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少しして、そんな妙な雰囲気を良い意味で壊してくれる存在が先に帰還した。

「ただいまー!」
「お帰りなさい悟空。思ったより遅かったですねぇ。ゆっくり温まってきたんですか?」
「うん!一人で広い風呂使える事滅多にないから遊んできちゃった!」

タオルを首からかけてホカホカと湯気を立てている様子からして、かなりの時間湯船に浸かっていたのは明白だ。

「それは良かったです。ほら悟空、ちゃんと髪の毛拭かないとまた体が冷えますよ」

悟空を適当な椅子に座らせて、八戒が彼の首にかかっていたタオルを抜き取った所で、次は別の扉が開きラフな格好に着替えた名前が姿を現した。悟空とは逆に予想よりも早かった事を考えると、恐らくシャワーだけで済ませたのだろう。

「あら、悟空今戻って来たの?」
「風呂で遊んでたら遅くなっちゃった!名前もちゃんとあったまった?」
「ええ」

彼女の返しに思わず「ホントかよ」と悟空以外の男達は皆揃って心の中で呟いたがもう今更口に出す事まではしなかった。

「ああ、そう言えば名前、明日空いてますか?」

悟空の髪の毛の水気を取りながら八戒が尋ねた。あまり聞き慣れない質問に、名前は不思議そうな顔をしてコテン、と頭を傾ける。

「…別に用事は無いけど…?」
「じゃあ明日、僕達と買い物に行きましょう」
「…何の?」

「僕達」とは一体誰から誰までを指すのかと、名前は先ず三蔵から目を向けた。しかし俺は知らんとばかりに不機嫌オーラを撒き散らされ、名前は何事も無かったように視線を八戒へと戻した。

「色々です。まぁ、まずは下着からでしょうね」
「下着?」

訳がわからず八戒の言葉をそのまま繰り返すと、視界の端に同じように疑問符を沢山浮かべた三蔵法師の姿が過り、やはり三蔵もまだ理解させて貰えてないのだという事だけは確信が持てた。

「貴女、晒いつから巻いてるんです?」
「え…十四歳くらいから…」
「もうそんなに…まぁ、ここの環境が環境ですからね、しょうがないと言えばそうなんですが…いいですか、名前。そのまま晒を巻き続けるのは体に良くありません。よって、僕と悟浄と買い物に行って色々と揃えようという事になりましたので」
「…えっと…ありがとう、でも…私お金そんなに持ってないから」

自分の事を思って言ってくれているという事は素直に嬉しいが、現実問題そう簡単にはいかない。そして今まで過ごして来て必要を感じなかったのだから、これからも別に無くても良いのではないかという考えも過ぎらなかったと言えば嘘になる。そういう観点から明日のお出かけは必要無いと、名前はやんわり断りを入れ床の掃除に向かおうと動き出した。
しかし、そんな彼女を呼び止めた男がいた。先程まで名前と一緒になって疑問符を浮かべていた男だ。

「…幾らだ」
「えっ?」
「…だから、幾らあれば足りるのかって聞いてんだよ」

初めは何を聞かれているのかわからなかったが、どうやら金の話をしているらしいという事は理解した。しかしそこから、自分の為に出してくれるのだという事までには線が繋がらなかった名前は目を丸くして、必死に言葉を探してしまった。見兼ねた八戒が嬉しそうに助け舟を出す。

「流石三蔵!話がわかる人で助かります」
「三蔵サマも名前ちゃんには甘々ってか?」
「五月蝿ェ!」
「何なら三蔵も来ます?」
「誰が行くか」
「テメェ好みの選んでやったらいーじゃんよ」
「ヤメろ貴様なんかと一緒にするな」
「名前、三蔵からお金の事は気にせず買って来いってお許しが出ましたよ」
「…本当に、いいんですか?」

申し訳ないという気持ちも有りつつ、正直なところ嬉しい気持ちが勝ってしまった名前は三蔵の側まで駆け寄り、瞳をキラキラとさせながら見上げた。それを受けた三蔵はフン、と一度鼻を鳴らして視線を逸らす。

「猿の食費に比べたら可愛いモンだ」
「ありがとうございます…!」

自分の物を買いに行くという事自体あまり経験が無いだけに、名前は少しばかり胸を躍らせた。そんな様子を微笑ましく見守る男が二人。

「興味無いような事言ってたけど」
「やっぱり女の子なんですねぇ」

ついでに服も色々見て回ろう、と楽しげに話す二人を見上げ、ただ一人悟空だけがいまだに話について行けずにいた。しかし出掛ける事は何となく理解するに至り、細かい事は気にしない精神で取り敢えず一緒に行く許可を貰おうと、嬉々と三蔵のもとまで駆けていった。






翌朝、いつもの時間を過ぎても起きる気配の無い名前の異変に最初に気が付いたのは三蔵だった。枕元に立ち、辛そうに呼吸をしている名前に小さく声をかけると瞼を震わせながら少しずつ水縹の瞳が姿を表す。

「どうした」
「…頭…いたい、です」
「…風邪引いたか」

額に手を乗せ、ポツリと零す。隣のベッドで漸く目を覚ました悟空も、寝惚け眼ながらもその言葉をしっかりと理解したのか、慌ててベッドから這い出て飛びつかんばかりの勢いで名前の眠るベッドに寄って来た。

「…マジで?大丈夫なの?」
「そりゃこのクソ寒い中びしょ濡れでうろちょろしてりゃこうなるだろ」
「でもでも、俺何にも無いぞ!?」
「お前と名前を一緒にするんじゃねーよ。兎に角、俺は朝の仕事をせにゃならん。八戒達が来るまでお前が看病しとけ」
「わかった!」
「すみません…玄奘様、悟空もごめんね」
「くだらねーこと気にしてねぇで大人しくしてろ」

そう言い捨て、もう一度額に手を乗せると、三蔵は静かに部屋から立ち去った。手甲越しにも十分伝わる程の高い熱を握り潰しながら、三蔵は足早に本堂へ向かう。
いつものように挨拶を済ませ、必要書類や連絡事項等を一通り頭に入れた三蔵は、境内の見回りもそこそこに作らせておいた粥を受け取って自室へと引っ込んだ。粥を頼んだ時は案の定どこか具合が悪いのかと尋ねられたが、あまり詳しく話す気が元々無かった三蔵は「名前が風邪をひいた」と端的に返し、すぐその場を去った。受け取った後も背後で何やらコソコソと修行僧達が話していたが、名前が風邪引いたという事よりもそんな彼女の看病のためか境内をうろちょろしない悟空について陰口を叩いているのだとわかり、三蔵はひと睨みきかせて帰路を急いだ。




「あ、三蔵お邪魔してます」

後ろ手で扉を閉めると丁度寝室から出てきた八戒とかち合った。洗面器とタオルが握られている事から察するに、氷水の交換に出てきたのだろう。三蔵は一瞬周りに目をやり、再び八戒へと視線を戻して名前の様子を尋ねようかと口を開きかけた。しかしそれも、ここ最近の付き合いで三蔵の気持ちを察する能力が格段に上がってきた八戒によって必要無くなってしまった。

「熱はまだ高いですが、つい先ほど目を覚ましましたよ。今は悟浄と悟空が相手してます」
「…そうか」
「それ、お粥ですか?」
「ああ、さっき頼んで作らせた。あいつまだ今日は何も食ってねぇだろ」
「そうですね、食欲あるといいんですが…」
「食えなきゃ悟空が食うだろ」

そう言って寝室へ消えていった三蔵。その後ろ姿を見つめながら、八戒は人知れず彼の行動に衝撃を受けていた。あの三蔵が自ら粥を作らせ、受け取り、自らの足で運んで来るとは。側から見ればなんて事はない行動の一つだが、普段の三蔵から考えると到底想像も出来ないような状況なのだ。それ程までに名前の事が心配だったのか、はたまた修行僧達とあまり接触させたくないのか。もしかすると他にも理由があるのかも知れないが、いくら八戒が一人で考えたところで、正解には辿り着けないだろう。三蔵の行動の真意を理解するのはなかなか難しい。



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