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ひんやりと冷たい空気に体が震えた。
ゆるりと瞼を持ち上げ、静かに瞬きを繰り返す。どの位眠ってしまっていたのかわからないが、辺りは薄っすらと明るくなってきている事に気が付き少々驚いた。まだはっきりとしない頭を回転させながら、三蔵は凝り固まった首をほぐすように顔を上げて空へ視線を移す。

「おはようございます」

冷たく澄んだ空気に溶け込むような穏やかな声が耳に届き、三蔵は視線を戻した。昨晩、悟空と見張りを交代したところまでは覚えているが、どうやらその後悟浄、そして八戒へと引き継がれたようだ。流石の八戒も朝方の冷え込みには応えるのか、すっぽりと布を被って火を起こし、湯を沸かしている。

「流石に冷えますね。今お湯を沸かしてますので少し待ってて下さい。名前も沢山汗をかいて冷えているでしょうから温かいタオルで拭いてあげないと」
「俺が寝ている間名前に変化はあったか」
「悪化はしてないみたいですね。ゆっくりとですが、落ち着いていっているみたいです。悟空も悟浄も特には何も無かったそうですよ」
「そうか」

静かに息を吐き、いまだに少し表情の堅い名前に目を向ける。起こさないようゆっくりとした動作で頬に手を添えると、汗で冷え始めているのだろう、ひんやりとした温度が掌から伝わってきた。あれだけ高かった熱が引いたのだから、症状としては確かに良くなってはいるのだろう。とはいえ体力の衰えている今風邪でも拗らせたらたまらないと、三蔵はもう一枚毛布を荷物の中から引っ張り出して彼女の体を包んだ。

「コーヒーどうぞ」

顔の横に不意に差し出されたマグカップから、湯気と共に良い香りが漂ってくる。三蔵は黙って頷き、温かなカップを受け取った。

「…おや、元に戻りましたね」
「あ?」
「いつもの、紫暗の瞳です」

柔らかく微笑む八戒から視線を逸らし、三蔵は自らの瞳に触れるように、瞼の上からそっと指を滑らせた。そうだ、色々とあったせいで本来の目的を忘れかけていた。一先ずは自分は元に戻ったようだが、名前の方はどうだろうかと、三蔵はいまだ開くことのない瞳に思いを馳せる。十中八九元に戻っているだろうことは想像が出来るが、それでもまた、あの澄んだ水縹の瞳をこの目に映すことが出来るだろうかと、憂虞する気持ちは拭えない。

「名前も、少しでいいので起きてくれるといいんですが…かなり熱も高かったですし汗も相当かいたでしょうから脱水症が心配です」
「…夜中に一度意識が戻って軽く水を飲ませたが大して飲まねぇうちにまた落ちたから、かなり少なくなってるだろうな」
「こんな時こそ三蔵、貴方の出番なんじゃないですか?」

僅かばかり楽しげな八戒の声音に、三蔵は眉間の皺を深くする。

「どういう意味だ」
「飲ませてあげればいいんですよ、口移しで」
「殺すぞ」
「悟浄なら喜んでしたでしょうに」
「エロ河童と一緒にするんじゃねーよ」
「ふふ、すみません。でも、半分は真面目ですよ。危ないと判断したら何としてでも名前に水を飲ませますからね」
「ああ」

すっかり明るくなった景色に目線をやりながら、三蔵は懐のソフトパックを取り出した。コーヒーカップを脇に置き、一本口に咥えた所で他の二人が起き出す気配を感じてジッポを近付けながら、一瞥を投げる。

「おはようございます悟空、悟浄」
「ふあ…おはよー八戒」
「あー…腰と背中が痛え…」
「年寄りくさいですよ悟浄」

大きな欠伸を零す悟空の横で仕切りに腰を摩る悟浄を見、八戒は苦笑しつつフェイスタオルを二枚それぞれに手渡していく。それを受け取り、各々順番に川で顔を洗うと、極自然な流れで二人は共にジープの側まで歩みを進めた。

「名前はどーよ」
「見りゃわかるだろ」
「…ったく、可愛くねーの」

ハイライトを口に咥え、相変わらずの横柄な物言いに文句を言いながらそっとジープの中を覗き込む。それに続くように悟空も隣に並び、心配顔を覗かせた。
すると、身体を横たえた彼女に、僅かばかりの変化が見受けられた。

「名前!」

咄嗟に悟空が呼び掛ける。切迫した声色に三蔵らも意識を向けると、ほんの僅かに、薄っすらと名前が瞳を覗かせたのだ。
喜びのあまり飛びかかってしまいそうになる体を抑え込み、名前の意識が確実に浮上するのを待つ。

「…八戒、水」
「あっ、そうですね」

呟くような小さな声を拾い、八戒はすぐさま水を汲みに踵を返した。グラスに先程沸かしていた湯を半分入れ、それによく冷えた川の水を注ぎ足している。その間にも名前の覚醒は着々と進み、ぱちぱちとゆっくり瞬きを繰り返して視線を定めているようだ。そうして漸く頭の中の理解も追い付き始めたのか、徐に起き上がろうとして呻き声を洩らした。

「まだ起きるな」
「……んじょ…う…様」

喉の渇きに痛みを感じたのか、顔を歪め隣に座る三蔵の姿をぼんやりと見つめた。三蔵は八戒から水を受け取ると、温度を確かめるように一度自分の口に含み、名前の頭を自らの片腕に乗せてコップを口元に近付ける。

「ゆっくり飲め」

そう言ってコップを傾ける三蔵に対し名前は静かに頷くと、少しずつ流し込まれてくる水分を体内へと染み込ませていく。飲み込みきれなかったものが口の端から溢れ首を伝うが、そんな事を気にする余裕はまだ無い。

「…っ、ごほっ、」

むせ始めたタイミングで三蔵は容器を離し、咄嗟に手を差し出してきた八戒にそれを託した。袖口で濡れた口元を拭うと、そっと名前の頭から腕を引き抜く。

「玄奘様、お怪我は…?」

まだ若干掠れた声で呟かれた他人を心配する台詞に、三蔵は「まずは己の心配をしろ」と怒鳴ってやろうかと口を開き掛けたが、何とか思い止まった。名前の取った行動は確かに褒められた事ではないが、あの場で咄嗟に下した判断としては最善だったのだ。とはいえ助かる確率が100パーセントであった訳でもなく、とても危険な事をしたのもまた事実である。
結局返す言葉が見つからず、思わず閉口してしまっていると悟空が助手席に乗り込み、シートの上に膝立ちして心配気に名前を覗き込んだ。それに気付いたらしい名前はゆるゆると左腕を悟空へ伸ばした。

「…悟空も…大丈夫?それに、他の皆も…」
「無事だよ!あのよくわかんねぇ奴も倒したし!」

嬉しさからか、若干瞳を潤ませながら悟空は必死に名前の腕を取り、強く握った。

「良かった……ごめん、私まだ…力がうまく入らなくて…」
「当たり前だ」

弱々しく悟空に笑みを送る名前の頭上から低い声が響く。悟空の手から解放された腕を毛布の中へ戻しながら、視線を声のした方へ向けると深い紫色の見慣れた瞳とぶつかった。

「あれだけの毒と戦う為に体力も法力も最大限に使ったんだ。動けるようになるにはまだかかるだろ。体の毒はまだ残ってるのか」
「…いえ…もう殆ど残ってません」
「わかった。まだ寝ておけ」

心の隅に引っかかっていた小さな懸念を取り払ってくれた、水縹の瞳を伏せるように手をかざす。名前は目覚めたばかりであったがまた眠気に襲われたようで、素直に瞳を閉じた。




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