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「あっ、三蔵!おかえりー」

寝室へ足を踏み入れた三蔵を一番に出迎えたのは、名前の足元に腰掛けて足をぶらぶらさせている悟空だった。それに続いて隣のベッドに腰を下ろしていた悟浄も顔を上げて短く挨拶をする。

「さっき悟空から名前の事聞いてさ、先に様子を見に入った八戒が目ェ覚ましたっつーから俺らも今さっきここ来たんだわ」
「そうか」
「…ごめんね、悟浄…せっかくお出かけする予定だったのに…」
「気にすんなよ。買い物ぐれぇ別の日に行きゃいーんだからよ、兎に角安静にしとけって。しかしまぁ、馬鹿は風邪引かねーって本当だったんだな」
「それ誰の事だよ!」
「オメー以外に誰がいんだよ、子猿ちゃん」
「子猿言うなー!!」
「てめーら今すぐ黙らねぇと一生口がきけねぇようにしてやるぞ」

いつもの怒号とは違い地を這うような声に、騒いでいた二人は一瞬にして口を固く結んだ。拳銃やハリセンが出てこなかった事に初めは安堵したが、次第にそれはそれで恐怖を感じてきた二人は揃って床の上に正座をして身を固くした。

「…玄奘様、私は別に平気ですので」
「お前が良くても俺は良くねぇんだよ。ほら、コレ冷める前に食えそうなら食っておけ」

サイドテーブルにコトリと置かれた白い皿。名前はゆっくりとした動作でソレが何なのかを目視すると、少しばかり驚いたように瞬きを繰り返した。

「…お粥…?」
「今日の飯当番の奴に作らせた。起き上がれるか」
「ありがとうございます、嬉しいです…何としてでも起き上がります…」

枕元に手を付き、ゆっくりと起き上がろうとする名前に手を貸そうと、いち早く悟空が立ち上がった。悟浄もいつのまにか手に持っていた上着を、上半身を起こした彼女の肩にそっとかける。悟空の手助けもありなんとか起き上がった名前は、早速まだ湯気の立つお粥を蓮華で掬い、一口一口味わいながら咀嚼していく。高熱のせいでいつもよりも味がわかりにくいが、それでも優しい味わいにホッとしてしまった。

「美味しいです」
「食える分だけでいい。後は薬飲んでまた寝とけ」
「はい…」

不器用ではあるが、自分の身を案じてくれているのは痛いほど伝わってくる。名前は不謹慎だと理解しつつもつい嬉しくなってしまい、へにゃりと笑みを浮かべてしまった。


薬を飲んだ後、また眠気が襲ってきた名前は素直にそれに従って布団へ潜った。新しく冷えたタオルが額に乗せられ、気持ち良さも相まって瞼はすぐに落ちてしまい、そんな彼女の邪魔をしないようにと悟浄と悟空は隣の部屋へ八戒によって追い出されてしまった。八戒は看病をするからと寝室にそのまま残り、読書をしつつ時折名前の額のタオルを交換する。三蔵も唯一の暖房器具をこの寝室へ持ち込んでいるため、仕事道具を持って来て黙々と進めていた。
それからは偶に悟空達が覗きに来たり、僧侶が三蔵の部屋を訪れたり、咳や高熱で長時間熟睡出来ない名前の世話をしたりと各々その対応に追われていると、気付けば辺りはオレンジ色を通り越して日が沈みかけていた。本を閉じて徐に腰を上げた八戒は、いまだ書物に目を通している三蔵の側へ寄り、控えめに声をかける。

「夕食の時間も近付いてきましたし、そろそろ帰りますね」
「…ああ」
「また明日、様子見に来ます」

そう言って踵を返した八戒だったが、ふと三蔵はそれを引き止めた。不思議そうに振り返った男に、三蔵は腕組みをして視線だけで名前の眠るベッドを指す。

「はっかい…」
「おや、どうしました名前」
「今日は…ありがと…」
「いいんですよ。いい歳した男達の面倒を見るのには辟易していますが他ならない名前のためとあってはどんな事でも喜んでお世話しますよ」
「…ふふ、ありがとう」
「それでは、お大事に。また明日来ます」

横になった状態のままであったが、名前は布団の中から小さく手を振って立ち去る八戒を見送った。それにいつもの柔らかい笑みを返して、八戒は悟浄を連れて家路を急いだ。




その日の夕食後すぐに風呂に入った悟空は、交代で入浴へと向かった三蔵と入れ替わるようにして寝室へ入って来た。ぽてぽてと名前の側へ歩み寄り、床に膝をついた悟空は少しだけひんやりとした手のひらを名前の頬へ添えた。

「…どうしたの?悟空」
「まだちょっと熱いな…」
「明日には下がってるから大丈夫よ」
「…名前…ごめん、」

珍しくシュンとしている悟空。別に悟空のせいだとは微塵も思っていなかった名前は、彼のあまりの反省ぶりに逆に申し訳なくなってしまった。

「悟空は何も悪い事はしてないわ。気にしちゃダメよ」
「…でも」
「この程度で熱出すなんて、私の精進が足りない証拠よ。だから大丈夫」
「しょうじん…?」
「もっと頑張ろうって事よ」

知らないことは何でも知りたがる悟空のキラキラした瞳に、つい微笑ましくなってくる。八戒が以前、偶に加虐心が擽られる時もあると零していたが、この点においては全否定は出来ないと名前もその時に賛同したのをふと思い出した。

「…そろそろ自分の布団に入らないと玄奘様にどやされるわよ」

悪戯っぽく笑って悟空の手をそっと握ると、満足したのか元気のいい返事が返ってきた。しかし、物事とはそう簡単にはいかないもので、悟空が自分のベッドに入る前に恐れていた男が少々乱暴に寝室の戸を開いて姿を現したのである。

「まだ起きてやがったのか!さっさと眠らねーと成長しねぇぞ」
「もー!今寝ようとしてたんだよ!!」
「フン、どうだかな」
「ふふ、お休み悟空」
「お休み名前、三蔵!」

理不尽に怒鳴られてもへこたれず、悟空は楽しげに布団へ潜り込んだ。
暫くすると規則正しい寝息が聞こえてきて、あまりの寝付きの良さに名前はまた可笑しくなって笑みを零した。そんな彼女とは裏腹に呆れたように悟空を見下ろしていた三蔵は、金糸の髪から滴る雫をタオルで荒っぽく飛ばしながら名前の枕元で立ち止まる。

「…少し楽になったみてぇだな」
「はい。薬が少しは効いたみたいです…あ、あの…玄奘様…」
「なんだ」

立ち去ろうとした三蔵の着物の裾を引き、呼び止めた。振り返った三蔵は怪訝そうに見下ろしている。

「着替えを…したいのですが…」
「…わかった。適当に出すからちょっと待ってろ」
「あ、いえ…出来れば…」
「風呂はダメだからな」
「それは、はい…分かってます…けど、せめて…」

蒸しタオルで顔や首、腕などを拭きたいと懇願すると、三蔵はため息を一つ零して渋々了承した。再び「待ってろ」と告げて外へ出ようとした三蔵に、名前は自分の考えが全て伝わっていなかった事に気付き、慌てて体を起こして床に足をついた。

「待っ…」

しかしいくら薬が効いたとは言え、流石に急に体を起こすのはまだ早かったのか、名前は一瞬目の前が真っ暗になりそのまま重力に従って頭から崩れ落ちそうになった。受け身を取ろうにもあまりにも一瞬の事で、風邪のせいで思考力も低下している状態である為、ただただ名前は次に訪れる衝撃に耐えようと目を固く瞑ったが、冷たい床の代わりに暖かい何かに包まれた。

「…っ、何してやがる」
「玄奘さま…?」

目眩を起こした名前を受け止めた男はらしくもなく背中に冷や汗をかいたようで、切迫した面持ちで彼女を抱きとめる腕に力を込めた。

「す、すみません…視界が一瞬真っ暗になって…」
「当たり前だ。ったく…なんなんだ急に」
「自分でします…と言いたかったのですが…」
「あ?」

眼光鋭く見下ろし、たった一言返された。何もかもさせてしまっているという事に耐えられず飛び出してしまったが、結果的にまた迷惑をかけているこの状況ではやはり自分の言い分は通らないのだろう。そう一瞬で判断した名前は、反射的にもう一度謝罪の言葉を口にして、そっと三蔵という支えから離れようとした。しかしそれを許さないとばかりに強く体を引かれたかと思えば、あろうことかあの三蔵に横抱きにされてしまい、名前は酷く面食らった。

「朝も言ったが、くだらねー心配してねぇで大人しく世話されてろ。治るモンも治らんだろうが」
「はい…」
「…ま、お前が風邪引いてると猿共もちったー静かになるからそれは助かるがな、やっぱり世話係がいねぇと困る」

ベッドにふわりと降ろされ、布団をかけられた。

「…何だその顔は」

いつものように笑うか同意の言葉を返されるとばかり思っていた三蔵は、何も言わず己の顔をジッと見つめてくる名前に少しばかりたじろいだ。そればかりか、三蔵の発した言葉に対して名前は返事をする代わりに両手で顔を覆って何かに耐え切らなかったのか「ああ…」と恍惚の声を漏らしたのだ。

「…おい」
「玄奘様…サービスが良すぎませんか…私どうしたらいいかわかりません…」
「は?」

くぐもった声で切願するように言う名前の言葉の意味が全く理解出来ず、三蔵は間抜けな反応を見せてしまった。両手の下に隠れている素顔を見れば少しは解決への糸口が掴めるかと思い、三蔵は名前の両手を外そうと手を伸ばしたが、それよりも先に先程よりも幾分か気が落ち着いたらしい名前が自ら顔を露わにしてきた。

「…これもツンデレとかいう部類に入るのでしょうか」
「何を言ってやがる」
「そうだ、明日八戒に聞いてみますね」
「人の話を聞け」

病人でなかったらハリセンを食らわせているところだが、なんとか舌打ちするだけに踏み止まり、本来の目的を果たすためその場を離れた。そんな彼の後ろ姿に「ありがとうございます」と嬉々たる声音で名前が言葉を投げると、三蔵はピタリと足を止めてほんの少し振り返ったかと思えば、一瞬だけ柔らかい表情を浮かべて見せた。




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