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一瞬、気を失ったのかと驚いた。
名前はしっかりと、己の足で山道を踏みしめていた事は自覚していたのだが、急に頭に流れ込んできた見知らぬ映像に思わず足を止めてしまった。刹那の出来事であったが、確かにこことは違う別の場所が頭を過ぎったのだ。いや、厳密に言うとその説明では少々語弊が生まれる。今自分の目で見ているかのように視界に映り込んで来た、と言った方が正しいだろう。

「…水…滝…?」

片手で両目を覆い隠し、その場に膝をついた。神経を集中させ、映像を必死に頭の中でパズルの様に組み立てていく。

「…名前?どうしたんです?」
「おい大丈夫か?」
「名前どっか怪我したの!?」

当然、他の三人も急遽足を止め何やらブツブツ呟いている名前の周りに集まって、訝しげな表情を向けている。しかし、今はそれに返答する時間すら惜しい。名前は何度か瞬きを繰り返し、先程の不可解な現象を再び呼び起そうと躍起になった。何故だかわからないが、これが三蔵を探し出す有力な手掛かりになると感覚的に確信したのだ。

また、流れ込んできた。
薄暗く、はっきりと視認する事は難しいが先程と同じような場所のようだ。大きく角ばった岩が重なり、背後には洞窟の様なものが見える。断片的にしか流れて来ないが、それでも最後、やたらと派手な着物に身を包んだ女がチラリと見えた所でまた映像は途切れてしまった。

「…洞窟と…女…」
「おいおい、名前マジで大丈夫か?また変な薬にでもやられたんじゃねーだろうな」

悟浄が心配気に名前の肩に手を置こうとしたが、それが触れる前にガバッと勢いよく立ち上がった名前に思わず体を逸らしてしまった。

「悟空!水!水の音聞こえる?」
「水?」
「急にどうしたんです?」
「深い森の中に滝と洞窟と、女の姿が見えた。恐らく玄奘様が今いる場所だと思うの」

突拍子も無い言葉であるが、悟空にはそれで十分だったようで、表情を固くして両耳に手を当てて辺りを歩き始めた。

「どういう意味だそりゃ」
「私もよく分からない部分が多いけど、急にこの両目に知らない別の場所の景色が映ったの。断片的にしか流れて来ないから全体像はまだ掴めないけど、でも多分、これは玄奘様が見てきた…乃至今見ている景色だと思う」

悟空の邪魔にならないよう、小声で己の瞳を指す名前に、悟浄はぽかんと口を開けて言葉を失っている。代わって八戒は自分なりに解釈し、なんとか咀嚼しようとしているようだ。

「いつもだったら少し信じられないような話ですが…今この状況…名前と三蔵の瞳が入れ替わっているという状況ならばなんとか理解できます」
「いやでも、マジで目が入れ替わるとかアリなのかそれ」
「この世には僕等の知らない事がまだまだ沢山あるという事ですよ。とにかく、このまま闇雲に探すよりは名前の見た風景を元にして動いた方が効率的ですから、悟空に続きましょうか」






洞窟の中から現れたらしいその女は、派手な着物を纏っているが、その布から覗く手足は異様に白い。身体は勿論の事、髪や唇までも病的なまでに真っ白である。それでいて瞳は燃えるように真っ赤に染まっており、瞳孔の色もまるでわからない。だがこの桃源郷における妖怪の印と言ってもいい紋様も見当たらなければ、耳も尖っている風ではない。だからといって目の前の女を「人間」と言うにも憚られ、三蔵は固唾を飲んでただジッと、女を見上げた。

「ああ…良かった。ちゃんと入れ替わっているわね」

三蔵の強い視線に怯む様子もなく、何故か女はうっとりとした表情で三蔵の頬に手を添えた。皮膚の感触を楽しむかのようにそろりと撫でながら、親指で瞼の上をなぞるその仕草を鬱陶しく思いながらも、三蔵は女が口にした言葉の意味を大まかではあるが理解するに至った。

「…テメェの仕業だったって訳か」
「ええそうよ、そんなに美しい瞳初めて見たわ。でもね、私女は食べない主義なの。やっぱり食べるなら美しい男の子に限るわ」
「…変態が」

唇の端をペロリと舐められ、三蔵は不快な様を隠しもせず顔を思いきり背けた。それでも女は楽しさを抑えきれないのか、上機嫌に三蔵の髪をひっ掴み、薄暗い洞窟の中へと引きずって行く。奥へ進めば進むほど、吐き気を催すような悪い気が濃くなっていき、再び意識が遠退きそうになった。しかし、目の前に現れた不気味な光景に三蔵は驚愕し、言葉を失ってしまった。

「綺麗でしょ。すぐにあなたの物もここに並べてあげるから安心してね」

岩壁に沿ってズラリと並んだソレは、二つずつ、妙な液体に浸けられて多様な色を放っている。

「…眼球蒐集家か」

漸く絞り出した言葉に女はクスリと笑みを零し、コレクションの内の一つを手に取り、うっとりと眺めた。

「ただの瞳には興味は無いわ。美しいものだけあればいいの」
「フン、目ん玉抉り出すだけじゃ飽き足らずその他の身体は食料として頂戴するってか。胸糞悪ィ」
「瞳をいただくだけじゃ申し訳ないから、骨も残らないように処分してあげてるだけじゃない。それにね、若い綺麗な男は本当に美味しいのよ」

三蔵の髪から手を離し、乱暴に地面へ放った。隙を見て魔天経文を発動させようかと考えが過ったが、女の周りを漂う精神エネルギーがそれを躊躇わせた。そもそも真言を唱える隙すら与えられず、唱えたところで術が効く気がしない。決して弱気になっているわけではないが、今この状態で無闇に行動するのは得策ではないだろう。まずは縛られた両手両足をどうにかしなければ。先程引き摺られながら足元を視界に入れた三蔵は、ロープとも鎖とも言えない真っ白なそれが念で作られたものだと推測した。だからこそ、一点に集中して力を込められれば或いは、と考えたのだ。

「あまり変な考えは起こさない事ね」

今正に念を込めようとしたところで、頭上から低い声が降ってきた。咄嗟に見上げると、真っ赤な瞳を細めほくそ笑む女が、徐に右手を持ち上げて三蔵へと示した。するとその腕を伝って一匹の薄墨色をした蛇が姿を現したのである。

「…毒蛇か」
「ええそうよ。みんな私に従順な可愛い子達なの」

みんな、と言うことはまだ何匹もいるということだろう。三蔵は奥歯を噛み締め、女に鋭い視線を向ける。しかしそれを受け、満足気に女はいよいよ三蔵の瞳へと指を掛けた。咄嗟に目を閉じ身を捩った三蔵だが、よく知る気の塊とその場を飛び退いた女の姿を認識し、ほんの少し口角を上げた。

「三蔵!無事ですか!?」
「玄奘様!!」

確かにそこそこの広さがある洞窟であるが、気孔をぶっ放すなど、掠ったらどうするんだと文句の一つでも言ってやろうと己の前に立つ男に口を開き掛けたが、間髪入れずに飛び込んできた名前と悟空に飛びつかれ、それも叶わなかった。蛇女は目の前のご馳走に夢中になるあまり、近づいてきていた気配を察する事が出来なかったと、わらわらと洞窟内へ足を踏み入れる一行を見て顔を歪めている。

「名前、俺の手足を解放しろ!これは念で作られている。お前の剣なら切れる筈だ!」
「はい!」

三蔵の指示に、名前は背中から剣を抜き、手足を傷付けないよう迅速に対応した。三蔵の銃と同様名前の剣も力を纏っており、三蔵の言葉通り枷はすんなりと消滅してしまった。



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