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「……こいつは、毒の類いは自分で治せる」

漸く口を開いたかと思えばいつもながらに無駄の無い返しであった。しかしこれ程までにこの男の寡言さを恨んだことはいまだかつて無いだろう。そればかりではなく、多くの情報を求めているであろう事を理解した上で多くを語らないのだから尚更悪い。確かに、最終的な答えは出た。出たのだが、それだけでは余りにも説明が足りなさすぎて、例の如く悟浄が憤慨しつつ口火を切った。

「テメェふざけるのもいい加減にしろよ!そんな説明だけで俺達がハイそうですかって大人しく従うわけねーだろうが!」
「五月蝿え、喚くな」
「なぁ三蔵、教えてよ。ホントに名前大丈夫なんだよな?」
「僕からもお願いします三蔵。自分で治せるって一体どういう事なんです」

不安の色を瞳に浮かべる悟空と、縋るような顔で見下ろす八戒。紫煙を燻らせながら三蔵はチラリと三人に視線をやると、名前に目線を落として言葉を続けた。

「…初めは調伏の延長のようなものかと思ってたんだが、少し違うようでな。こいつの血自体がそういう性質らしい。まぁ、こいつの法力ありきの部分もあるから血が全てという訳でも無いらしいが…何にせよ俺にも不明瞭な所が多いからこれ以上は話せる事もねぇ」

短くなったマルボロを車の灰皿に押し付けながら、三蔵はまたチラリと側に立ち竦む男達を見やった。八戒と悟浄は少しずつ三蔵の説明を咀嚼している様だが、悟空は少しばかり首を傾げて素直に質問を投げかける。

「チョウブクって?」
「心身を整えて悪行を押さえ伏せたり、怨敵や魔物を降伏する事だ」
「へぇ…」
「要するに祓い清めるって感じですよ悟空」

またもや言葉を複雑にして返す三蔵に、苦笑しつつ八戒は助け舟を出した。そこで漸くはっきりと理解するに至った悟空のようだが、ふとここで自分達よりも長く共に生活していた彼は知らなかったのだろうか、と八戒は一つの疑問が浮かんだ。だがそれを口にするより早く、あの場所では毒物を盛られる事などそうそう無いだろうという結論に至って慌てて口を噤んだ。では三蔵はいつ…と次なる疑問も浮かびはしたが、これはまた別の機会に尋ねる事にする。

「僕達は何かお手伝い出来る事あります?」

先程よりは幾分か容態が回復へ向かっているようにも見えなくはないが、己の願望も相俟ってそう感じてしまうのだろうかと、八戒は不安気に名前に視線を向けた。

「…今は下手に手を出さん方がいい。あれだけの蛇に噛まれたんだ、かなり精神力も要る筈だ。俺は念の為ここを離れる訳にはいかねぇから、せいぜい俺の世話でもするんだな」
「そうですか…では悟空、悟浄傷の手当てをしたら野宿の準備をしましょうか」
「おう!」
「あ、一応忠告しておきますけど、今日くらいは悟空や三蔵に絡むのはやめてくださいね悟浄」
「わーったわーった」

僅かばかりではあるが心に余裕が生まれたのか、八戒の手当てを受けた順から散り散りになっていった男達を横目に、三蔵は二本目のマルボロに火を付けた。






「はい三蔵、メシ!」
「ああ」

悟空から受け取った一つの缶詰。元々また宿へ戻るつもりだった為荷物の大半を置いてきてしまっており、辛うじてジープに積んであった荷物の中から十個にも満たない缶詰を引っ張り出して皆で分けようという事になった。いつもの流れなら確実に足りない、と悟空が騒ぎ出す所だが、何も言わず大人しく食事の支度をしているのはやはり名前の事を気にかけているからか。もしくは四匹だけだが運良く悟浄が釣ってきた魚があるせいか。何にせよ静かなのは良い事だと、三蔵は黙々と箸を進めた。
他の三人もジープのすぐ近くに腰を落ち着かせ、起こした火を囲むように向かい合っている。会話もなく、少し冷んやりとした空気に皆が食事をする音と、名前の浅く荒い呼吸音だけが浮かんでいて。そんな空気に耐えかねたのか、悟浄が控えめに一つ咳払いを零した。

「つーかさ、マジでアイツ何だったんだろうな。妖怪じゃねーよな、多分」
「でしょうね。妖怪だったらまず、魔界天浄で解決したでしょうから。だからと言って人間というのもちょっと…どうやら人間を食べていたようですしね。三蔵は何かわかった事は無いんですか?」

中々積極的に自分から会話に入ってはくれない三蔵に、八戒は無理矢理話題を振った。

「…直接聞いた訳じゃねぇが、恐らく半精神生命体のようなモンじゃねーかと思う」

食後の一服で燻らせている煙を無意識に目で追いながら、八戒は暫し考え込む。

「……と言うことは…元々肉体を持たないものが受肉してあんな形になったって事ですか?」
「恐らくな」
「えっ、じゃあアイツもしかしてまだ生きてる可能性もあるってこと!?」
「知らねェよ。何でもかんでも俺に聞くな」

何とも恐ろしげな、それでも可能性としては無くはない疑問を口にした悟空に対し、三蔵は眉間の皺を深くして強制的に話題を終わらせた。先を急ぐ身としてはこれ以上考えるのは無駄でしかないのだ。悟空も三蔵の機嫌を損ねるのは本意ではないし、うじうじと色んなことを考えるのも出来れば遠慮したい所なので、大人しく口を噤む事にした。他の二人も空気を読み、これ以上の詮索は控えようと互いに目配せをしている。

「…何にせよ、今日は全員気は抜かない方がいいですね。洞窟から然程離れてませんから、何かあった時に直ぐ対応出来るよう、それぞれ仮眠を取る程度がいいかもしれません」
「そうだな。名前ちゃんはまだ暫く動かさない方がいいだろうし」

基本的に眠っていても気配に敏感な大人三人はそこまで苦ではないが、一度眠ると中々起きない悟空には少しハードルが高いだろうかという思いはある。だからこそ口には出さなかったが、八戒は自分と悟浄が中心となって見張りをするつもりでいた。流石の付き合いの長さもあって、悟浄にも考えは伝わったようだ。しかし、それは伝わる必要の無い人間にまで及んでしまった。

「五月蝿ぇからテメーら先に寝ろ。俺はまだ暫く様子見しなきゃならねぇし、丁度いいだろ」
「三蔵…」

いつもより穏やかな低い声に、八戒はどう応えたものかと言い淀む。気を使うつもりが逆に使われてしまった。珍しいような三蔵らしいような。不思議な感覚に包まれ、結局わかりましたと言葉を返す事しか出来ずに八戒は片付けを進めた。

「じゃあ三蔵、後で交代な!俺もちょっと休んだら見張るから!」
「起きれんのか、猿」
「ヨユーだし!」

そんな悟空の元気な声を背に受けながら、又もや八戒は苦笑いを密かに浮かべた。黙々と川で洗い物を済ませながら、あの二人には敵わないなと今更な事を思い知らさせる。そんな気持ちを察してか、いつのまにか煙草を咥えて遠くを見ている悟浄が隣に立っていて、僅かばかり肩の力が抜けたような気がした。







夜も深くなった頃。
いつもながらのある意味芸術的な寝相で寝息を立てていた悟空が、のそりと起き上がり欠伸を零した。

「…どうした」

気配に気付き、顔を上げた三蔵が不思議そうな目を向けた。便所か、と控えめに尋ねられた言葉に対して首を横に振った悟空は、隣で眠る悟浄らに配慮しつつ三蔵と名前が乗っているジープの元まで歩み寄る。

「…名前どう?」
「だいぶ呼吸が落ち着いてきた」
「良かった…」

ゆっくりと名前を覗き込んだ悟空は、ホッと表情を緩めた。

「三蔵、ちょっと休んだら?俺目ェ覚めちゃったから」
「………何かあったら起こせ」
「わかった」

あんな戦いの後なのだ、皆等しく疲弊しているのは火を見るより明らかである。三蔵も例外ではなく、ここは悟空の申し出に素直に従おうと握っていた手を離しかけた。しかしそこで、僅かな名前の変化に引き止められる。

「……ん…」

微かではあったが名前が瞼を持ち上げたのだ。思わず三蔵は繋いでいた手に力を込め、悟空も前のめりになりながら名前の顔を伺った。

「おい、名前」

まだ言葉を返すまでには至らない様だが、それでも震える瞼から覗く瞳に安堵する。

「悟空、水汲んで来い」
「あっ、うん!」

パタパタと川へ向かった悟空を待つ傍で、三蔵は懐から布を取り出した。それを悟空が汲んできた水に浸し、そっと名前の唇にあてがう。少しばかり指に力を入れ、染み出した水分を上手く口の中へ含ませると、ピクリと彼女の反応が見られた。

「名前…」

ジープに乗り込み、床に座り込んだ悟空も様子を伺っている。一方で眉を寄せて、口内に侵入してきた水分を飲み込むような素振りを見せた名前であったが、結局それ以上の言葉も行動も返すことは無かった。三蔵はもう一度布を水に浸し唇へあてがったが、反応が得られない事を悟るとそのまま布を固く絞り、汗で濡れた額を優しく拭った。



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