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「名前ちゃんはね、元々主任補佐だったんだよ」

食べ終えた丼を脇に避けて、お茶を啜っていた大王が徐に口を開いた。

「だけど鬼灯君が補佐官に就いてから暫くしてね、鬼灯君の仕事量が半端なくなってきちゃってさぁ。それでもう一人補佐官がいると助かるよね、って話をしてたら名前ちゃんが向いてるかもしれないっていう事になってね」
「大王がもっと仕事をしてくだされば何の問題も無かったんですがね」
「ぐっ…それは今はいいだろ…!」
「…まぁしかし、名前さんが第二補佐官に就いてくださったお陰で、私も随分と仕事が楽になりましたよ」

同じように食べ終えた器を少しだけずらし、鬼灯もお茶を飲んで一息ついた。一方で思わぬ所で褒められたかもしれない言葉をかけられた名前は、「ありがとうございます」という科白と共ににっこりと笑って見せる。

「だからお香姐さんとも仲がいいんですね」

名前と鬼灯を横目にそう発した唐瓜の言葉に、お香が首を横に振った。

「アタシはねぇ、実は結構前からお友達だったのよ。鬼灯様が名前ちゃんと会うよりも少し前からね。地獄が形成されてからは会う機会も減ってしまったんだけど、その後アタシも獄卒になったから…名前ちゃんとの仲は鬼灯様よりも長かったりするのよ」

ねー、とお香は名前と顔を見合わせて頷き合った。

「お香と一緒に働く事になったのは本当に偶然なのよ。だから、お香が衆合地獄の主任補佐になるって聞いて凄く嬉しかったし、第二補佐官の件をお受けする決心もついたの」
「名前さんも誘惑係やってた事あるんですか?」
「ええ、勿論」

唐瓜の問いに名前は笑って頷いたが、すぐに「でも」と言葉を続けて肩を竦めた。

「あんまり私には向かない仕事だったみたい」
「えっ…」
「私って…ほら、色気が足りないじゃない?だからすぐに主任補佐に就かせていただいた時は、正直やったーって思ったわ」
「名前さんもお綺麗じゃないっすか!」
「ありがと、唐瓜君。でもね、やっぱりお香や他の獄卒ちゃんと比べるとどうしてもね…。それに比べてお香は凄いわよ。色っぽいし美人だし、頭はいいし仕事は出来るし、性格も男女共に好かれやすい。衆合地獄の主任補佐として最高の人材だと思うわ。才色兼備ってこういう事を言うのねぇって前から思ってたもの」
「名前ちゃん…そんなに褒めないで、なんだか恥ずかしいわ…」
「照れる姿も色っぽいのね…流石だわ」
「も、もう…!」

お香の新たな一面と言っても良い程の照れた表情を目の当たりにして、唐瓜は言うまでもなく見惚れている。大王はそんな様子を微笑ましく見守っているが、鬼灯はどうやら思う所があるらしく、ただジッと名前に視線を送っていた。

「…鬼灯様?」

何も言わずに視線だけ送られると、さすがの名前も気になって仕方がないので首を傾け、名を呼んだ。すると鬼灯は小さくため息を零す。

「名前さんも主任補佐の仕事を立派に熟していましたよ」
「…そうですか?」
「そうですよ。何度も言ってきたじゃないですか。ですが、名前さんは昔から幅広い知識をお持ちで、考え方や仕事の熟し方など総合的に見ても閻魔庁で働いていただいた方が、あなたにとっても良い結果が出るのではないかという事になったのです。だからこうして第二補佐官に任命したんじゃないですか」

そうなのか、と自分の事だというのにどこか他人事のように聞いていた名前であったが、鬼灯の言葉に嬉しそうに「うんうん」と頷く大王が視界に映って、素直に嬉しいと答える事ができた。すると唐突に、今まで黙っていた茄子が再び腕を組んで納得したような素振りを見せた。

「そっかぁ、やっぱり名前さんも凄い人なんだなぁ」
「凄い人ではないわ、茄子君」
「名前さんも男女共に人気がありそうですね!」

名前の否定は耳には届かなかったのか、茄子はそう言って瞳を輝かせた。いつもは嗜める役の唐瓜も今回ばかりは茄子に同意しているように見える。

「いや、そういうわけでは…」
「人気があるというか、同性にも好かれやすいタイプではありますよ」

名前の言葉は鬼灯によって掻き消された。

「やっぱり!じゃないと衆合地獄の主任補佐を任せられたりしませんよねー」
「ですが、お香さんとは少し違います」
「違う…って?」
「例えば鬼女が数名集まってお茶に行こうと話をしていたとします。そこにお香さんがたまたま通りかかり、何の話?とその輪の中に入っていった場合、そこでかけられる言葉は『お香さんも一緒にお茶行きませんか?』です。そしてお香さんがいいわね、行きましょうと答えると『やったー!』『あ、お香さん今度ケーキバイキングがあるんですけど行きませんか!?』みたいに会話が広がるわけです。一方、名前さんがその場をたまたま通り、同じように何の話?と輪に入っていった場合『あっ、お疲れ様です!あの…よろしければ名前さんもお茶に…どうですか?』となります」
「うーん…なんとなくわかるようなわからないような…」

鬼灯の具体的な例えに、唐瓜は首を傾げた。しかし気にせずに鬼灯は話を続ける。

「そして名前さんがええ、みんなさえ良ければ是非、と答えます。すると『よっしゃ、私横に座る!』『ずるい!じゃあ私正面!』という風な展開になるのです。どうですか?理解できました?」
「うーん…」
「…なんとなく」

話が最後まで済んでも結局唐瓜と茄子はスッキリとしないままのようだったので、仕方なく鬼灯はそんな二人にもわかりやすいように纏めて聞かせた。

「要するに、お香さんと二人きりになった場合『わーいお香さんだわーい!いっぱいお話ししたいなぁー』となりますが名前さんだと『名前さんだ…ハァハァ…』となるのです。面白いでしょう」
「鬼灯様!?」

まさかの表現の仕方に、名前は飲んでいたお茶を噴き出しかけた。

「なるほど、俄然わかりやすくなりました!」
「違うわ唐瓜君!勘違いしないで、鬼灯様は説明が面倒になってきただけよ…!」

慌てて訂正したが、スッキリとした顔の唐瓜と茄子は聞く耳を持ってはくれなかった。どうしてくれるんだこの野郎、という気持ちを込めて鬼灯に目線を送ったが、素知らぬ顔をされてしまい、どうする事も出来ない。しかしそこで、思いがけない所から救いの手が差し伸べられた。

「鬼灯君の例えはちょっとアレだったけど…あのねぇ、お香ちゃんは好感の持てる相手で名前ちゃんは尊敬する人物って感じなんだよ要するに。まぁ、ワシからしたら二人ともどっちの要素も持ってると思うし、人によって感じ方は違うから決めつけるのはどうかな、とは思うけどね」
「閻魔大王…」

ここは地獄だが、天の助けとはこの事だろうかと、思わず大王に対して拝みたくなるような気持ちになった。しかし。

「というかさ、そんな事よりワシ、君達が引っ付くまでの話が聞きたいよ。鬼灯君に何回も聞いたのにいつも適当にはぐらかすもんだからさぁ」

すぐ後に続いた台詞のせいで鬼灯に盛大に舌打ちされていたのでそれも台無しとなってしまったのである。
名前としては別段隠す事でもないという考えなので、鬼灯が何も言う気がない様子を察して代わりに要約した。

「そんなに面白い話ではないんですが…」
「いやいや、面白そうな匂いがプンプンするから大丈夫だよ」
「そうですかね…?ええっと…私が第二補佐官として働き始めてから暫くして、鬼灯様から初めてその…私におっしゃってくださった時は、あの…私冗談だと思ったんです。前々から突然ぶっ飛んだ事をよくおっしゃるから」
「…確かに、よく考えたら『鬼灯様』だもんなぁ」

唐瓜がチラリと鬼灯を見やって妙に納得した顔をした。隣に座っているお香も「そうよねぇ」などと同意している。

「…私は至って真面目だったんですがね」
「その節は…本当にすみませんでした…」
「それで、その後どうなったの?鬼灯君、なかなか諦めなかったんでしょ?」
「はい…。その後も何度かそういう事があったのですが、そのうち『部下として気に入っている』という意味でおっしゃっているのだと思い、ありがとうございますとだけお返ししていました」
「…こりゃまたベタな話だねぇ」
「鬼灯様がちょっと可哀想になってきたな…」
「そうでしょう?ここまでくると、寧ろわかった上で私にその様な返事をしているのではないかと思ってしまいましたよ」
「あちゃー…」

鬼灯の台詞に対し、茄子が心配そうに名前を見つめたのを皮切りに、他の面々も名前へと哀れみの目を向けた。本来ならば鬼灯へ同情をよせるものだと思うのだが、その当時鬼灯の怒りを買ってしまったかもしれないという事態の方が今回の場合最も重要なのである。

「鬼灯君…まさか彼女を無理矢理納得させたんじゃ…」
「そんな事する訳ないじゃないですか。寧ろ燃えましたので」
「燃えたって…」
「気付いているにしろそうでないにしろ、長期戦覚悟でその後も何度か名前さんにはお伝えしましたよ」
「その度に名前ちゃんもしかしてお礼言ってたの…?」
「あ、いえ…流石に思い違いをしていたという事には気付いたのですが、気付いたら気付いたで新たな問題が浮上して…」
「問題って?」

お香が横から顔を覗き込むようにして、尋ねた。

「沢山の女性の憧れなのよ?鬼灯様は」
「アラ…そういう事なのね」
「…私だって命が惜しいわ」

そう言って肩を竦める名前に対して、何やら大王はわくわくした様子で身を乗り出した。

「そこで、鬼灯君の男前発言!『私が守ります』」
「捏造するな」
「痛い!」

いつものように眼光鋭く大王を睨みつけ、金棒を頬にグリグリと押し付けると、鬼灯はすぐに無表情に戻して口を開いた。

「別に私は普通の事を言っただけですよ。名前さんが自分では釣り合わないなどと言うので、そんなものは関係ないと言ったんです。そして、もし仮に己の欲望だけを満たす事だけに一生懸命になって他人の迷惑も顧みないような輩が現れた場合は、迷わず塵にしますとも言いましたね」
「そうですね…確かそんな事をおっしゃっていたような気がします。だから私も考え直して、鬼灯様にも失礼だったと気付きましたので、少し時間をくださいとお願いしたんです」
「あ、そこでもまだ引っ付かないんだ…凄いねー君達」
「凄い…ですか?」

名前が首を傾げながら鬼灯に尋ねると、同じように首を傾けた鬼灯がチラリと一瞬だけ目線を合わせた。

「まぁ…凄いと言えば凄いかもしれませんね、名前さんは」
「えっ、私だけですか?」
「ええ、なんせ少し時間をくださいと言ってからお返事をくれるまでに二十年ほどかかりましたからね」
「に、二十年…」

驚いて頬を引くつかせた唐瓜に対して、鬼灯は頷いてみせた。

「いくら鬼の寿命が長いとはいえ、まさか二十年も待たされるとは思いませんでした」
「名前さんはその間ずっと考えてたんですか…?」
「あ、いえ…そういう訳じゃないの。これ言うとまた鬼灯様に怒られそうなんだけど…私、忘れてたのよね」
「ええっ、鬼灯君との事を!?」
「はい…」

それはおっかねぇ、とその場にいる全員が身震いした。




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