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その後の名前の説明によると、元々仕事が忙しい事もあって考える時間そのものが一日の中で少なかったらしい。仕事とプライベートはきちんと分けたいタイプだった為、それは仕方のない事だろう。それに加えて、気になった事や知らない事は実際に自分の目で見て確かめたい性格であった名前は、休みの度に趣味に興じているうちにすっかり鬼灯との事が頭から抜け落ちてしまったようだった。
そこで立ち上がったのが、お香だ。
お香は名前が鬼灯に「時間をください」とお願いした後から名前本人が相談をし、それで二人の事を知った。しかし一向に二人の仲が進展しないのをずっと側で見守りながらも不思議に思っており、業を煮やしたお香が名前に尋ねたところ、忘れかけていた事が発覚したのだ。それからはお香のおかげもあって名前も真剣に考えるようになり、今に至るというわけだ。

話を終え、皆の反応をそっと伺えばお香と鬼灯以外は異様な物でも見たかのように目を真ん丸とさせていた。

「…どうしたの?みんなそんな驚いた顔して」
「い、いや…すげーなって思いまして…なぁ、茄子」
「うん…二人の事だからすんなりと事が進むとは思ってなかったけど…」
「一本映画やれそうだよ君達」

唐瓜や茄子に対しては特に反応を見せなかった鬼灯が、やはり大王の発言にはすぐさま反論を述べた。

「そんなもの作ったって何の需要もありませんよ。ほら、人の事にこれ以上踏み込まないでください。もう直ぐ昼休みも終わりますよ」
「えぇーいいじゃないか。また今度色々聞かせてよ」
「嫌です」
「ケチ」
「何か言いましたか」

穏やかな口調とは裏腹に般若のような表情で金棒を再び大王の顔に押し付ける鬼灯。しかし閻魔大王も慣れたもので、それを「痛いよ」の一言で済ませている。

「だってさぁーワシは心配なんだよ鬼灯君が。もう親の気分っていうか?」
「こんな親なら私はグレます」
「気分って言っただろ!ほら、こんなんだから結婚なんてなかなか出来ないだろうしさぁ、だから名前ちゃんを逃しちゃいけないよって言いたいわけ」
「大王に言われずとも離すつもりはありませんよ。私がどれだけ苦労してここまで来たと思ってるんですか」

そこまで言うと、鬼灯は食べ終わった器を手に立ち上がった。それを見、慌てて唐瓜と茄子も片付け始めた。何も言わないが、随分とイライラしているであろうという事は鬼灯の背中が物語っている。それを後ろを歩いていた二人はそっと察し、知りたいという気持ちを何とか抑える事に成功した。おそらく茄子辺りは落ち着いた頃にうっかり鬼灯にまたこの話題を持ち出すかもしれないが、鬼灯のことだから文句を言いながらも教えてくれるかもしれない。もしくは名前の方にも今度聞いてみたら何か話してくれるかもしれない。話すきっかけも作れるし一石二鳥ではないか、とそんな事を唐瓜は心の中でひっそりと考えていたが、仕事中毒である上司の普段見られないような姿を垣間見る絶好のチャンスなので、大王のように興味を持ってしまうのも仕方がないだろう。
食器を返しながら自分を正当化していた唐瓜は、そこで鬼灯が再びまだ席に着いている名前の元へ向かっている事に気が付いた。ある程度距離があったので会話までは聞こえなかったが、名前に何か渡しているようだ。それが何なのか物凄く気になったが、茄子が「早く行こう」と急かしてきたので諦めざるを得なくなった。

一方、未だテーブルで名前と談笑を続けていたお香は、大王が食器を返して仕事場まで戻ったのを見計らって名前の手元を見た。

「それ、鬼灯様から何を貰ったの?」
「ただのメモよ。こんなのいつ書いたのかしら」
「アラ、何て書いてあるの?」

目をキラキラとさせるお香に反して名前は特別何の感情も抱いていないような表情で手中のメモ紙を広げて見せた。

「『名前さん、明日お休みですよね。よろしければ今晩私の部屋へ来ませんか』」
「うふふ、鬼灯様ってホント名前ちゃんのこと大好きよねぇ」
「…私には勿体無いお方だわ」

そう言って肩を竦めながらも、名前の頬がほんのり赤くなっているのをお香は見逃さなかった。









「鬼灯様、名前です」

その日の晩、鬼灯よりも少し早くに仕事が終わった名前は夕飯と入浴まで済ませてから、鬼灯の部屋へと向かった。静かな廊下を歩き、扉の前に立って控えめに声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

「勝手に入ってきてください。鍵は開けてます」
「失礼します」

付き合いを始めて数年経ったが、殆ど鬼灯が名前の部屋へ来ていたので、久しぶりに鬼灯の部屋へ足を踏み入れる為か心なしか緊張しているような面持ちで名前は扉を開けた。しかし、そこで肝心の部屋の主が見当たらない事に気が付き、名前は首を傾げた。確かに声は聞こえたので、洗面所かトイレにでも行っているのかと解釈し、名前はすぐに扉を閉めて、部屋の中へ足を進める。お風呂だった場合少し待つかもしれないが、水の流れる音が聞こえない事からしてすぐにこちらに顔を出すだろうと、寝台の前で立ち止まった瞬間、強い力で何かにベッドへ押し倒された。

「うわっ!?」

押し退けようとしたが相手はビクともせず、誰なのか確認しようにも目を塞がれていてそれも叶わない。それならばふぐりでも蹴っ飛ばすか、と名前が足をバタつかせた途端、身体を押さえつけていた物がスッと引いた。

「…やれやれ、危ないところでした」
「鬼灯様…何ですか急に。びっくりしましたよ…」
「すみません、急に驚かせてみたくなったもので」

名前を起き上がらせ、乱れた着物を正しながら鬼灯は淡々と謝辞を述べた。

「思いつきでこんな事なさらないでください。生命の危機を感じました」
「そうですね、私もある意味生命の危機を感じました」
「女の私が勝てるとすればそれしかありませんからね」
「さすがです。私以外の者にこのような事をされたら容赦なく陰嚢を蹴っ飛ばして差し上げなさい」

スッと伸びてきた鬼灯の手に、名前は不意に目を閉じた。すると数回頬を優しく撫でられ、軽く口付けが落とされる。あぁ、このままベッドへ雪崩れ込みたいのだな、と咄嗟に感じ、名前はそっと腕を鬼灯の首へ絡ませた。それが合図となって二人はベッドへ沈み、鬼灯の愛撫が始まった。

「…んっ」

唇から頬、おでこや耳朶、首筋に普段の鬼灯からは想像もつかないような優しい口付けが落とされ、段々と下へと降りてくるのに合わせて着物の襟元が開かれた。鎖骨を舐められ思わず声を洩らす。そんな名前を見下ろしながらふと、鬼灯が動きを止めた。

「…色気がないとは思いませんけどねぇ」
「…?」
「いえ、こちらの話です」

鬼灯を不思議そうに見上げた名前だったが、結局はぐらかされてしまった。もう一度鎖骨に唇を落とされ、更に下へ下へと降りてくる。帯も緩められて着物は肩の下へまで開いて降ろされた。途端に露わになる真っ白な肌と丁度いい膨らみに、鬼灯もつい喉を鳴らしてしまう。

「…相変わらず綺麗ですね。噛み付いてみてもいいですか」
「反射で噛み付き返してしまうかもしれませんけどいいですか?」
「冗談ですよ、こんな綺麗な肌に傷など付けられません」
「…珍しいですね、鬼灯様」

普段なら許可すらも取らずに噛み付いてきてもおかしくないくらいのドSっぷりを発揮しているが故に、名前は少しばかり目を丸くした。しかし鬼灯は心外だとばかりに顔を歪める。

「…私をなんだと思っているんですか。誰彼構わず痛めつけたい等という思考は持ち合わせてはいませんよ。ましてや名前さん、貴女は私なりに大事にしているつもりなんですがね」
「ふふ、すみません。ありがとうございます」
「わかればいいのです」
「…何かお礼がしたいです」
「急にどうしたんですか」
「いえ、こんなにも鬼灯様に良くしていただいているのですから私も何か出来ないか、と思いまして」
「そんな事思わなくていいですよ。貴女は私の下で沢山鳴いて喘いでくだされば結構ですから」

そう言うや否や鬼灯は名前の着物を全て剥ぎ取ってしまった。下着だけにさせられた名前は慌てて毛布を手繰り寄せようとしたが、いとも簡単に阻止されてしまった。

「明日お休みなのですから、私の気が済むまでとことん付き合ってくださいね」
「鬼灯様は明日もお仕事でしょう…?」
「私の事は気にしないでください。体力には自信があります」
「えっ、や、でも私明日用事が……ひぁっ!」

完全にスイッチの入ってしまった鬼灯を止める等という行為は自殺行為と同義であり、あまりにも無謀な行為である事は名前も重々承知である。結局その後散々鬼灯に付き合わされたのは言うまでも無いだろう。




どのくらい時間が経ったのか、ぼんやりと開けた瞳に映るのは暗闇にポツリと浮かぶ、オレンジ色の光だった。隣に鬼灯はいない。外の様子からしてそこまで長い時間眠っていた訳ではなさそうだ。名前は枕元の携帯で時間を確認しようと手を伸ばすと、案の定携帯は夜中の二時を指していた。

「鬼灯様…?」
「おや、どうしたんですか。まだ一時間も経っていませんから眠っておきなさい」

掠れた声で思わず呟いてしまった名前の主は、ベッドから近い方の机に向かって何やら書類を作成していた。オレンジ色の光の正体は眠っている名前に気を使って控えめに灯した明かりであった事が発覚し、名前は身体を起こしながらすみませんと小さく溢した。

「気にしないでください。この明かりでも十分仕事は出来ますから」
「…やっぱりそれ、お仕事だったんですね。お手伝いできる事があれば何か…」
「大丈夫ですよ。今やっているのが済めば、今日はこれで終わりです」

そう言って再び机の上の紙にペンを走らせ始めた鬼灯を、名前は暫くぼんやりと眺めていたが、何となくいつもと違うような雰囲気を感じてもっと側に寄って確かめようと布団から抜け出した。そこで自分が何も纏っていなかった事を思い出し、すぐ近くに置かれていた逆さ鬼灯の描かれた黒の着物を羽織って、鬼灯のすぐ後ろで椅子に座っている彼を見下ろす。すると先程感じた雰囲気は間違いなかったのだと確信するに至った。

「鬼灯様、何だか楽しそうですね」
「ええ、まぁ。そんなにわかりやすいですか?」
「いえ、少しだけですよ。表情はいつも通り無愛想です」
「…ほぉ、まだそんな軽口が叩けるほど体力が残ってらっしゃるんですねぇ、名前さん」
「すみません調子に乗りました」
「…というか貴女、なんて格好してるんです」

後ろを振り返った鬼灯がほんの少しだけ眉を寄せたのがわかった。

「そんな格好で男の部屋をうろちょろするものではありませんよ」

そんな格好とは勿論鬼灯の着物を一枚羽織っただけの状態を差すのだろう。しかし名前は前が随分とだらし無く開いている事を言っているのだと思い、両手でしっかりと合わせた。

「…そういう事ではないんですが…まぁいいです」
「それより鬼灯様、何故先程嬉しそうにされていたんです?」
「…あぁ、明日孤地獄の仕事が入っているんですよ」
「なるほど。そう言えばそうでしたね」

孤地獄の言葉だけで全てを理解した名前は、邪魔をしないようその場から立ち去ろうとした。だが腕を強い力で引かれ、鬼灯の膝の上に乗っかってしまうというなんとも恥ずかしい状況にされて、名前は慌てて鬼灯を見上げた。

「…鬼灯様、恥ずかしいのですが」
「それを聞いてしまうと益々離したくなくなりますね」
「…ですよね」
「私は別に、孤地獄だけで機嫌がいいのではないのですよ」
「…どうしたんです?急に」
「なんでもないです。貴女がいるからだと言っても理解していただけるまでにまた何十年もかかられそうですからね」
「…あっ、や、大丈夫ですよ!私だって成長したのですから」
「ほう」
「私だって鬼灯様のお側にいるのは凄く幸せですし、これからも置いていただきたいので努力していくつもりなんです」
「……」

何とか鬼灯に今までのような失礼な事をしでかさないよう鬼灯の気持ちを素直に受け取った上で、自分の気持ちを言葉足らずながらも精一杯伝えた名前。それに対して何か返してくるかと思ったのだが、予想は外れて鬼灯は暫く無言を貫いた。不安になった名前は恐る恐る下から鬼灯の顔を覗き見ると、急に少々乱暴な形で頭を撫でられた。

「うわ、何ですか鬼灯様!」
「…それならば、心配要りません」
「はい…?」
「何年越しの恋だと思っているのですか。余程のことがない限り私から貴女を手放す事はありませんよ。あぁ、それにしても良かったです。付き合いを始めてから何年か経ちましたが、私の気持ちを少しは理解してくれ始めているのですね」

相変わらず無表情だが、確実に柔らかいオーラを纏った鬼灯は、名前の前髪を掻き上げ、おでこに唇を軽く落とした。

「これからも、よろしくお願いしますね、名前さん」
「…こちらこそ、不束者ではございますがよろしくお願い致します」




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