『――あのさ……』
 彼の声を耳にし、我に返る。
 と同時に、消えたのではなかった事を認識し、ほっと胸を撫で下ろした。
 そんな私の想いを知ってか知らずか、彼は続けた。
『実は俺……奈菜子にどうしても伝えたい事があったから……』
 彼の言葉に、一瞬、不安が過ぎった。
 そんな事はないと信じたい。
 しかし、言いにくそうにしている声を耳にすると、もう、悪い事しか考えられない。
 突然電話をしてきた事もそうだ。
 ――もう……これで終わり……
 そう思った時だった。
『――ごめんな……』
 柔らかな声が、耳に飛び込んできた。
『今だから言うけど……本当は俺、あの時、お前にも一緒に着いて来てもらいたかった。
 でも、お前はお前の道があるのだろうと思ったから、無理強いも出来なくて……。
 それに、奈菜子は優しくて強いから。俺には相応しくないのではとも考えていた。
 だから、ここ最近はずっと、わざと距離を置いてみた。――こうでもしないと、俺はずっと、お前を忘れられないから……』
 私は耳を疑った。
 まさか、彼も不安を抱えていたとは、思いもよらなかったのだ。
 彼の想いに胸が熱くなる。
 そして、ほんの一瞬でも疑ってしまった自分に嫌悪感を抱いた。
「――ごめんなさい……」
 気が付くと口にしていた。
 だが、これ以上は何も言えなかった。
 ただ、出てくるのは嗚咽のみだった。
『奈菜子……』
 電話越しに、私の名を呼ぶ優しい声が聴こえてきた。
『頼むから、泣き止んでくれないか……?
 これ以上、不安にさせないと誓うから……』
 彼の言葉に、涙が更に溢れ出てくる。
 哀しいのではない。
 嬉しいからこそ、涙が止まらなかった。


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