3 | ナノ
準ミハ祭り
03.目が合ったどころじゃない

なんで自分はカフェにいるんだろう。
ここにいるには格好も年齢も随分似つかわしくないと思う。
部活の練習帰りで家にも帰っていないから制服のままだ。
白いブレザーに青いシャツなんてこの辺では三星学園の生徒しかいない。
背丈も男子としてはそんなにある方ではないから、見たまんまの中学生だと判断されてしまうだろう。
まだ補導されるような時間ではないからその心配はないけれど、この背景に溶け込めなくて追い出されそうだ。
可愛らしく着飾った女性がたくさんいて、落ち着いた音楽の流れるゆったりした空間。
一人だったらこんな場違いもいいところな場所に、絶対に来ることはなかった。
でも向かいに座っているサングラスをかけたままのその人に着いていくしかなくて、仕方なくカフェに同席した。
雑誌を買ってもらって「はい、さようなら」と帰れるような図太い性格はしていない。
結局あの雑誌は「あげる」と言い切られてしまって、今は自分の手元にある。
自分の物だとなれば余計に、胸の前で抱き締めて離せなくなっていた。
「やっぱり返してくれ」と言われるんじゃないかって怯えていたのもあるし、適当に置いて折れてしまうのも嫌だった。
もっとも、返せといわれたら金を出していない自分には返す以外に術はないのだけれど。
しかしこの状況において、自分の行動は奇異なものなんじゃないかとも思えてきた。
窓際の一番明るい席を勧められて、差し込んでくるオレンジ色の光を浴びている目の前の人は間違いなく自分の一番遠くにいるはずの人だ。
そしてこの腕の中にある雑誌の紙の中にいるはずの人だ。
今、目の前にいる人を見ている方が雑誌を大事にするより余程有意義なんじゃないだろうか。
でもとてもじゃないけど恐れ多くて目を上げることができない。
さっきから視界の端に手やら首元やらが映るたびに恥ずかしくて仕方ないのだ。
相変わらずサングラスは取らないままだけど、帽子は脱いでしまって黒いサラサラの髪が何度も揺れて夕日を吸い込んでいる。
自分の指の二倍はあるんじゃないかってくらい細長い指が何度も口元をなぞって、その動作でさえ息を飲むほどキレイで。
サングラスをかけていてくれてよかったとさえ思った。
目なんて見てしまったら、合ってしまったら心臓がまともに動いてくれる気がしない。
紙の向こうにいる時でさえ、その目はキレイでずっと見ていたくて雑誌から手が離せなくなってしまうのに。
さっきの一瞬目が見えた時だって、息ができなくなってしまって声だって酷くみっともなく上擦ってしまって変な涙が出そうになってそれを堪えるだけで精いっぱいだった。
夢なんじゃないかってこっそり自分の手の甲を抓ってみたけど、予想外に痛くて驚いた。
最近嫌なことばっかり続いたからきっといいことだってひとつくらいあってもいいだろうって神様が見せてくれた夢だと思ったのに、そうではなかった。
今目の前にいるのは紙の向こうにいる人でも、ネットの中で騒がれている架空の人でもなく、まさに高瀬準太その人なのだ。
先程から頭の中で三十回は繰り返している思考をもう一度繰り返して、少しだけ視線を上げる。
顔半分も見えたところで慌てて目線を下げた。
とても自分なんかが見ていいとは思えなかった。
ルリが自慢げに「こういう雑誌のモデルの肌はCGで加工されてるの!だから実際は荒れまくりなのよ!」と言っていた、あれは嘘だった。
本物の準さんの肌は雑誌の中よりもキレイだ。
絹みたいにきめ細かい肌は手も首も頬もどこをとっても同じだ。
まるで肌と色を合わせたみたいな薄紅の唇とのコントラストの完璧さは、いっそ同じ人間なのかを疑いたかった。

「はい、これ」

「う、えっ」

テーブルの木目を見ていたら、その視界を遮るように色とりどりの食べ物の写真が飛び込んできた。
メニューだ、と気づくけどすぐに財布の中身を思い出した。
雑誌一冊買えないのにこんな高いもの食べられるわけがない。
どれを見ても四桁、最低でも千円。
一番安いケーキセットでも八百円。
飲み物だけでも五百円はした。
こんなに高いものばかり食べているからキレイなのかな、ともう一度視線を上げて盗み見る。
顎に手を当てた爪の先までキレイだ。
手入れを欠かしていないのだろう。
あとで買ってもらった雑誌の指輪のページもゆっくり見たくなった。

「決まった?」

「は、えっ、お」

「なにそれ」

ぷは、と吹き出しながら笑われた。
動いてる。
準さんが、動いてる。
肩を揺らしながら笑っている。
口元はまるで定規で計ったみたいにキレイな形の弧を描いてて、頬に小さくえくぼができてて、それは雑誌の中にいない『高瀬準太』だった。
紙の中で全然動かないみんなの知ってる『準さん』じゃない。
心にじわりじわりと優越感が膨らんでいく。
サングラスを少し浮かせて目尻を拭う準さんは、きっと今この瞬間世界でオレしか知らない。
そう思ったら突然カカッと火がついたみたいに顔が全部熱くなって、もう一度メニューに視線を戻した。
濃厚朝獲れ卵のカルボナーラ、ホウレン草とサーモンのクリームソースフィットチーネ、ミートソースのラザニア、小エビのジェノヴェーゼ、トマトとモッツァレラのマルゲリータ。
呪文のような横文字を見たふりだけして、メニューから顔を浮かせる。

「オ、レ……水、が、い……」

自分の財布の中身を思えば妥当なことを言った。
それと同時に、腹の辺りから情けない音が鳴り響く。
部活は病み上がりを理由に早退させてもらって雑誌一冊のために走り回っていたから、昼食の弁当なんてとっくに消化されていて空腹じゃないわけがなかった。
しかもメニューの中の写真はどれも名前の意味は分からないけど、とても美味しそうで胃を視覚から刺激する。
もちろん真向かいにいる準さんに聞こえていないはずはなくて、それでも聞こえてなければいいと赤くなった顔をそろそろと上げてみた。
準さんは今度こそ引きつけを起こしてしまうんじゃないかって勢いで笑い出した。


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