×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



何かが体を強く揺らしている。
ゆっくりと浮上してくる意識の中で、八戒はぼんやりとそんな事を思った。重たい瞼をなんとか持ち上げると、途端に瞳を痛いほど刺してくる光に思わず呻き声を洩らす。

「八戒!」

そんな日光を遮るように覗き込まれた顔は、逆光でよくわからなかったが何やら必死そうに自分の体を揺すっているのだということは理解出来た。まだ上手く働かない頭をフル回転させ、今がどういう状況なのかを考える。

「八戒!起きて八戒!」
「…名前…?」

目が漸く明るさに慣れ、数回瞬いた所で自分の事を見下ろしているのが名前であり、そして何故このような事になったのかと、これまでの経緯を同時に八戒は思い出す事となり、慌てて体を起こして名前の肩を抱いた。

「大丈夫ですか!?怪我とかしてません!?」

急に起き上がった男に若干動揺しつつも、名前は八戒の言葉に短く「大丈夫だ」と返した。

「…悟空と悟浄はまだ起きないんだけど呼吸は安定してるわ」
「そうですか…」

一先ず誰も危ない状態ではない事を知れて八戒は安堵の息を零した。しかし目の前に座っている女の黒髪から覗く紫暗の瞳が、不安気に揺れている事が引っかかり、そっと顔を覗き込む。

「どうしました?」
「…八戒…どうしよう…玄奘様が…」
「えっ」

予期せぬ名前が飛び出し、八戒は咄嗟に辺りを見渡した。すぐ側に悟空と悟浄の姿は見えたが、どんなに探しても白い法衣が見当たらない。これが意味する事の全てを知る術を今の八戒は持ち得ないが、何をするべきなのかは瞬時に判断できた。

「名前が起きた時にはもう居なかったんですか?」
「ええ、太陽の高さからして恐らく私達が意識を失ってたのは一時間程度だと思うんだけど…」
「…連れ去られた…と考えるのが妥当ですよね」

八戒の言葉に名前は一瞬身を固くしたが、すぐさまそんな不安を打ち消す様にかぶりを振って目の前の男に強い視線を向けた。

「こんなんじゃダメよね、しっかりしないと」
「そうですよ、そう簡単にやられるような人じゃないですからね。兎に角今は、現状の把握と二人を起こすのが先決です」

ニコリと自分の武器を最大限に発揮し、すぐ側に伸びている大男を起こしにかかった。名前も手の震えを抑えながら悟空の名を強く呼ぶ。
何故、急にこんな事になってしまったのか。あの時急に感じた眩暈と気持ちの悪さは何だったのか。幸いにもこうして全員命に別状は無く、何か後遺症が残った様にも感じないが、今まで旅をしてきた中であまり経験した事がない状況に八戒だけでは無く名前までもが得も言われぬ恐怖に思考が侵されようとしていた。
漸く覚醒した二人も、同様に何が起こったのか理解出来ないでいる様子だった。そんな状態でも真っ先に三蔵の身を案ずる悟空の姿に、名前は敢えて落ち着きを見せて彼の「不在」を告げる。

「…なんだよそれ…どこ行ったんだよ」
「わからない。でも、だから、現状をきちんと把握して、整理して早く助けに…」
「んな事してたら間に合わなくなるかも知んないじゃん!!早く行かねぇと!」

間に合わなくなる、などと言う言葉をどういう意味で使ったのか口にもしたくないが、それ程事態は深刻だ。

「悟空、落ち着いてください」
「でも!」
「何も見捨てようなんて話をしてる訳じゃ無いんです。焦ったら上手くいくものもいかなくなる。兎に角、このまま奥に進みつつ少しでも情報を集めましょう」

そう強く言い放った八戒の言葉に、名前と悟浄も賛同の意を示す様に頷いて見せる。それを不安に揺れる金眼に映した悟空は、一瞬間を置いて、少し冷静になれたのか弱々しくはあったが謝罪の言葉を口にした。

「それでは、行きましょうか」

来た時と同じように悟空が先頭に立ち、それに悟浄が続く。一つだけ違う所があるとすれば、今度は名前を囲むようにして歩いているというところか。八戒が若干後ろに回り、各々警戒を強めながら足を進めた。

「悟空、霧のようなものが出てきた時変な匂いがすると言ってましたけど…それってどんな感じでした?」
「えーと…ちょっと苦いような…チーズっぽいような…何かが腐ったような…?」
「お猿ちゃん、もちっと語彙力伸ばした方がいいんじゃねぇの」
「うるせーよ!」

悟空の並べ立てた言葉だけでは何ともふわっとしていて、いまいち核心に迫る事は出来ない。八戒は仕方なく前後の状況をよくよく思い返しながら深く考えを巡らせていると、前を歩く名前が徐に口を開いた。

「最初は眠り薬のようなものかなって思ったんだけど…恐らく毒物の一種じゃないかしら」
「毒って…でも俺ら一回は意識ぶっ飛んだとは言え今はもう何ともねーだろ?」
「ええ、だから一時間足らずで抜けてしまうほど少量だったのか、そもそもその程度しか威力が無いのかのどちらかだと思うのよね」
「マジかよ、こわー」
「そんな悠長なこと言ってられないですよ悟浄。そんなものが自然発生するとはやはり考え難いですからね。となると人の手によるものか妖怪か…」
「くっそー!三蔵どこだよ!」

このままでは本当に三蔵の身が危ない。いくら彼が自分の身を守る術を知っていて、強い精神力を持っていると言っても毒を受けてしまえばどんな事になるかは想像もつかない。
これはあくまでも仮説に過ぎないが、相手は明らかに三蔵一人を標的としていて、それ以外の人間はどうでも良いとさえ思っているのだろう。全員が意識を失ったところで三蔵の身体ごと連れ去ったと言う事は経文目的でなく、三蔵自身に用事があるという事だ。一体彼に何をしようというのか。そこまでは流石に見当もつかない。






硬く、冷たい何かが頬に当たる感覚に目が覚めた。思考が追い付かず、また深い闇の中へ身を投じようと半ば持ち上がりかけていた瞼を降ろす。しかしひんやりと湿った空気が流れ込んできて咄嗟に体を丸めようとしたところで、己の体の自由を「何か」で奪われている事に気がつき、三蔵は目を見開いた。

「……!」

両腕が後ろで縛られ、足もキツく縛られている為体を起こす事が出来なかったが、三蔵は兎に角今自分の置かれている状況を把握しようと仕切りに目線を動かした。
そこはやや薄暗く、あれからどのくらい時間が経ったのかを知るには少しばかり条件が悪い。どうやら自分は洞窟のようなものの入り口に転がされているようだ。足元には先程まで歩いていた山道からは想像もつかないような、角ばった大きな岩が幾重にも重なって、隙間を水が流れている。その流れを逆行するように視線を進めていくと、あまり高さは無いせいか静かに水を跳ねさせる滝が目に入った。そしてそれらを覆わんばかりの木々に、三蔵は一瞬自分は死んだのかと錯覚してしまった。それ程までにこの場所は異質だ。見た目だけではない、この場所に漂う空気がまるで別世界のようである。

「…俺だけ…なのか」

周りに人の気配を感じないところを見ると、眠らされた後何者かによって連れ去られたようだ。経文は双肩にかかったままだ。となれば一番考えられるのは、いまだに「不老不死説」などというものを信じて三蔵法師を喰らおうと躍起になっている妖怪の仕業であるという事。しかし三蔵は、その自分で導き出した答えに直ぐに疑問を抱いた。何故か、そんな簡単な言葉では片付かないような気がしてならないのだ。そうしないと今この身を包んでいる重く苦しい空気の説明がつかない。

「ようやくお目覚めね」

突如背後から聞こえた女の声に、三蔵は柄にもなく心臓が凍りつくかのような恐怖に一瞬支配された。



*prev | next#




戻る