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「それじゃあ、遠慮なくいただきます」
名前は貰った二つのパンを目の前に置き、拝むようにして手を合わせた。そしてひとまず阿部から貰った方に手をつけたのだが、ふと、花井の視線を感じて動きを止めた。
「…どうしたの?」
「あ、いや…俺だけ何もしてねーから…俺のも何かいるか?」
「ふふ、ありがとう。でも私そんなに食べられないから気にしないで、花井君」
「そ、そうか」
「うん、ありがとう」
花井は少し手持ち無沙汰な様子ではあったが、おとなしく食事を再開させた。
「…そういえばさ、花井君ピアノ弾けるんだね」
食事の途中で、名前が花井を見ながら目を輝かせた。
「ん?あ、まぁ…な」
「そうそう!俺もびっくりしたもん!」
「そんなに珍しいか?」
「や、だって花井だよ?」
「どういう意味だよ」
「何か…不器用そうじゃん、花井って」
「うるせー水谷」
「酷いっ!」
途中で割り込んだ水谷は、呆気なく言葉によって沈められた。それを見て名前は小さく笑みを零す。
「ふふ、でもホント凄かったよ。私なんかより全然弾けてる」
「いや…そこまでは…」
「いやいや…私ホントに弾けないもん」
「この間弾いてたのは?」
「あー…あれぐらいだったら弾けるんだけどね。ちょっと高度になると無理だなぁ」
「でもいいじゃん、名字歌上手いし!」
早々に復活した水谷が再び会話に参加する。
「そう?」
「うん、てゆーか声がかわいい」
「あはは、ありがと」
「つーかお前ら何の話してんの?」
今まで会話に参加してこなかった阿部が、控え目に尋ねた。
「選択授業だよ」
「ああ、お前ら音楽だっけ」
「隆也は…習字だったよね」
「おう」
「どんな感じ?」
「どんな感じっつってもなぁ……あ、沖が滅茶苦茶うめーよ。前張り出されてた」
そう言い、お弁当をかき込む。花井達も大方食べてしまったようで、次に食べる物を袋をゴソゴソしながら物色していた。
「…沖ってさ、意外に色々出来るよな」
「そうそう、合宿の時に平泳ぎで前学校代表になったって言ってたもんね」
花井と名前が以前沖から聞いたことを知らない他二人は、物珍しそうな視線を向けた。
「へぇーすげーじゃん。名前、沖に教えて貰えば?」
「いや…もう…いいかなって…ね」
今更教えて貰ったところで覚えられる気がしない。名前は苦笑いで返した。
「えーっ、名字平泳ぎ出来ないの?」
「おう、マジでひでーぞ。前に進んだ試しねーもん」
「ちょっと…!」
「意外だなー、何か名字って何でも出来るイメージ」
「や、私そんな完璧な人間じゃないんだからね?」
顔の前で両手を振って、困ったように眉を顰めた。
前にも同じような事を言われたが、全くもって誤解であり、名前にとってこれほどにないプレッシャーだった。名前にだって出来ないことや苦手なものの一つや二つある。人間なんてそんなものだ。
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