hope

 俺は友人の未来を奪った。

 だから俺は友人の夢だった演劇を代わりにしようと思った。結局、あいつの夢は俺の夢に成り代わってしまったけれど、それでも良いと思わせてくれた仲間達がいた。
 そのおかげで、俺は楽しく今を過ごしている。

 そして、もう一つ。俺の気がかりな事があった。

 あいつがずっと好きだった女の子。告白出来ずに一生を終えてしまった彼の代わりに、伝えて良いかどうか監督に相談してみた。

「今更言った所で、彼女が傷付くだけだと思っていたんだが……それでも、」
「『そうであった事実』を知って欲しいんだよね」
「……ああ」

 さらりと茶色い髪を揺らし、俺の気持ちに沿ってくれる監督。正直、最近俺は彼女に甘え過ぎている気がして、申し訳ないと思う。
 彼女は俺が頷くと、座っていたソファからすくっと立ち上がった。

「よし、行こう!臣君!」
「監督……」

 手を差し伸べながら笑う監督は、さすが不良やヤクザがいる秋組を纏めあげるだけある逞しさがあった。
 20人もの劇団員を率いる彼女の包容力はすごいと、改めて関心させられた。


***


 彼女の家を訪ねる。
 この何年間全く会えなかったので、てっきりどこかに引っ越しているのかと思っていたが、ちゃんとそこにずっと住んでいたらしい。……考えてみれば、俺の方が彼女の家を遠ざけていた気がする。
 幸運な事に、彼女は家にいた。俺の顔を見た瞬間、泣きそうになってしまったので、俺はつい目を伏せてしまう。

「私、満開カンパニーの監督をしてます、立花いづみといいます」
「監督、さん……?」

 俺と監督を交互に見ながら不思議そうな顔をする。そりゃそうだな、いきなり劇団の監督が出てきたら混乱する。
 けれど、あいつが演劇を馬鹿みたいに好きだった事を思い出したのか、彼女は全てを悟ったようだった。監督が話を聞いて欲しいと言うと、黙って頷いて家の中に通してくれた。

 彼女の見た目は黒髪で長い髪をしているので、とても純和風という雰囲気なのだが、家の中は洋風というのがなんとも似つかわしくなかった。

「今更なんだけど、私帰った方が良いよね……?」

 急に不安そうな顔をしてこちらを見上げるので、いや、いてくれ。と首を振った。
 監督と俺が話しているとき、ふと彼女の視線が気になった。顔を上げてみるが、ぱっと顔を逸らされてしまった。……やはり、彼女は俺の事を恨んでいるのだろうか。

「それで、どんな話なのでしょう……」

 ソファに腰掛けると、テーブルを挟んだ向こうの彼女が話を切り出した。

「なまえ」

 名前を呼ぶと、びくりとあからさまに彼女の肩が震える。
 恐い、のかな、やっぱり。俺と、あいつが『ヴォルフ』として暴れ回っていた時は、優しく見守ってくれて、時にはボロボロになった俺達を叱ってくれた。
 そんな優しい彼女に恐がられてしまったと思うと、胸がじくじくと痛む。

「……ごめん、本当に、ごめん……」

 ズボンをくしゃりと握り締めて、下を向く。何が、と口にしなかったけれど、なまえは分かったと思う。彼女は何かと鋭い人だったから。

「顔を上げてください、臣さん」

 何年経っても、ちっとも変わらない優しい口調に、涙が出そうになる。でも、その優しさにくれぐれも甘えてはいけないと、首を振った。

「でも俺っ……那智を……助けられなかっ」
「臣さんっ!!!!」

 初めて聞く彼女の怒声に、思わず顔を反射的に上げると、俺は一瞬の内に彼女の匂いに包まれていた。
 柔らかい肌の感触に、やっと自分がなまえに抱き締められているのだと気付く。彼女は、微かに震えていた。

「臣さんは悪くない……っ、悪くない、から……」
「なまえ……」
「私、臣さんが優しいの、知ってますから……誰よりも、心に傷を負ったって……知って、ますから……」

 俺の肩が濡れる。彼女が、泣いている。
 どうしたら彼女の涙を止められるだろうかと考えて、無意識に彼女を抱き締め返していた。

 鼓動が、こんな時に忙しなく鳴る。

「……あいつは、なまえの事が好きだったんだ」

 考えるよりも先に、言葉が出てくる。我ながらいきなり何を言い出すのかとも思ったけれど、止まらなかった。

「俺は、なまえがあいつと結ばれたら嫌だ、なんて少しでも思ったから……だからこれは罰なんだ」

 だから、俺はなまえと会う事を避けた。会う資格が無いと思ったから。

 俺も、なまえが『好き』だったんだ。那智もきっとそれに気付いて、告白をしなかった。今、やっと理解した。
 もしかしたら告白していたら、彼は暴走族を辞めて、今頃幸せに暮らしていたかもしれないのに。……俺が、彼の未来を奪った。いや、彼の未来だけなく……彼女にとっての未来も潰した事になるのか。

「臣、さん……っ、私ね……っ」

 抱き締める手に力が籠る。少し痛い位だったけれど、今はこの体温が心地好かった。

「私……っ、貴女が好きなの……っ!!」

 嗚咽混じりに紡がれた言葉は、俺にとって信じられない言葉だった。

「だからっ……私も、あなたと一緒に罰を受けます、からぁっ……」

 縋りつくように、彼女は言った。
 俺まで泣きそうになる。鼻がつんと痛んで、目頭が熱くなる。彼女の前では泣くまいと我慢するけれど、少し目尻が濡れてしまった。

「……なまえ……、好きだ……」
「わ、たしも好きです……っ」

 俺は少し道を違えてしまったのかもしれない。
 けれど、その違えてしまった道の先に君がいてくれるなら、俺はまだ進めるような気がする。
 那智の事は一生忘れないし、思い出しては傷を痛めていくだろうけれど、なまえも一緒に背負ってくれるなら。

 俺は、幸せをまだ望める。



  最後投槍感……。ちなみにこの夢主ちゃんはひた向きに臣が好きな設定。想像してて可愛いと思ってしまった(親バカ)




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