しばらく泣くと、私もようやく落ち着きを取り戻した。
 慎也はあれから帰って来る気配はない。
 一体、どこまで行ってしまったのだろうか。
 もしかしたら、このまま戻って来ないのだろうか。
 そんな事を考えながら、私はふと、テレビの上に置かれた写真立てに目を遣った。
 そこには、悩みなんてものには無縁そうな私と慎也が写っている。
 憎たらしくなるほど最高の笑顔で、気落ちしている私にVサインを見せ付ける。
「――もう……、無理なのかな……?」
 写真の中の二人に私は問いかける。
 でも、答えなど返ってくるはずもなく、先ほどと変わらず笑い続けていた。
「――確か、あの公園でプロポーズされた……」
 そこまで言いかけて、私はハッとした。
 私達が一緒になろうと決めた場所。
 もしかしたら、慎也はそこにいるのではないだろうか。
 私はそう思い、外へ出る準備を始めた。
 行ってどうするのかは自分でも分からない。
 それ以前に、慎也がいるという確信もない。
 それでも、私は行かなければと思った。

 公園に着いた。
 私は中に入ると、辺りをグルリと見回した。
 すると、その一角に慎也の姿があった。
 慎也は両腕を投げ出すような姿勢で、物憂げに空を仰いでいる。
 どうやら、私が来た事には全く気付いていないようだ。
 私はゆっくりと慎也に近付く。
 一歩、また一歩と踏み出し、慎也の前へと辿り着いた。
 そこでやっと、慎也は私の存在に気付いた。
「――慎也」
 慎也を見下ろした格好で、私は言った。
「私、慎也と結婚するのが嫌だなんて思ってないよ……」
「だったらどうし……」
「いいから最後まで聞いて」
 慎也が喋りかけたが、私は自分の声で遮った。
「――ただ……、不安だったの……。今はどんなに幸せでも、この幸せは長続きする事はないんじゃないか、って。今は慎也は私に優しくしてくれるけど、いつか、私が嫌いになってしまうかも知れない……。そう思ったら……」
 私はそこまで言うと、「ごめんなさい……」と頭を下げた。
 同時に、とっくに涸れたはずの涙が、再び瞳から溢れ出てきた。
「――そっか……」
 慎也は立ち上がった。
 そして、嗚咽を漏らし続ける私を、そっと包み込んだ。
「俺もごめんな」
 私の耳元で、慎也が囁く。
「葉月の辛い想い、ちっとも分かってやれなかった。そうだよな。葉月は俺と違って、今まで育ててくれた両親と〈家族〉ではなくなってしまうんだから。
 俺ももう少し、葉月を気遣うべきだった。それなのに……、俺はお前を知らず知らずのうちに追い詰めて、傷付けてしまっていた……」
 慎也の胸に顔を埋めながら、私は「違うよ」と首を振った。
「慎也はちゃんと、私を大切にしてくれてたよ。――私が、慎也の真摯な想いに応えられなかっただけ……。
 もっと、大人にならなきゃいけなかったのに……」
「――背伸びする必要ないのに」
 慎也から、クツクツと忍び笑いが聴こえてきた。
「俺は葉月に甘えてもらった方がよっぽど嬉しいんだけどな。それに、ちょっと間の抜けている方が葉月らしい。――しっかり者の葉月なんて……、どうも想像しづらい」
 『ちょっと間の抜けている』という台詞は少々引っかかったものの、それでも、ありのままを私を受け入れようとしてくれている慎也の気持ちは何よりも嬉しかった。
 もう、不安だなんて想わない。
 これからも慎也を信じ続ける。
「葉月」
 慎也は私の名を口にすると、わずかに身体を離し、私の顎に手を添えて顔を仰向かせた。
 私はゆっくりと瞼を閉じる。
 慎也の熱が、少しずつ近付いているのを感じた。
 そのうち、私の唇に慎也のそれが重ねられた。


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