊主辞めて俺とさっきの続きやろうぜー」
「悟浄は余計なこと言わない」

粗方片付いたテーブルを部屋の中心に戻し、悟空の芸術的な寝相の餌食になり掛けているジープを救出すると、八戒は一先ずこのままでは拉致があかないと三蔵ごとベッドへ座るよう促した。流石の三蔵も諦めがついたのか大人しくされるがままになっている。

「でもよォ、お前よくそんなんくっ付けたままで我慢出来るな」
「は?」

緩く煙を吐き出しながら、悟浄が窓枠に手を掛けてベッドに座る二人を見下ろした。

「いやさっきちょっと乗っかられただけだけどよ、もー色っぽいのなんのって。オマケに今風呂上りでノーブラだろ?俺だったらすぐに臨戦態勢になるね」
「黙れゲテモノ」
「俺からしたらお前の方がよっぽど珍しいっつーの」
「はい、もう行きますよ悟浄。それでは僕たちも休みますね、三蔵」

悟浄の背中を押しながら、八戒は扉の前でもう一度だけ振り返った。

「名前の事、任せちゃって大丈夫ですか?」
「問題ない」
「何かあったら直ぐに呼んでくださいね」
「ああ」

お休みなさい、と静かに扉を閉めた途端に人気のないひんやりとした空気が漂う廊下が現実を突き付けてきて、不意に八戒は笑いを溢した。

「…何笑ってんだよ」
「ふふ、いえ。可愛かったなぁと思って」
「あー、名前ね。酔っ払ったトコ初めて見たからビビったわ」
「普通の飲み方してたら僕も名前も酔いませんからね」
「最高にエロかったわ。下半身にきた」
「とか言って、いざとなったら手出さないクセに」
「…まぁな」

大事だから。泣かせるような事はしたくないと、柄にも無い事を言いかけて飲み込んだ。何時ぞやも隣を歩く男に言われた「悪役向いてないですよ」なんて言葉が今にも聞こえて来そうだったからだ。

「…アイツ、一晩持つと思うか」
「俗気が抜けませんねぇ…」







あんなに煩かったイビキも不思議な事に収まり、穏やかな呼吸音と雨音だけが部屋に木霊している。灯りも先程八戒が出て行く時に消されてしまったため、仕方なく枕元にある読書灯を点けて一番暗いレベルまで摘みを回した。

「おい、いい加減離れろ」

酷く暖かい身体を剥がそうと、首に回る手首を掴むが、絡まる力は増すばかりで一向に離れる気配が無い。口の中で小さく舌を鳴らすと、三蔵は次に名前の両脇に手を入れて持ち上げようと試みた。

「!」

するといきなりの事で擽ったかったらしい名前がビクンと上半身を跳ねさせて、するりと三蔵の首から腕を離した。しかし三蔵の膝からは降りるつもりまでは無いらしく、そのまま丸くなって三蔵の腕の中に収まってしまった。ふざけるな、と怒鳴りつけたい衝動に一瞬駆られたが、不意に覗いた幸せそうな笑みを浮かべた名前と目が合い、そんな気力さえも奪われてしまった。

「…何がそんなに面白い」
「玄奘様と、いっしょにいられる事が、うれしいです」

そんなのいつもと変わらないだろうが、と内心思ってしまうが、声色だけでも平仮名混じりな事が容易に想像出来るくらい気の抜けた喋り方に、三蔵は思わず目を覆ってため息を零した。
八戒や悟浄も言っていたが、名前がここまで酔っ払ったのを三蔵も見るのは初めてだった。三蔵よりも遥かにアルコールに強い名前は、一緒に飲んでいてもまるで水でも飲んでいるかのようにいつも涼しい顔をしていた。だからこそ、今回の飲み方は三蔵からしてみたらぶっ倒れそうな程の摂取の仕方だったのだろう。普段なら、面倒事に巻き込まれた時点で怒鳴るか放っておくかのどちらかの選択肢しか無いのだが、今回どうにもその気にならない。それはこの腕の中にいる彼女がいつになく幸せそうな顔をしているからか。

三蔵よりはマシだが、名前も普段から好きだなんだと愛情表現をはっきりするタイプでは無い。しかし特別な感情を抱かれているのは三蔵も理解していた。そしてそれは決して一方的なものではない。「言葉にしないと伝わらない」などとよく言うが、それは三蔵にとっては中々ハードルの高いもので、態々それを乗り越えようとも思っていない。だが、信頼している仲間との触れ合いを純粋に幸せに感じている名前の姿を見ていると、そう悪くもないなと柄にもなく思えてはくる。
言葉では無理でも、態度でなら…とここまで考えを巡らせた所で我に返り、自分らしくない思考にうっかり微笑を浮かべてしまった。

「…げんじょう様」
「どうした」

どうやらキス魔は鳴りを潜めたようだが、代わりに睡魔が襲って来ているようだ。急に名を呼んだ彼女の妙に潤んだ水縹の瞳が穏やかに揺らめき、三蔵は思わずその瞳に見入ってしまった。見慣れている筈のものが、どうしてこんなにも惹きつけられるのか。
初めて出会った日にも、まずその美しく強く存在している瞳に衝撃を受けたのを覚えている。それなのに何故か懐かしい感じがして、直ぐに先代の顔が脳裏に浮かんで、益々不思議な感覚がした。勿論顔でもなく、性格でもない。ただ彼女の纏うオーラが、月のように静かに包み込むような光を放つ名前が、気付けば自分の心の拠り所となってしまっていた。

「寝るなら少し水を飲んでおけ」
「…はい」

枕元の水差しに手を伸ばし、二つのコップに常温の水を注ぐ。自分も少し飲み過ぎた事は理解している。三蔵は膝の上に横向きに座っている名前に先にコップを手渡すと、自分の分を一気に煽った。水を口にするまで然程感じてはいなかったが、いざ水分を身体に入れてみると案外乾いていたらしい、あっという間全てを飲み干してしまった。口元を適当にぬぐい、コップをサイドテーブルへもどすと、名前の分も受け取ろうと目線を落とした所で、三蔵はピクリと手を止めた。
上手く自分で量の調節が出来なかったのであろう、名前の口元からは飲み込みきれなかった水分が溢れ、そのまま首を伝ってルームウェアを濡らしていた。

「…つめたい」
「当たり前だ」

何とか飲み終わったらしいグラスを受け取ると、三蔵は自分の着物の袖で彼女の口元を乱暴に拭った。

「…ふふ…ありがとうございます」

また心底嬉しそうに笑うと、濡れた部分の様子を伺うように名前は服を少し摘んで、胸元を寛がせた。
すると、そこから覗いた雪のように真っ白な膨らみと僅かに残った雫が双丘の間を流れ落ちる様に、三蔵は普段あまり感じる事のない衝動に駆られようとしていた。身体に僅かにピリッとしたものが走り、思わず強く拳を握る。そして膝の上の彼女を抱き抱えると、思い切り真っ白いシーツの上に転がして、毛布を頭から被せ、ライトを切った。

「何するんですかぁ」
「五月蝿ェ、もう寝ろ!」

間延びした声とは裏腹に、三蔵はベッドに腰掛けて頭を抱えた。

「……勘弁してくれ…」

暗闇に落とされた悲痛な叫びは、雨音と新たに聞こえ始めた穏やかな寝息に掻き消されてしまった。








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八戒にはアブサンのイメージがなんとなくありまして。(勝手なイメージ)
淡い緑色で薬草系のリキュールだからでしょうか?
因みに今回二人が飲んでいたヴェルサントは度数が55パーセントあるそうで。酒飲みさんだとそこまで高くは感じないのかもしれませんが…。
ヒロインにはやはり甘い系を飲ませたくなります。三蔵に負けず劣らずの甘いもの好きだという設定があるからなのか…ベルヴェデールはまぁ、はっきり甘いというよりは上品な感じですね。そして個人的にボトルのデザインが超好みなんです。(黒も白も好き)

遂に少し過去に触れてしまいました。
ガッツリ書くとページ数がまたとんでもない事になりそうだったので、これから追々書いていけたらなぁと思っています。そこまで書いてしまったらシリーズとして別枠を作ろうと考えてはおりますが…すぐではないかな…笑





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