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「アーロン!
気が付いたのね!!」
ぼんやりとした視界に飛び込んで来たのは恋焦がれたオルガではなく、涙でぐしゃぐしゃになったバーバラの顔だった。
僕は全身に走る痛みで、死ななかったことを知り、その無念さに熱い涙が込み上げた。
「なぜ……なぜ、死なせてくれなかったんだ……」
かすれた声でそう言うのが僕には精一杯で…
やはり、僕は最後の最後まで不幸な人間なのだと思い知らされた。
「おじちゃん!」
不意に投げ掛けられた甲高い子供の声。
ゆっくりと声の方に顔を向けると、そこには修道服を着た女性と小さな男の子が立っていた。
(そうか…この子があの時の…)
子供の透き通るような肌と青く澄んだ瞳は、どこか、オルガを思い出させるものだった。
「アーロンさん、この度はこの子を助けていただき、本当にありがとうございました。
あなたが助けて下さらなかったら、この子は……
さぁ、トーマス、もう一度アーロンさんにお礼を言うのですよ。」
(トーマス……?)
「おじちゃん、助けていただいて本当にどうもありがとうございました!
……まだ、頭痛いの?」
子供の小さな手の平が、僕の頬の涙を拭う。
この子は、トーマス…
オルガが男の子が生まれたら付けたいと言っていた名前…
ただの偶然…
ありふれた名前だから、たまたまそういう子に出会っても不思議はない。
そう思う反面、僕は彼の名前を聞いた途端に胸が震えるのを感じていた。
まるで…オルガに引き会わされたような…そんな気がして……
「アーロン…あなたは二日間眠っていたのですよ。
その間、シスターとトーマスはずっとここにいて下すったのよ。」
バーバラはそう言って涙を拭った。
「おじちゃん、本当にごめんね。
僕のせいでこんなことになっちゃって…
僕のせいだから…おじちゃんが早く治るように、僕、シスターと一緒にずっと神様にお祈りしてたんだ。」
トーマスの長い睫毛が影を落とし、小さな手がそっと僕の手を握った。
どうしたことか、その手の温もりが僕の心に何かを伝えて来るのを感じた。
何かはわからない…けれど、それはとても温かいもので…
「トーマス、君のせいなんかじゃないんだよ。
そんな風に考えなくて良いんだ。」
トーマスは、そう言った僕のを顔をじっとみつめる。
青く澄んだ美しい瞳は、その年には不似合いな程、寂しさを感じさせるもので…
(そうだ…これは不幸な人間の瞳だ。
どんなに微笑んでいても、隠し切れない寂しさや心細さを隠した瞳なんだ…)
僕は、その時になってようやくトーマスが親ではなくシスターと一緒であることへの違和感に気付いた。
(もしや、この子も…)
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