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「み、水…」
酷くかすれた声のその青年はやけにボロボロの身なりで髪はボサボサ…おまけにフォルテュナに向けてゆっくりと伸ばす手は小刻みに震えている。
憔悴しきったその表情は眼が虚ろ、唇は血が出る程に乾ききっており。
「君、大丈夫?」
普段は人間に興味のないドライな精霊でも、気遣いの声を掛けてしまうという有様だった。
(この男は…)
不覚にも人間に不意打ちをされた感が否めない痛い心境のフォルテュナは、直ぐに『人の心を読む』能力でこの男がこの場に来た理由を悟ると。
微かに笑い声を漏らし、白羽扇を悠然と構えていつものペースに戻り…男の口から発せられる次の言葉を冷静に待つ。
「水をくれ…もう何日も飲まず食わずなんだ…嗚呼、麗しい泉の水が俺を呼んでいる…」
「それ、幻聴じゃないの?」
さらりと言い放つフォルテュナ。
棘のある口調もそう、うんざりする程の人間の様々な欲望を知り、いつしか身についてしまったものだ。
本来の自分はどんな自分だったのだろうか、男と会話をしながら頭の片隅でぼんやりとフォルテュナは思う。
…何でも願いの叶う貴重な水を、手に入れる事は難しいのだ。
『自分』という一癖も二癖もある精霊が泉を守っているのだから。
これからだってそう、訪れた人間との対話を通して自分の気紛れで選定していく。
そう、気紛れで。
「…仕方ないね、この柄杓を使って何杯でも好きなだけ飲むと良いよ」
言ってフォルテュナが細い指先を小さく動かした瞬間、銀の柄杓が空中に現れる。
その柄杓がまるで生き物のように空中を動き男の手にぽとり、と落ちると。
「あ…ありがてぇ…じゃあ早速」
言うや否や、足がすっかり萎えてしまった男は泉へ向かって這い、柄杓から掬った水をガブガブと飲み始める。
それをフォルテュナは泉の上で静かに見据え…時折お気に入りの白羽扇をパタパタと揺らしていた。
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