▼相思
阿部の後輩設定
十二月も半ばに差し掛かり、いよいよ本格的な寒さがやってきた。こんな時期は出来ることなら一歩も外に出たくはない。が、冬休みまではあと数日。私はギリギリまで布団にくるまって、寒い空気に触れる時間を少しでも短くしようと、日々戦っていた。
「うう…さむ…」
そんなことをしているからいつも家を出るのが遅くなるんだ、と先輩にも言われたが、寒いんだから仕方ない。
冷たい空気に体を震わせながら、今日も私は先輩との待ち合わせ場所に急いだ。
「…遅い」
「だって寒い…」
待ち合わせ場所についてそうそう、いつもの言葉を浴びせられた。
「でもちゃんと走ってきたんですよ?」
「もちっと早く布団から出りゃあ走らなくても済むだろうが」
「寒いの苦手なんですってば」
カーディガンのポケットに手を突っ込み、体を縮こませながら足を進める。
「お前…マフラーは?」
「急いでて忘れました」
「はぁー…バカだろ」
そう言って先輩はため息をつくなり、自分の首からマフラーを取って私に巻きつけた。まだ先輩の熱が残っていてとても暖かい。
「先輩ってば紳士」
「有り難く思えよ。俺の熱まで分けてやったんだから」
「はーい。……ふふ、先輩の匂いがする」
「おま…変態チックだな…」
首もとに伝わる熱を、改めて実感するかのように私はマフラーに手を添えた。
「…にしてもホント最近寒くなったな」
「明日雪降るみたいですよ」
「うわ、勘弁してくれよ」
眉を顰め、あからさまに嫌そうな顔をする先輩。私も同意見だ。雪なんて寒いだけで良いことなどないと思っている。まぁ、積もりでもしたなら少しはテンションが上がらないこともないが、あまり雪は好きではない。
「…ところでお前…素足か?」
学校へ向かう足は止めずに、先輩は私の足を眺めた。
「やだな、靴下履いてますよ」
「いやそうじゃねぇよ。タイツは、って聞いてんだ」
「私タイツあんまり好きじゃないんですよね」
「…お前勇者だな。俺には考えられねー」
「や、私だって寒いですよ。だけどこう…いざ履こうとすると面倒さが勝っちゃって」
「あんまり体冷やすなよ?おめーも一応女なんだから」
「一応ってなんですか一応って。でも…そうですね、明日からニーハイでも履いてきます。それならまだ楽ですから」
「それはダメ」
快く了解が得られるかと思いきや、即座にダメ出しを食らってしまった。先輩の表情が、いつになく真剣なような気がするのは気のせいだろうか。
「せ、先輩…?」
「いーからタイツ履いてこい」
「えー…ニーハイ楽なのに。トイレとかも」
「ダーメーだ」
どうしてこんなに頑なに断るのか。不思議に思い、悩んだ末一つの答えを導き出した。
「…………あ、ひょっとしてムラムラしちゃうとかですか?」
「バカか」
「痛いっ!」
頭を殴られてしまったが、この反応からして少なからず当たってはいるみたいだ。
「他の奴に見せたくねぇだけだよ」
「先輩てば…可愛いですね…」
「あのなぁ…」
「じゃあ可愛い先輩に免じて明日から頑張ってタイツ履いてきます」
「…おお」
小さく笑みを零したら、今度は叩いた手で頭を撫でられた。
小さいことではあるけれども、日々こうして先輩の優しさを感じることができて、私は幸せ者だと思う。
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