新しき囚人

第01話

ここは『南波刑務所』。
巨大な壁に囲まれ、最強のセキュリティと最強の警備網を誇る日本最大の刑務所である。
勿論、そんな最大の刑務所に入る位なのだから、囚人達もかなりの強豪だったり、はたまた幾度となく脱獄を繰り返してきたような難解な人物が勢揃いしている。

そして今日も、その難解な囚人がこの南波刑務所に収容される事となった。




ナンバカ
第01話 新しき囚人





刑務所内に、コツコツという足音が響く。床がコンクリートというのもあるが、看守の履いている靴が良い素材で出来ている事が良く分かる。
反して、少し後ろを歩く囚人の足はとても重いけれど、体重が軽いからなのか足音一つ鳴らなかった。

「さっきも言ったが、お前が今日から入るのは13舎13房だ」

今まで靴音しか響かなかった刑務所内廊下で、看守  双六一、通称ハジメのゴツい声が響き渡った。
彼の身長は199cmという超巨大な為、小さな囚人を見下して鋭い目を光らせる。
囚人は、自分と51cmも違うハジメの視線から逃げるように俯きながら首を縦に振った。

「ここに入ってる奴は皆『脱獄囚』だ。こいつらに感化されて脱獄しようとするなよ、絶対

最後の、絶対という言葉に妙に威圧を込めて言われ、囚人はきょとんとしながらも、小さく「……はい」と返事をした。

「俺は双六一(ハジメ)。13舎の主任看守部長だ。この俺の前から逃れようなんて思わない事だな」
「……」

囚人は無言のまま歩き続けた。
先程から妙に脱獄に対して釘を刺してくるのはどうしてなのか。それがよく分からずにただただ真下のコンクリートを見続けた。
13舎13房に入っている人物が、自分と同じ『脱獄囚』だからかも知れない。
もっとも、そういう自分もそれなりに脱獄を繰り返してきた身だからかも知れないが。

目的地である13舎13房の前に来た所で、突然ハジメが溜息を吐いて立ち止まる。
おかげで、丁度顔を上げた囚人はハジメの背中に顔をクリーンヒットさせる。

「ぶふっ」

ハジメの硬い背中に顔をまともにぶつけてしまった。ハジメは筋肉質であり、もちろん背筋すらも鍛えてあって、かなりの硬さである為、ぶつかってしまったこっちが痛い思いをしてしまった。そればかりか、ハジメはちっとも痛くも痒くも無いのか、なんの変わりもない。
それが理不尽に思えて、ジロリとハジメを睨もうと試みるが、自分と51cmも違うハジメがやっぱり怖くてパッと顔を下げた。実に情けない自分である。

「入りたくねぇなぁ……」

ぽつりと零れたハジメの言葉に、囚人は首を傾げる。
一体ハジメは何を嫌がっているのだろう。まさかこんなに大きくて強そうな主任看守部長が、たかが囚人を怖がる訳が無いし。
そんな事を思っていると、ちらりとハジメがこちらの顔を窺(ウカガ)ってくる。
(ん?)なんだろうかと顔を上げると、そこにはどことなく面倒くさそうな、困ったように眉根を寄せるハジメの顔があった。
自分よりも大きい彼が怖いはずなのに、その顔を見たらなんだか不思議と怖さが薄らいだ。

「とっととブチ込んでその場から離れるか……」
「!?」

そんな独り言なのか、わざと聞こえるように言っているのか分からない一言に、囚人は驚愕したようにハジメを見る。

(どういう事!?)

まさか。まさかとは思うが、13舎13房の囚人は、自分が思っているよりも凶暴で、暴れたら手の付けようが無いんではないか。
どんどん妄想は膨らんでいき、囚人の体は恐怖に打ち震え、顔は真っ青になっていった。
いつの間にか怖いと思っていたハジメの傍に隠れるように寄り添っていた。

ハジメが扉の鍵を開け、取っ手に手をかける。それだけで囚人の心臓はバクバクと五月蝿(ウルサ)い位に鳴り響いていた。
そして、ついにキィッ……と音を起てて扉が開かれた。

「オイ、お前ら」

ハジメの影に隠れていたので見えないけれど、パッと囚人達がこちらを向いた気がした。

「新しい奴を連れてき  

言い切る前に、ハジメはドドドドド!!!と押し寄せた囚人達に突き飛ばされた。
あのガタイのいいハジメが突き飛ばされた……?
理解するや否や囚人の背中には冷たい汗が滴っていた。

『ホントに女の子だ!!』

口を揃えて色鮮やかな囚人達が言った。

「キミ可愛いね! 好きなタイプは!?」
「名前はなんて言うんだ?」
「もしかして日本人!?」

11という文字が付いた帽子を被っている金髪三つ編みを筆頭に、赤紫の髪をしたガタイのいい男、黄緑色の髪を長く伸ばした包帯だらけのパッと見女の子の三人が少女の周りに集う。
しかし、すっかり恐怖でいっぱいになってしまった彼女は、ハジメにSOSをしようと先程まで彼がいた場所に目線を送る。
ところが、いつの間に逃げ出していたのか、そこには誰もいなかった。
そういえばさっき 「とっととブチ込んでその場から離れるか……」と言っていたのを思い出した。泣きたくなった。

それにしても、ここの人達はどうしてこんなにも大きいんだ。確かに自分は普通にしても小さい方ではあるけれど、それ以上にここの人達はデカかった(ハジメはもう論外だ)。
極度の人見知りな上に、背の大きな人が苦手な少女にとっては、三人が自分の周りに集われるのは恐怖材料でしか無かった。

少女は涙ぐみ、何も言えずに固まっていた。




「おい、お前ら……困ってるだろ」




三人の更に後ろから聞こえてきた声に、ハッとして顔を上げる。
三人もそちらを振り返った事により、今の声の人物が視界に入ってくる。
彼は首と手首に不思議な枷(カセ)をしていた。髪は自分と同じく黒髪だが、モミアゲ部分に赤いメッシュが入っている。

なにより目に入ったのは、彼の瞳だった。
最初見た時は赤い目に見えたのに、ほんの少し彼が動いただけで、それは蒼にも翠にも変わり、とても綺麗だった。
しばらくの間、魅入っていると、彼が優しく微笑んだ。

「俺はジューゴ。よろしくな」

  ジューゴがそう名乗ると、三人はハッと弾かれたように少女の方を向いた。
自分達は彼女に一方的に尋ねるばかりで自分からは何も言っていなかった。

「ごめんな、困らせたみたいで!! 俺はウノ。よろしく!」
「名乗るなら自分からだったな。俺はロックだ、よろしく」
「突然詰め寄ってごめんね……。僕はニコ。よろしくね!」

初めはチャラそうだったウノはニカッという笑顔が無邪気な子供みたいで、ヤンキーみたいに見えたロックは優しそうで、ニコは強引かと思えば控えめで明るくて。少女は、安心して息を吐いた。

「わ、私は新しく入った囚人番号96番のクロです。よ……よろしく、おねがいします……!」

少女  クロがそう縮こまって言うと、四人はきょとんとしたような顔をする。

「そんな畏(カシコ)まんなくていいって」

ジューゴが可笑(オカ)しそうに言えば、ウノも笑って「そうそう! 俺達の事は仲間だと思ってくれていいからさ!」と気さくに話しかけてくれる。
他の二人もニコニコ笑いながら、こくこくと首を振った。
それが本当にクロにとって嬉しくて、顔を真っ赤にして俯いた。突然俯いたから心配したのか、四人が顔を覗き込もうとする。
しかし、その前にクロは勢い良く顔を上げた。


「うん……! よろしくね、みんな……!」


その顔は少し涙ぐんでいたが、彼女なりの精一杯の笑顔があり、四人は彼女に対して笑顔を返した。



世界に色がついた日
(それはとても色鮮やかで)


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