それからも、私達は結婚式に向けて事務的に作業を進めていた。
 心の中のわだかまりは未だに消えない。
 それは慎也も同じらしく、表面上では明るく振る舞っていても、時折フッと表情を曇らせる。
 そのたびに、あの時に言い放ってしまった言葉に対する罪悪感を覚えるが、かと言って、謝る事も出来ずにいた。
 ――こんな気持ちのままで当日を迎えて大丈夫なの……?
 私はもう一人の自分に問い質す。
 だが、答えは全く出てこない。
 どうしたら、晴れ晴れとした気持ちに戻れるのか。
 そう思っていた時だった。
「葉月(はづき)」
 黙々と招待状を纏めていた慎也が私の名を呼んだ。
 私は作業していた手を休め、顔を上げて慎也を見る。
 慎也は私と視線が合うと、「ちょっと訊くけど」と躊躇いがちに口を開いた。
「葉月は、俺の何が不満だと思ってるんだ?」
「え……?」
 私は短く言葉を発し、そのまま口を真一文字に結んだ。
 慎也には不満はない。
 そう告げたかったが、何故か言葉が出てこない。
 そんな私に、慎也は真っ直ぐに視線を注いでくる。
 私から真実を聞き出したいと訴える瞳。
 それがありありと伝わってくるから余計に怖い。
 私は堪らなくなり、わざと視線を逸らした。
 やがて、慎也から大きな溜め息が聴こえてきた。
「そんなに、俺と一緒になるのが嫌なわけ? プロポーズした時は嬉しそうに返事をしてくれたから、俺も大いに期待したんだけど……。けど、いきなり『結婚したくない!』だもんなあ……」
 私はわずかに首をもたげて、慎也を上目遣いで見つめる。
 慎也はあらぬ方向に視線を向けていた。
 短く整えられた黒髪を無造作に掻き上げると、ゆったりとした口調で続けた。
「俺はさ、葉月に無理強いするつもりなんて毛頭なかった。もちろん、結婚出来たらこれ以上に嬉しい事なんてないと思ってるけど。
 でも、肝心の葉月が嫌がってるようじゃ、こっちもどうしていいのやら……」
 慎也はそこまで言うと、再び私に視線を移した。
「――結婚、取り止めにする?」
 予想外の言葉が飛んだ。
 私は目を見開き、弾かれるように顔を上げた。
「――どう……、して……?」
 そう紡がれた口は、小さく震えていた。
「『どうして』? そんなのこっちが訊きたいくらいだよ」
 慎也は、心底呆れた、と言わんばかりに顔を顰めた。
「大体何なんだ? 結婚が嫌だと言うから、こっちが止めようかと提案した途端、態度をコロッと変えて……。
 俺だって、いつまでも葉月の気紛れに付き合ってられるほどお人好しじゃない」
 慎也はその場から立ち上がった。
「少し出て来る」
 そう言い残し、台所を経由して出て行ってしまった。
 独り取り残された私は、一点を見つめたまま固まっていた。
 何が起こったのか理解出来ず、暫し頭の中を整理する。
「――何で……、こんな事に……」
 次第に、瞳に熱い物が込み上げてきた。
 鼻の奥がツンと痛み、涙がゆっくりと零れ落ちた。
「……っ……ううっ……」
 胸は苦しさを増していた。
 我が儘な自分を嫌悪してか、それとも、慎也に見切られてしまったかも知れないというショックが大きかったからなのか。
 もう、頭で考える余裕はなかった。
 ただ、ひたすら泣き続ける事が精一杯だった。


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