2 | ナノ
準ミハ祭り
02.どうしてこんなところで?

『すみません、入荷当日に完売でして』

解っていたけどやはりカウンターで改めて云われると喪失感は倍になる。
それも1軒2軒ではなく、もう何軒目か判らない書店やコンビニの店先ではやり切れないため息が何度も出た。
予約は取らないと謳う雑誌だっただけに、2日も出遅れれば限りなく望みは些少で、それでも隣町の大型書店にはありそうな気がして夕暮れの電車を乗り継いで来てみた。
2日の内1日目は高熱と節々の痛みで体の自由が利かず、ようやく動けるようになった2日目は従姉弟のルリに頼んでみたけど地元は既にどの店も完売していると云われたそうだ。
当てが外れた書店を後にして重い足取りで駅に逆戻りの中、小さい商店のガラス越しに雑誌コーナーが見えた。
またポツポツと少しの期待が滲み出す。

「いらっしゃいませ」

年配の女性に柔らかく挨拶されて、つい会釈してしまった。
気恥ずかしさから足早に雑誌コーナーに向かうと目的の雑誌はなさそうに見えた。
何気なく目の前の重なった雑誌を取ってみる。

「あッ…!」

思わず声が出てしまった。
少し端が折れてるものの、もう手に入らないと思ってた雑誌だ。
丸一冊高瀬準太がモデルを務めるその雑誌は人気ブランド5社の合同企画で、珍しく腕時計、指輪などの小物がいくつも特集されている。もちろん全てのモデルを彼がこなし、本人の乗り気の無さから写真集の話も有耶無耶になった今ではここ最近の一番大きな仕事だ。
今後そんな仕事をするかも分からない。
中を適当に開いて見れば、中手骨が綺麗に浮いた手の甲が並び最新モデルの時計が特集されている。
ここで見るのはもったいない気がして、開いたページを閉じた。折れた端を指で伸ばしながら目の前に並ぶ雑誌をひとつひとつ見ても同じ物は見当たらず、どうやらそれが最後の一冊のようだ。

「それ買うの?」

声を掛けられた方を見ると、グレーのキャップ帽を目深に被ってサングラスを掛けた長身の男が手に持った雑誌を指差す。

「…か、いま…す」

この人もこの雑誌探してたのかなと思ったけど、とても譲る気はなかった。
ここで買わなかったらもう手に入らない気がするし、プレミアの付いた値段を中学生の自分が買えるはずも無い。

「オレ、ずっと探してて…この本、ごめんな さ、い」

顔を伏せてレジに向かう、それきり掛けられる言葉の続きはなかったけど振り返るのも怖くて急ぎ足でその場を後にした。
2人の接客を待って店員がバーコードを通す。

「650円です」

「…ぁ」

最悪だ。
電車を乗り継いで逸る気持ちのせいで財布の中身を確認してなかった。
100円、足らなかった。足らないサイフを眺めていてもお金が沸いて出るはずもない。

「すいま、」

「すいません、これも追加で」

横からペットボトルの水を掴んだ長い指が伸びてきて目の前に置かれる。
雑誌コーナーで声を掛けてきたサングラスの男が真後ろに立っていた。

「雑誌だけ袋に入れてください」

頭上で続く艶っぽい低い声に時が止まったような気がした。
我に返る頃には、被さるように背後から出された千円札におつりをもらい、お金を払った当の本人はシールを貼ったペットボトルだけを掴んで店を出ようとする。

「あ、の…ッ」

急いで店を出る男の後ろを追いかければ、ありがとうございましたと店員から掛けられる声を随分遠くに聞いた気がした。
お金を払ってもらったらやはりこの雑誌は彼の物だろうと、雑誌を見つけた時とは真逆の思いで手元を見る。
そそっかしい自分はいつもツイてない。
いろんな意味でいつも要領が悪すぎる。
今日もその延長なのだろうと、吐くため息にどうしようもなく泣きたくなった。

「こ、れ」

袋に入った雑誌を差し出すと相変わらず心地いいトーンのまま聞かれる。

「要らなくなった?」

「ち、がくて…お金が。…で、も」

差し出した雑誌を受け取る様子もなく、ボトルのキャップを捻って口を付ける。
サングラスをしているから視線が自分に向いてるかも判らない。しどろもどろに諦めきれない言葉がジリジリと尾を引く。

「いッ、いつでもいいから貸して、く ださ…っ 」

息が続かなくて最後の一音に足らない分の酸素を吸って吐く。

「い」

「ッ…っ」

最後の一音をようやく吐けば、途端に耐え切れないように飲みかけていた水を吹き出す。

「オレ、おッ おかし…まちがッ」

吹き出すように笑われ続けて、指先の冷たさの代わりの熱が顔に移って集中するように熱くなる。
思わず口を吐いて出たセリフを考えると、見ず知らずの人間から「貸してください」というのはすごくおかしい気がする。
そもそも自分にそんな義理もない。

「ごめん」

肩を小さく揺らして笑い出す彼がサングラスを外して軽く振る。どうやら吹き出した水が掛かったらしい。
目の前で見たまたあの長い指で口元を拭うのを惚けて見ていると、まっすぐこっちを見られて見覚えのある顔に心臓が叩かれる様に跳ねた。

「ああ…ホントごめん、汚いな。かかんなかった?」

「じゅ、さッ」
 
雑誌と同じ顔、あの時見た同じ目。
紙面の向こうに憧れて止まない容姿が目の前にあった。


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