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 ▼春のケーキ

四月の初めには姉の誕生日という行事がある。しかし私のせいで去年は自粛せざるを得ない状況を作り出してしまった為、今年はちゃんとお祝いしたいと、私は隆也と共にケーキ屋へ来ていた。昨晩隆司さんと相談して、今夜姉の誕生パーティーをすることになったので、私はケーキを担当することにしたのだ。荷物持ち兼相談役として隆也も強制的に連れてきた。まぁ、彼もお祝いの席に参加するのだから何の問題もないはずだ。

「…今日だったっけ、琴乃さん誕生日」
「そうよ。だから今夜お祝いするんでしょ」
「俺まだプレゼントとか用意出来てねぇ…」
「いいよ。その代わり、ケーキ代半分こ出しね」

ショーケースを目の前に、私は身を屈めた。それに合わせて隆也も膝を曲げる。

「ケーキ代ぐれぇ俺が出すよ。お前、料理もやるんだろ」
「お母さんも一緒にだけどね。明日の準備もあるし…」
「……一周忌か」
「うん…」

私はケーキを選ぶのを一旦止め、体を起こした。

「家でやるのか」
「そのつもり。最初はどこか場所確保する予定だったんだけど、お母さんと相談して、家に変更したの。隆也…来てくれる?」
「行くに決まってんだろ」
「ありがとう」

眉を寄せながら笑顔を作ると、髪の毛をくしゃりと撫でられた。その行動に、少しだけ涙が出そうになる。

「さて、さっさとケーキ選んじまおうぜ。琴乃さん帰って来ちまう。サプライズなんだろ」
「うん、そう、そうなの。去年は祝って上げられなかったし、これからも、私のせいで楽しく誕生日が迎えられないと思う。だから、今のうちからでも私に出来ることはなんでもしてあげたい。そりゃ、パーティーなんかしたら不謹慎だって言う人もいるだろうね。だけどそれはお姉ちゃんが悪いんじゃないもの。だから、お姉ちゃんが少しでも嫌な思いをしなくていいように、私だけでもキチンとお祝いしてあげたい」
「それに、俺と百合さん、隆司さんもプラスしろよ」
「…あ…そっか…うん…ごめん、ありがとう」
「そして、自分のせいだとかってあんまり言うな。お前のせいじゃないし、お前自身が辛くなるだけだ」
「…隆也……うん、よしっ。暗い顔なんかしてたらお姉ちゃんに悪いよね。今日は精一杯お祝いするんだから」

落ち込んだ雰囲気を一層するように、私は自分の頬をパシンと叩いた。結構な音がしたが、店員が別のお客の相手をしていたのがせめてもの救いだ。

「はは、頬真っ赤じゃん」
「…思ったより痛かった」
「だろうな」

じんじんと痛む頬をさすりながら、私は再度ショーケースに視線を移した。

「…やっぱり生クリームのデコレーションかな」
「まぁ、無難じゃあるが…お前そんなに生クリーム好きじゃねーんだろ」
「んー…食べれるには食べれる」
「琴乃さんは?」
「普通に生クリーム大好き」
「あー…主役は琴乃さんだしな」
「そうそう、だからね」

やっぱり生クリームだろう。と、それを注文しようとしたとき、ふと季節限定のデコレーションケーキが目に入った。

「ちょ、隆也、隆也」
「何だ」
「『桜』だって」
「限定モン?」
「うん。周りは桜風味のソースが塗ってあって、中身がレアチーズだってよ!これにしよ」
「意見変わるの早いなお前」
「だって限定物だし、上に生クリーム乗ってるし苺も乗ってるし、限定物だし」
「ったく…何でも『限定』って付いてりゃホイホイ釣られやがって」
「でも美味しそうでしょ」
「まぁなー」
「じゃ、決まりね。すみません、この『桜』一つお願いします」

仄かにピンク色をしたそのデコレーションケーキを指差すと、可愛らしい店員さんがニコリと対応してくれた。

「こちらはお誕生日用ですか?」
「はい」
「メッセージプレートは付けられますか?」
「あ、お願いします」
「では、こちらにメッセージの方お願いします」

はい、と渡された紙に、私は『お姉ちゃん』と書きかけて、一瞬手を止めた。そしてすぐにそれを消し、『Happybirthday琴乃』と書き直す。それを店員さんに渡すと、「少々お待ち下さい」とニコリと笑って奥へと引っ込み、代わりに別の店員さんが出てきた。

「お持ち帰りのお時間は、三十分以内でしょうか?」
「えっと…もうどこも寄る所ない?」

隆也の方をチラリと見ると、彼は少し考える素振りを見せ、一回だけ縦に頷いた。

「はい、三十分以内です」
「わかりました。では、先にお会計よろしいでしょうか」
「はい」
「3150円になります」

値段を聞き、隆也が財布をごそごそし始めた。そして少しだけ眉を顰めると、私に視線だけを向けた。

「わり、二十円持ってっか。それでちょうどなんだけど」
「ん、持ってる」

全部払うと言っておきながら、二十円貰うと言うのが彼なりに申し訳なかったのだろうが、私からしてみれば3130円も払ってくれるのだから逆に申し訳ない。だから会計が済んだ後、せめて千円でも、と渡したのだが、結局断られてしまった。




「お待たせいたしました」

初めに対応してくれた店員さんが、プレートの乗ったケーキを持ってきた。そのプレートには何とも可愛らしい字で『Happybirthday琴乃!』と書かれている。ご丁寧に「!」まで付けてくれたようだ。私はお礼を言い、そのケーキを受け取った。

「お気をつけてお持ち帰りください」

そう言われ、少しだけ手に緊張が走る。食べる前に崩れてしまったら元も子もない為、心底徒歩で来たことを嬉しく思った。自転車だったら、箱の中身がどうなるか想像もしたくない。

「…喜んでくれるといいな」
「お前が選んだんだし、問題ねーだろ」
「隆也も、ありがとね」
「ん?何が」
「色々」
「俺は別に何もしてねーよ」
「…いい男だね、君!」
「はぁ?何だ急に」
「や、別に?」

ニヤリと笑みを作れば、頬をギュッと摘まれた。

「いひゃい」
「早く帰るぞ」
「ひゃ、はなひて…っ」(じゃ、離して)
「何て?」
「はなひぇってば」(離せってば)
「くくっ、おもしれー奴」

どうやらツボにはまったようで、隆也は私の頬から手を離しても尚、暫く笑い続けていた。だから私はお返しとばかりに、彼の髪を引っ張ってやった。



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