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再び目が覚めた時には西日が射していた。
寝ている場所もジープの上ではなく柔らかいベッドの上に変わっている。どうやら昨日まで泊っていたホテルに戻って来たようだ。

「起きたか」

静かな声に、名前は窓際へ意識を向けた。カサリと新聞を畳む音と共に嗅ぎ慣れた煙の匂いが流れてきて、何故だか名前は笑いがこみ上げてきた。

「何ニヤついてやがる」
「いえ、何でも」

今朝のような体のダルさや気分の悪さも殆ど消えていたが、まだ体を起こす事は控えた方がいいか、と名前は段々と近付いてくる三蔵に合わせて目線だけを動かした。

「…いつ戻ったんですか?」
「お前が再び眠った後すぐだ」

そう言って三蔵はベッドの脇に立ち、紫煙を燻らせながらここまでの経緯を簡単に話して聞かせた。

曰く、名前の体内の毒が殆ど無くなった事を確認した三蔵は直ぐに山を降りると指示を出した。しかしジープに乗ったまま下れる道はない為、悟浄が名前を抱いて、車で走れる道に出るまで歩く事となったのだ。宿屋に戻った一行は名前をベッドに寝かせて朝食を済ませ、何とはなしに名前が眠る部屋へと集まった。
その後は八戒が気孔を送って回復を手伝ったり、今後のルートの確認や買い物に出たりと各々時間を潰していたらしい。
そこまで聞いたところで、名前は今この場には自分と三蔵の二人しかいない事に気が付いた。

「他のみんなは…?」
「悟浄は酒の買い出し。八戒はお前が食えるモン作るために厨房借りられるか聞きに行ってる。悟空はそれについてった」

もうじき帰ってくるだろ、と灰皿に煙草を押し付けながら返す三蔵を見、名前はここで漸く終わったのかと安堵の表情を浮かべてみせた。

「…玄奘様」
「……なんだ」
「取られなくて良かったです」

柔らかく呼びかけられた言葉に引き寄せられるように枕元に腰を下ろすと、着物を引かれて目元に優しく名前の指が触れた。

「…玄奘様を探していた時、急に別の場所の映像が両目に映ったんです。何故そんな事が起こったのかわかりませんが、あの時は咄嗟に玄奘様が今見ている景色なのだと確信しました」
「そうか」

無駄に返す事をしないいつものスタイルが、死の淵まで行きかけたと言っても過言ではない状況から這い上がってきた名前にとって、無性に嬉しく感じる。名前はもっと三蔵を求めても、望んでも良いだろうかとまだ力の戻りきっていない指を滑らせ、ひんやりとした筋張った手に重ねた。嫌がるかとも思ったが、そんな素振りは無い。それどころかやんわりと握り返され、名前がふわりと口元を緩めたタイミングで徐に紫暗の瞳が伏せられた。
まるで人形みたいだ、と近付いてくる長い睫毛をジッと見つめていたら、いつになく優しく降ってきたさがな口。

「…阿呆が」

咄嗟にすみません、と返そうとしたが、薄く形の良い唇に、それを奪われてしまった。

珍しいーーと頭の隅に僅かに過ぎる。しかし息つく間も与えぬ程に求められ、そんな考えすらあっという間に何処かへ消え去ってしまう。

「……ん、……っふ…」

息を紡ごうと顔を逸らすと、追いかけるようにして直ぐに塞がれる。熱い舌が入り込み、口内をなぞられる度に身体が僅かに震え、名前は必死に三蔵の着物を掴んだ。

「…っ、ん…ぅ…」

もう限界だと、伝えたいのに朦朧とする頭ではなかなかそうもいかない。しかし察したのか満足したのか、三蔵は漸く熱く湿った唇を離して体を起こした。最後に額に軽く口付けを落とし、涼しげな表情で名前に毛布を綺麗に掛け直す。

そこでふと、名前は身体の中の僅かな異変に気がついた。

「……?」

潤んだ瞳を答えを知っているであろう男に向けると、再び煙草に火を灯して一呼吸いれてから三蔵は淡々と言葉を返した。

「ついでに力を少し送った。ほぼカラの状態だっただろうからな。これで少しは楽になるだろ」
「…ありがとうございます」

基本的に体力が戻れば法力も自然と戻ってくるが、流れ込んできた大きな力は名前自身を包み込むように全身を巡り、正直なところかなり楽になった。八戒のお陰で外傷は無い為、今日一日休んだら明日にはほぼ復活も出来るだろう。



コンコン、と控えめなノックが聞こえた。返事をする気のない三蔵に代わって、名前が短く反応を示す。

「…名前!起きたんですね」

扉を開け、先頭に立っていた八戒がまず嬉しそうに笑みを浮かべた。それに続いて悟空と、途中で鉢合わせしたのか悟浄もベッドに横たわる名前を視認し、嬉しそうな表情を向けた。

「名前!もう平気か?痛いとこねぇ?体動かせそう?」
「悟空、ちょっと落ち着けって」

飛びつかんばかりにベッドまで駆け寄り、矢継ぎ早に質問をする悟空を、悟浄が制する。とは言え朝方、ジープの上で目を覚ました時と比べて随分と顔色が良くなっているのは誰が見ても明らかで、思わず詰め寄ってしまった悟空の気持ちも理解出来なくもない為、結局悟浄も、そして八戒もこれ以上強い事は言えずに悟空と共に名前の周りに集まった。

「…みんな、ごめんね。心配かけました」
「そーだよ!俺めっちゃ心配したんだからな!そりゃ俺達がさっさと倒せたらこんな事にはならなかったんだろうけどさ!でも、名前ももう少し自分を大切にして欲しいっていうか。でもでも、名前じゃなきゃもっと大変な事になってただろうし…だから…えっと…あー!もう訳わかんなくなってきた!とにかく腹減ったー!」

頭の中がまとまらないまま思い付いた順に言葉を発して、最終的にいつもの文言を叫んだ悟空は、ボフンと名前の足下にダイブする形で体を倒す。埃が立つからヤメろと冷たい声で三蔵が注意をするが、それすらも何故か嬉しいようで、返事の代わりに小さく笑って見せた。
その直後ハリセンで叩かれた事は言うまでも無い。

「何にせよ、顔色も良くなってきたようで安心しました。一時は本当にどうなるかと…」
「ごめんなさい。咄嗟に体が動いちゃったの」
「つーかさ、名前との付き合いも結構なると思うけど、そんな力があったなんてな」

真紅の瞳をまん丸と開いて驚いた表情を見せる悟浄に、八戒も悟空も同調する。

「生まれつきなんですか?」
「わからない。ある時ふとした事がきっかけで、毒を消せる事に気付いたの。元々持ってたものなのかもしれないし、待覚様…大僧正に力の使い方を教えてもらったのがきっかけかもしれないし…」
「にしては相変わらずの火力だったな」

枕元から立ち上がり、近くの椅子に座り直した三蔵がフン、と軽く口の端を上げて見せた。ただ小馬鹿にしているだけかもしれないが、暗に話題を逸らしたようにも感じられる。

「そーだよ!俺、自分ごと燃やしちゃってるのかと思った」
「俺も一瞬何事かと思ったわ。三蔵に引っ張られて、名前の術かって気付いたけどよ。相変わらずスゲー威力な」
「こいつの場合加減が出来ねぇだけだ」
「酷い。あんな状態でもちゃんと燃やし分け出来るようになったんですよ。立派な成長です」

ねー、と悟空に同意を求めるように頭を傾けると、キラキラした目で元気よく頷き返された。

名前は元々力が強く、寺院にいた頃から力を持て余していた。かと言って真面目に真言を覚える気も無く、見兼ねた待覚が色々と考えた末に導き出した答えが「言葉」を発するという事だった。言葉と言っても長ったらしいものではなく、その術を使うにあたってイメージしやすくなる為の「単語」である。使う術から連想される言葉を口にする事により、力をコントロールしやすくなる。そう教えられ、昔は一緒に修行のような、特訓のような事を毎日待覚と行っていた。
時折「お主はまるで光明のようじゃの」と楽しげに笑い、煙を燻らせていた姿を名前は不意に思い出して、少しだけ心に暖かく、冷たい風が吹いたように感じた。

「名前、食欲はありますか?さっき宿の台所借りてお粥作ったんです。食べられそうなら温めてきますよ」

一瞬意識が別の所へ向いていた名前は、八戒からかけられた言葉が耳に届き、我に返った。コクン、と小さく頷きお礼の言葉を呟くと、八戒は早速踵を返す。しかし扉の目の前まで来たところで一旦足を止め、振り向きざまに悟浄と悟空の名を呼んだ。

「僕達も今日はこっちで食べましょうか。宿の人に聞いたら食事を部屋に持って行っても構わないそうですから、二人とも手伝ってください。宿の奥さんが今作ってくださってますから」
「やったー!メシだ!ここのおばちゃんの料理めっちゃ美味いんだよなー」
「てめーはどんなモン食っても美味いんだろ」
「ちげーって!俺にだって美味いもんと不味いもんの区別くらいつくぞ!」
「はいはい、二人とも行きますよ。三蔵は引き続き留守番していてくださいね」

いつも通りに騒がしく部屋を出て行った三人を見届けて、三蔵は読みかけだったのか先程畳んだ新聞を開いて眼鏡を取り出した。
そんな姿を布団の中から何気なく眺め、名前は何度目かわからない微笑みを、人知れず浮かべて直ぐに戻ってくるであろう元気な人達を待つ事にした。







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