彼女の母親の家からさほど遠くない所に、僕達は新居を構えた。
それほど大きくはない…新しくもないけれど、日当たりが良く庭がけっこう広いことを彼女はとても気に入ってくれた。
身体の弱い彼女には出来るだけ無理をさせたくないと考え、僕は彼女には仕事をやめさせた。
引っ越したことを機に、僕は職場も変えた。
彼女や彼女の母親を守るという目的意識が芽生えたせいなのか、僕は今までただ生活費を稼ぐためだけのものだと考えていた仕事にも、自然と身が入るようになった。
頑張ればそれなりの成果が出ることを僕は今更にして知った。
成果が出れば、それが励みとなりやる気が出て来る。
働くことがこんなに楽しいことだったんだと、僕の心は高鳴った。
僕は、仕事の場でも高い評価を受けるようになり、気が付けば責任のあるポストに就くようになっていた。
それに伴ないサラリーも上がり、僕達の暮らしにもゆとりが出来てきた。

振り返ってみれば、彼女と知り合ってから、なにもかもが良い方向に動き出し、僕の心に深く根付いていた自分が不幸な人間だという意識も薄らいでいることに気が付いた。
今の僕は、ちょっとした贅沢も出来る程度に裕福になった。
そんなことよりも、家に戻ればオルガが優しく出迎えてくれるだけで、僕の心は満たされていた。
彼女の母親との関係もうまくいっていたし、愛する人や守るべき人がいるということは、負担や不安を募らせるものではなく、むしろその逆だということを僕を知った。
今の僕には不満に感じることもなければ悩みもない。
強いてい言うなら、三年経っても子供が出来ないことだけだが、そのことは最初から諦めていた。
おそらく子供は出来ないだろうと医師からは言われていたし、彼女の体力を考えれば、出産時になにかあっても困るから、出来ない方が良いとさえ考えていた。
もしも、オルガが子供を欲しがったら、養子をもらえば良い。
彼女も養女として育ったのだから、おそらく反対はしないだろう。



「アーロン…私ね、もしも男の子が出来たら、トーマスって名前にしたいの。」

「トーマス…良いけど、平凡な名前だね。」

「……父さんの名前なの…」

「あ……そうか。
……じゃあ、男の子が出来たら、トーマスにしよう。
うん、親しみやすくて良い名前だ。
もしも、女の子だったら僕が決めて良いかい?」

「ええ、良いわよ。
何かつけたい名前があるの?」

「いや…今はまだないよ。」



オルガもまさか本気で子供を産みたいと思っているのではないとは思うのだけど、彼女は度々子供のことを話題にした。
もしかしたら、近所の人に何か言われているのかもしれない。

僕はそのうちにもう少し大きな家に引っ越そうと考えていた。
収入も安定して来たことだし、引っ越したら養子のことを真剣に切り出してみよう。



そんなある日のことだった。




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