距離を縮めましょう

第02話

今まで一緒に収容されていた囚人達というのは大抵、クロが入ってきた瞬間に嫌悪感の感じられる眼差しで見たと思えば、何も見なかったかのように目線を逸らし、まるでそこには存在しないかのようにぞんざいに扱われたり、女だからという理由で物をぶつけてきたりした。
それは、クロが人見知りで背の高い人や、普通の大人でさえ怖がり、下を向いてばかりだった事もあるし、単純に気性の荒い囚人だったからという事もある。
中には、彼女に性的な暴力を振るおうとした者もいた。別に自分に対して欲情した訳では無く、刑務所内では満足に発散出来ずに色々と溜まっているというのが主な理由だろう(まぁ、結局ヤる前に看守に見つかって男を別の場所に隔離した為、未だにクロは純潔を保っているが)。

その為、特に女の子だからといって特別扱いだなんて有り得なかった。
確かに女の子なんていうのは、囚人としてかなり珍しい。男の受刑者に対して、女はたった8.2%だという。前に何かでそういう統計を見た気がする。
けれど珍しいからこそ、突然現れた時に彼らは受け入れられずに前述したような態度になるのだと思う。

可愛い、なんて言われた事は無かったし、自分でもそんな事は思わなかった。


なのに──




ナンバカ
第02話 距離を縮めましょう





「いやぁ……本当にクロちゃんみたいな可愛い女の子が入ってきて嬉しいよー」

囚人番号11番『ウノ』がそう言いながら微笑みかけてくる。
それがなんだか自分に対して言われている気がしなくて、曖昧に笑う。

「わ、私よりニコさんの方が可愛いと思うよ」

素直に思った事を口に出すと、四人は一斉に疑問符を浮かべた。こちらも釣られて疑問符を浮かべてしまう。
しばらくして、もしやと思ったのかニコが前に出てくる。


「僕、男だよ?」


「……へ?」ぽけっ、と間抜けな顔をする。少しの間理解出来ないのかそのまま静止するクロ。
完全に石化しているクロの脳裏には、どうしてこんなフワフワな髪をしてて、肌が綺麗で目が大きくて元気で可愛いニコが男で、手入れに時間がかかる猫っ毛で、肌はちょっと手を抜くとボロボロのカサカサになり、目はタレ目で根暗で可愛くない自分が女なんだ。神様というのは不公平だ、残酷だ。
神様がいるのなら、是非とも背を伸ばして頂きたいものだ。

「神様なんていない……」
「ええ!? 大丈夫!? なんか急にアンニュイになっちゃったけど!?」
「そんなにニコが男ってのが衝撃だったのか……?」
「クロちゃん……?」
「げ、元気出せ」

がっくりと肩を落として暗いオーラを放つクロに、ウノは狼狽(ウロタ)え、ジューゴは不思議そうにし、ニコはどうすれば良いのか分からずに困った様子で、ロックはクロの肩に手を置いて励ました。

「男でこんなに可愛いだなんて……」

勝てる気がしない……と呟くと、突然ウノががっしりと手を掴んできたので流石にびっくりして体を硬直させる。

「大丈夫。クロちゃん……いや、クロの方が可愛いからさ!!」

久々に間近で人と目を合わせたからか、ウノのその言葉が自分に対して言っているというのがようやく理解出来て、思わず顔を真っ赤にして俯いてしまう。
その様子が予想以上に可愛すぎて、ウノは思わずこのまま押し倒してやろうかと思っていると、ロックから服を掴まれクロから引き離された。

「お前なにちゃっかり呼び捨てしてんだ……ていうか近いぞ」

以外と女の子に対してはウブなロックは、顔を赤らめながら何自分を差し置いて良い雰囲気になろうとしてるんだ、と憤慨したように手の力を込めた。
しかし当の本人のウノはというと、ドヤ顔で幸せそうにニタニタ笑っていた。──殴りたい、この笑顔。

「うー、あんまり私をからかわないでください……」

クロは囚人服の上に着たパーカーのフードの両端を持ちながら被り、恥ずかしさ故に赤くなった顔を必死に隠した。
そんなあざといとも思える行動に、男共は各々の感情でキュンとするのだった。

それにしても、クロは「可愛い」と言われる事が本当に慣れていなくて、自分が言われていると理解した途端に顔が熱を帯び、心臓がバクバクと鳴って止まない。
きっとウノは今まで何人もの女の子と付き合っていて、女の子に対しての扱いが非常に上手いのだろう。だから、自分にもこんなに優しい言葉をかけてくれるのだ。
そう割り切ろうとしても、クロの鼓動は鳴り止まない。自分の周りだけ夏真っ盛りだ。暑い。
しかもそういう時に限って脳裏に松●修造なんて出てくるものだから暑さが留まる事を知らない。──もっと熱くなれよ!!

もう完全に頭の中で松岡●造が「諦めんなよ!!」「もっと熱くなれよ!!」「くよくよすんなよ!!」「今日からお前は富士山だ!!」と叫びながら暴れていた。
おかげで、クロはエンスト状態だった。

「な、なんかクロちゃんから煙が出てるよ?」
「それに目も回ってるような……」
「おい、ウノ。お前のせいじゃないのか?」
「俺!? ………俺ってば罪深い『イケメン』だからな」
『いや、違うだろ』
「即答!?」

自慢の髪を掻き上げながらドヤ顔すると、三人から一斉に全否定され、ウノはショックを受けたように涙目になる。
ツッコミのテンポの良さといい、その時のウノの表情のコミカルさといい、思わずクスリと笑ってしまう。

その瞬間に、四人がバッとクロの方を向く。
口元が緩んだまま四人の視線に体を跳ね上がらせる。もしや笑ってしまった事を不快に思ってしまったのでは無いかと心配して冷や汗をかく。

「ご、ごめんなさ──」
「クロ……ごめん」
「は、い?」

謝ろうとしたのはこちらなのに、突然ウノが真顔で謝ってきてどうすれば良いのか分からず目を白黒させる。



「いやさ、今まで散々可愛いって言ってきたけどさ、笑った顔はもっと可愛かった」



さらりと息をするかの如く自然に言われ、クロの心臓はドクンと大きく高鳴った。
恥ずかしさもあるけれど、笑った事を不快に思われなかった事の驚愕が大きかった。

囚人になった後も、そして囚人になる前でさえも、クロは笑う事を許されていなかった。それはクロの中では常識になってしまっていて、ずっと顔を強ばらせていた。
ところが、この13舎13房という空間は不思議な物で、顔を強ばらせているつもりが、いつの間にか緩くなってしまう。すごく、優しい空間だった。

不思議な感覚に戸惑っていると、唐突に何かが自分にのしかかってくる。ふわふわな髪の毛が顔を掠(カス)め、くすぐったくて身を軽く捩(ヨジ)る。
その何かというのは、ふわふわな髪の毛で想像出来た通り、ニコである。

「僕もっとクロちゃんの笑った顔見たいなー!」

無邪気な笑顔を見せながらそう言うニコ。

「ニコ!! 美味しい所持ってくなよー!!」
「十分美味しい思いしただろ、ウノは」

俺は全く何も言えてないんだと不満たらたらな様子でロックがウノの肩を叩く。その隣でジューゴも「ざまぁ」と言ってからかっていた。

──何笑ってるの? 汚らわしい……

過去に言われた言葉がふと蘇(ヨミガエ)る。
蔑(サゲス)んだ声と死んだ魚のような眼。思い出しただけで反吐(ヘド)が出る。

そんな過去とは違うこの空間に心が和まされる。
この気持ち、どこかで感じた事があった気がする。……嗚呼、そうか。大好きな、あの甘いショコラを食べた時の感覚と似ている。
ふわふわと気持ちが宙に浮き、これが幸せなんだと実感する瞬間。

(私、今幸せなんだなぁ……)

楽しそうに笑いあう四人を見ながら、クロは優しい笑みを浮かべた。自分もこの四人の輪に入っているのかと思うと凄く心地が良かった。


とても甘いショコラのような
とても甘いショコラのような
(そんな言葉が、)
(私を優しく包む)
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