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※「cherish」他三作品と同一夢主


ツインルームに五人という今ではもうお馴染みの夜から一夜明け、八戒を筆頭に次々に目を覚まして各々が割とテンションの低い挨拶を交わしている中、最後に目を覚ました名前がゆっくりと体を起こした。小さく欠伸を零しながら周りを見やると、窓際で新聞を読む三蔵と、朝ご飯の支度をする八戒、それを手伝う悟空の姿が視界に映った。

「おや、おはようございます名前」
「おっはよー!名前!」
「…おはよう」

悟浄はどうしたのだろう、と疑問に思いながらもう一度欠伸を零すと、軽く身支度を済ませてきたのだろう、タオルを肩にかけて扉から姿を現した悟浄と目が合った。

「おはよーさん、名前」
「おはよう。みんな早いのね…それとも私が寝坊しちゃった?」

軽く髪を整えながら、慌ててベッドから降りようとした名前を、八戒が笑顔で否定の言葉を口にした。

「気にしないでください。悟空の腹の虫が鳴り止みそうになかったので早めに準備をしていただけですよ。名前のペースでいいので、支度出来たらこちらにどうぞ」

そう言う八戒の言葉にコクンと頷き返す。そして室内のテーブルに並び始めたルームサービスを横目に、名前は何度目かの欠伸を零しながら窓辺の最高僧に歩みを進めた。

「おはよう御座います」
「…眠そうだな」

新聞から紫暗の瞳が怪訝そうに、チラリと覗いた。

「…何だか変な…というか懐かしい夢を見たような気がして。あんまりよく覚えてはいないんですけど、玄奘様と初めて会った時の事だったような気がします」

とにかく場面がコロコロ変わって、忙しない夢だったのだと告げる。それに対し特に反応を示さずに、三蔵は再び新聞へと視線を戻した。名前もボヤけた頭をスッキリさせようとタオルを手に、そのまま洗面台へと向かった。

起きて直ぐには中々食べ物が喉を通らない為、名前は顔を洗った後、少しホテルの中を歩いて回った。別段珍しい事も無いが、他の宿泊客の様子を眺めたり会話が耳を掠めるのはそこまで嫌なものでも無い。そのまま暫く身体を目覚めさせる様に今日別れを告げるホテルをゆっくりと満喫した。




「おかえりなさい。朝ご飯にしますか?」

戻った名前を笑顔で出迎えた八戒は、すぐさまコーヒーを淹れ始めた。名前は導かれるまま悟空の隣に腰を下ろし、両の手を合わせる。

「いただきます」
「名前遅かったなー!俺もう殆ど食っちまった!」

そう言って悟空は牛乳を一気に煽った。その眼前には何皿も空になった皿が積み上がり、かなりの種類のパンが入っていたバスケットも、底が見えかけている。

「危うく名前の分まで食べてしまう所でしたよ。誰かが止めないと無限に食べ続けますからね、悟空は」

そう言って差し出した皿の上には温め直したスクランブルエッグとベーコン、別皿に悟空から死守したのだろう名前好みのパンが幾つか乗せられていた。早速名前はクロワッサンから手をつけて行き、ひたすら朝ご飯の感想を嬉しそうに語る悟空に相槌を打つ。時折食後の一服中の悟浄が横から茶々を入れ、それに対して悟空が噛み付くが、三蔵ではなく名前が宥めると意外にも言い争いに発展する事なく収束した為、比較的穏やかな朝食を取ることが出来た。
その後、片付けを済ませて食後のコーヒーを堪能していると、八戒が楽しげに名前の側に立って柔らかな黒髪を手に取った。

「今日はどんな髪型にしましょうかねぇ。リクエストはありますか?名前」
「んー、お任せで」
「わかりました」

お団子ですかねぇ、なんてまるで歌っているかのような声色で櫛を通していく八戒を、少し離れた所から眺めていた悟浄が呆れたように薄く笑った。

「毎回毎回好きだねーお前も」
「僕の毎朝の楽しみといったらこれくらいしか無いですからね。ホント、名前がいるだけでこの場が華やかになります」
「そりゃ俺も同意見だけどよ。なんか、お前レパートリー増えてねェか?」
「勉強してるんです。上手く仕上がった時の嬉しさといったらないですよ。素材が良いですからね、やりがいがあります」

そう言って、慣れた手つきで黒髪を一つに纏めると、やや高い位置でくるくると巻き、やや崩したように軽く結んだ。予め残しておいた両サイドの横髪も軽く巻いて、満足げに八戒は腰に手を当て頷いて見せる。

「うん、黒髪でも似合いますね。可愛いですよ、名前」
「ありがとう八戒。私、下ろすか一つに結ぶかくらいしか知らないから、色々やってもらえて楽しい」

巻かれた横髪を指に巻きつけて遊びながら頬を緩めると、人当たりの良い笑顔が返ってきた。後ろから「名前ちゃん今日もサイコー」という間延びした声も聞こえたが、それはすぐ様銃声に掻き消された。そして今まで黙っていた三蔵が新聞を畳んで立ち上がったかと思えば出発するとただ一言漏らし、それを合図に一行は早速準備に取り掛かった。




ホテルをチェックアウトし、次の街へ向けてジープを走らせる。頬を撫でる爽やかな風が心地よく、鼻歌でも歌ってしまいそうな気候である。

「いやぁ、良い天気ですねぇ」
「いつもならジジくせぇって返すところだけどよ、今日はマジで気持ちいい天気だな」

煙を吐き出しながら、ジープに背を預けて悟浄が穏やかに返した。助手席の仏頂面も、今日は少しばかり穏やかになっている気がするのだから、本当にちょうどいい気候なのだろう。眉間のシワが少ないだけで美人が増すのだから勿体ないな、などと口にしたら銃弾で身体を穴だらけにされてしまいそうな事を不意に考えながら、悟浄がいつも以上に静かな隣に視線を移すと、これまた珍しい光景を目にしてしまった。

「しー」

人差し指を唇に当て、僅かに嬉しそうにしている悟空の肩には、すっかり夢の世界へ旅立ってしまった名前が寄り掛かっているのだ。

「…寝てんのか?」
「うん、さっき急に体が俺の方に倒れてきたからどうしたのかなって思ったら、熟睡してた」
「珍しー」

普段、走行中に一人だけ眠るなんていう事は無いだけに、名前の熟睡する姿は本当に珍しい。悟浄と悟空の会話を聞き、八戒もバックミラーを覗き込んで僅かに目を丸くした後、直ぐに口元を緩めた。

「そう言えば今朝、いつもより眠そうでしたもんね。変な夢を見たとかで、眠りが浅かったんでしょうね。次の街まではまだ距離がありますし、暫く寝かせておきましょうか」
「おう!」

寄り掛かられた事が余程嬉しいのか悟空が元気よく返事をし、それに対して悟浄が何かしら茶々を入れるかと懸念したが、悟浄は別のところに気がいったらしく、不意に前の座席に腕を掛けて身を乗り出した。

「そういやお前と初めて会った頃の夢見たとか言ってなかった?なぁ、三蔵」
「ああ?」
「名前と初めて会ったのって悟空を拾う前だよな?まぁ…昔の事色々と詮索するつもりはねェけど…お前らの事が一番謎な部分多いわ」
「別に知らなくても問題ねェだろ」

いつもの仏頂面がより不機嫌そうに歪み、悟浄は予想していたとはいえ何も答えるつもりはないのかと一瞬大声で文句を言いそうになったが、隣で眠る名前の事が頭を過り、溜まった苛立ちを煙と一緒に吐き出す事でなんとか抑え込んだ。すると運転席から意外にも助け舟が出され、悟浄は僅かに目を丸くした。

「僕らも出会って随分経ちますけど、そう言えばこういう話をする事ってあんまり無かったですもんねぇ。三蔵が慶雲院を訪ねた頃にはもう名前は寺院に居たというのは聞いていますが…どんな感じだったんです?」

ナイス八戒、と内心ガッツポーズを決めながら表面上はポーカーフェイスで三蔵の返事を待つ。すると予想通り嫌そうな顔は崩さずに、しかしながら重々しくも最高僧は口を開いた。これぞ困った時の八戒様だ。

「…何だその漠然とした質問は」
「おや、じゃあもう少し絞ってお聞きしますね。初めて名前と出会ったのは寺院内だったんですか?」
「…ああ。俺が慶雲院に着いたその日の夜に寺院内を歩き回っていたら当時の総責任者と共にいた。あの頃はまだ男装していたな」

マルボロに火を付け、煙を吐き出して三蔵は足を組み替える。

「名前は何故寺院に居たんでしょうか。大僧正さんに拾われたとは聞いた事がありますが…」
「それは本人に聞け」
「そうですね、すみません。名前はその頃からこんな感じでした?」
「……そうだな、あんまり変わらん。力のせいもあるのかもしれねぇが、妙なオーラを纏った奴だった」
「それじゃあ、人一倍警戒心の強い三蔵とは中々打ち解けるのに時間がかかったんじゃないですか?」
「いや…そうでもない」

そう言った三蔵の表情が、僅かに緩められたのを八戒は横目に感じ取った。悟浄も斜め後ろから丸くなったオーラを感じたのか、ちょいちょいとハンドルを握る八戒の肩をつつき、互いに感嘆符を浮かべた。しかしそんな二人とは裏腹に悟空は様子の変わった三蔵の事を何やら嬉しそうな、誇らしげな顔をして見つめている。

「なーに誇らしげにしてんだよ、猿」
「猿じゃねーし!いーじゃん別に。俺二人が仲良しなのが一番嬉しいんだもん」

二人というのは、言わずもがな名前と三蔵の事を指すのだろう。悟空は自分の肩でいまだに寝息を立てている名前と助手席に座る最高僧に交互に目をやると、まるで自分の事の様に眩しいくらいの笑顔を向けた。「そうですねぇ」なんて運転席からも楽しげに声が聞こえ、悟浄は若干のむず痒さを覚えて茶化す様に笑って空に向かって紫煙を吐き出した。

「まぁ、確かに仲は良いよな。つってもおたくらカップルというより熟年夫婦って感じだけど」
「確かに。歳の割に二人とも落ち着いてるからでしょうか…『お付き合い』なんて言葉はあまりしっくりきませんもんねぇ…って…三蔵?」

てっきり怒り出すか発泡するか、せめて何か言い返してくるかと思っていた金糸の髪の男は、意外にも何やら複雑そうな顔をして会話をする二人の男を見つめている。その表情が意味するものは何なのかと一瞬その場に妙な沈黙が訪れたが、ふと、ある考えに辿り着いた悟浄が僅かに言葉に詰まりながらおずおずとその考えを口にした。

「…え、も、もしかして…お前らそういう関係じゃねェの…?」
「そういう関係ってどういう関係だ」
「いやだから、俗に言う彼氏彼女って関係だよ」
「…知らん」
「はぁ!?」
「悟浄声が大きいです」

いや何でお前はそんなに冷静なんだよ。と突っ込みたくもなるが、何とか抑え込んで助手席の方へ悟浄は身を乗り出した。

「おいおい三蔵サマよォ、もう何年も一緒の布団で寝といてそりゃねーんじゃねぇの?」
「何の話だ」
「は…?えっ、ちょっと待てよ…まさかおたくら…まだ一回もヤッてねぇ…とか…?」
「なー、何の話してんだ?悟浄」

不意に割り込んできた純粋無垢な瞳に見つめられ、悟浄は思わず口噤んだ。運転席からは咎める様な言葉と共に黒いオーラが飛んでくる。

「真昼間からなんて事聞くんですか悟浄」
「いや…つい…」

悟浄からして、あれだけ夜を共にしておいて何もないという事の方が信じられない。だからこそ色事に基本無関心な三蔵とはいえ流石に手は出しているだろうと思っていたのだ。それに、あの二人の醸し出す雰囲気は到底他人とも友人とも思えないもので、今まではっきりと聞いた事は無かったが、そういう関係なのだろうと勝手に決め付けていた。しかしそれが今、全て覆ろうかとしている。八戒も冷静を装ってはいるが、気にならないわけがないだろう。悟浄は口を噤みはしたがいまだに納得のいかない表情で運転席を睨み返した。
八戒も八戒で、背後から突き刺さる悟浄の視線は勿論感じ取っていたが、この妙な空気をどうにかしなければという気持ちとが鬩ぎ合っており、車を走らせながら曖昧な笑顔を貼り付けていた。
しかし、助手席から放たれた言葉にその笑顔はすぐに凍りつく事となる。

「…別にやった事がねぇとは言ってねぇだろ」

危うく急ブレーキをかけるところであった。




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