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「…隆也、水ある?」
「アクエリならある」
「ちょっと頂戴」
あれからまた別の会話を繰り広げながらパンを食べ進めていた名前は、ふと、水分が欲しくなり阿部に尋ねた。別に買いに行っても良かったのだが、少しばかり面倒くささが勝ってしまった。
「…ほら」
「ありがと」
阿部からペットボトルを受け取り、喉を潤す。
「あーっ、間接キスだー」
「何言ってんだ今更」
水谷が冷やかしで言った言葉は全く効果が無く、阿部は普段と変わらない態度で言葉を返し、机の上に置かれていた食べかけのパンに手を伸ばした。そして二口程パクパクとお腹に入れる。
「あっ、私のパン!」
「ちょっとくれ」
「もー…」
元は阿部の物であったため、強くは言えずに名前は諦めてペットボトルを返却した。
「やっぱり足りなかったんでしょ?」
「まぁ…だけど気にすんな」
「残りも食べる?」
「いや平気だよ。いいから食え」
「うん…」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、名前は食事を済ませた。他のみんなはもうとっくに食べ終わっていたようで、彼女も出来る限りでペースを上げる。
そして名前も食事を終えた頃、阿部と花井は机にうつ伏せになった。
「じゃ、寝るわ。お休み」
「俺もー」
プリントを仕上げなくてはいけない水谷には目もくれずに、二人は眠りの世界へと糾われていった。
「あっ、ちょっと二人して!薄情者ー!!」
あわよくば手伝って貰おうと考えていた水谷は、二人の態度に若干涙目になっている。それを見て名前は苦笑し、仕方がない、と自らの筆箱を取り出した。
「私で良かったら手伝うよ」
「マジで!?ありがとー!」
「しなくていいぞ」
「わっ、」
シャーペンを片手に水谷のプリントを覗き込もうとした途端、急に阿部に引っ張られて机に突っ伏す形となってしまった。起き上がろうとしても手で押さえられているため、それが叶わない。
「んー…隆也ー…」
「何するんだよ阿部ー!」
「諦めろ水谷。んな簡単なプリントすぐ終わるって」
「だって…」
「自分でやらなきゃ意味ねーだろうが」
「う…」
「水谷の負けだな」
「っ、わかったよやるよ!」
最後の花井の言葉に水谷は遂に敗北した。阿部と花井はやれやれ、と念願の眠りにつく。因みに名前を押さえる力は緩んではいない。仕方なく名前も瞼を下ろした。
「…起きねーな……」
「ぐっすりだな…」
「寝顔初めて見たなぁ」
あれから30分後、そろそろ授業が始まろうとしていた時。阿部、花井の順で起きたのだが、名前だけが一向に目を覚まさない。水谷もなんとかプリントを終わらせて、彼女の机の周りに集まった。三人でバラバラに声をかけてみたが名前は未だに夢の中だ。
「授業まであと何分だ?」
「あと五分だな」
花井が携帯で時間を確認する。
「このままにしたらコイツ怒るだろうな…」
苦笑いで名前の頬をつつく阿部。
自分とは違う柔らかい肌。阿部はつい意地悪心に火が付いて、その頬をムニッと引っ張ってみた。
「…プッ…」
なんとも間抜けな顔に、笑みが零れる。他二人は若干オロオロしているが阿部は気にしない。
「ん……」
するとようやく彼女が身じろいだ。阿部はそっと指を離す。
「…あれ…」
普段学校で眠ることがない名前は、いつもと違う状況に頭がついていくまで少々時間がかかった。
「……授業は……?」
「あと四分」
「あー…良かった…」
目を擦りながら阿部達三人を見回した名前は、急にハッとして自分の顔を両手で覆った。
「私の顔に何かしてないでしょうね」
「してねーよ。なぁ、花井」
「お、おお。してねぇ」
「……ならいいけど」
名前はホッと息をついて、体を伸ばした。途端に教室のドアが開き、次の授業の先生が入ってきた。阿部達は各々の席へと戻っていく。名前も鞄から教科書類を取り出した。
そして何事もなく始まる筈だった五時間目の授業。
「名前」
「…ん?」
「顔には何もしてねーけど、寝顔ならみんなでじっくり見たぞ」
「なっ………!?」
名前は恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。
せっかく無事に終われそうだったのに、どうやら今日はもう心中穏やかではいられないようだ。
ありふれた
(日常)