副看守現る!!

第10話


ナンバカ
第10話 副看守現る!!



ガシッ、と細い指と逞しい指が力強く組まれ、お互いにお互いを押し合う。

「ムショ暮らしで鈍ってるかと思ったがやっぱり腕は落ちてねぇなぁ!ロック!」
「ったりめーだ!指相撲で勝ったくらいで調子に乗んなよ!力じゃ俺の方が圧倒的に上だぞ!」

ロックとジューゴが力比べをしていた。
体型的にも筋力的にもロックが明らかに優勢だが、それでもジューゴは負けずに踏ん張っている。

ギャラリーであるウノはノリノリで「やれやれー」と言っているし、ニコは「おおー」と感嘆の声をあげていた。
こういうのを怖がりそうなクロはといえば、

「怪我しないでねー」

と楽しそうに応援していた。
それはきちんと遊びだと理解しているからだろう。

「やめたまえ、諸君!!」

突然、ビシッと手袋に包まれた手が鉄格子から飛び出す。
あまりにも唐突で、五人は驚いたようにそちらを向き、 エクスクラメーションマーク(!)を頭に浮かべた。

かと思えば、突然バァン!!という騒音を響かせ、誰かが入ってきた。

「牢獄での乱闘は断じて禁ずる!!」

その入って来た人物は、看守の格好をしているが、ハジメではなかった。

『だ……誰?』

今度は一斉に目を点にして、クエスチョンマーク(?)を頭に浮かべた。
「え?みんなも知らないの?」とクロが言うと、四人は知らないという風に首を振った。
てっきり新入りの自分だけが知らないのかと思っていた。

「私は本日双六主任の代わりにこの度副主任看守としてこの場を任された、
 五代大和(ごだいやまと)であります!!」

The☆日本というような風貌だった。
それはどんな風貌かと言えば、看守帽に日の丸印のハチマキを巻き、黒髪はきちんと切り揃えられていて、性格の真面目さが伺えた。
日本は日本でも、昭和や大正の日本という感じだが。

「ハジメちゃんは?今日いないの?」
「先輩は本日発熱で寝込んでおります!!」

あの超人ゴリラも病気には負けるのか……と、密やかに五人が失礼な事を考える。

「どおりで今日は静かなわけだ」
「ツッコミが不在ってのは話が進まねーもんな〜」
「明らかにこの人ボケだよね……」
「それよりも君達!!舎房での乱闘など即刻やめるんだ!!」
「別に乱闘じゃなくてただの力比べだっつの。しかももうやめてるし」
「早速ボケたね、この人……」

若干暑苦しい上に、微妙にズレているヤマトを、囚人達は苦手そうに顔をしかめた。
囚人はほぼ全員がボケだというのに、看守までボケられたらツッコミ不在のまま話がまとまらない。

「な、なんとよく見たら君達はあの問題囚人とウワサされている者達じゃないか!!」
「知ってて来たんじゃねぇのかよ」
「オイこいつめんどくせえーぞ」
「完全にしらけたな」

あーもー、と囚人達のモチベーションが下がる。

「そうとわかれば話は早い!!本日私が主任に代わって君達の根性を叩き直してあげようじゃないか!!」

謎に興奮したように顔を火照らせ、輝かしい笑顔になるヤマト。
背景には鬱陶しい位に暑いお日様と、荒々しく打ち上がる波。
突然の申し出に、五人は「え」と短く口にし、汗をたらりと流した。嫌な予感しかしない。

「オ、オイ、はなせ!!」
「日本男児たるもの常に努力すべきである!!脱獄などせずにしっかり罪を改め、堂々と外へ出ようじゃないか!!」
「俺は英国人だっつの!!」
「わっ、私は男児じゃないもん!!」
「私は君達に明るくて楽しくまっとうな人生を歩んでもらいたいのだ!!さぁ!私と日本の夜明けを見ようじゃないか!!」
「いだだだだ」
「なんだコイツ、チカラ強!!」

片手に二人、もう片方に三人を持ち上げるという有り得ない位に馬鹿力だった。
その手から逃れる為に、ジタバタと藻掻(モガ)くものの、全く効果なし。足掻くだけ無駄らしい。




……という訳で、

「一・二・三・四!二・二・三・四!五・二・三・四!二・二・三・四!」

ヤマトのハツラツとした声だけが、訓練場のド真ん中に響き渡る。辺りに人っ子一人いないから尚の事だった。

「男の志はまず鍛え抜く事に有り!まずは腕立て千回だ!!ほらほらシャキッとせんか!夜明けはすぐそこだぞ!!」
「まだ昼だっつの!!」
「くっそがあ、なんで俺がこんなこと」
「し、死ぬうううぅぅぅ……」

片手を背中に回し、もう片方の腕で腕立て伏せをさせられる五人(と言っても、クロは片手では無理なので、両手で腕立て伏せをしていた)。
ニコは既に屍と化し、ウノとクロももう少しで同じ末路を辿りそうである。

ギラギラと照り付けるお日様の下で滝のような汗を流す四人が思った事。それはたった一つだった。



『早く帰ってこいよ、ハジメ───!!』



「弱音は吐いてはいけないぞ!声を張って明日を夢見る雄叫びを上げるのだ!!」




∵気紛れ看守は奇術師?∴


「痛てててて……酷い目にあった……」
「本当だよね……」

苦笑いしながら、ウノの腕に湿布を丁寧に貼り付けるクロ。
甲斐甲斐しく皆に湿布を貼ってあげているクロは、ちょっとしたナースさんである。ただし、ロックは体を痛めていない為、してもらっていないが(ものすごく寂しそうにしている)。

結局、あの腕立て伏せで得られたものは(ロック以外)筋肉痛とストレスであった。

しかもあの日だけでは無い。それからはずっとヤマトが13舎を見回っており、事あるごとに訓練をさせられ、筋肉痛が治らずに湿布を体中に貼る始末だ。
ストレスのあまり、ここ最近は全員で脱獄をしては暴れ回ったりしている。

さすがの温厚なニコとクロでさえ暴れ回る位には、五人のストレスメーターは振り切れていた。

ヤマトも元気が良いと言って、止めない。それどころかその時は訓練にも連れ出さないから、一層都合がよかった。

「とりあえず今の時間帯はアイツ(ヤマト)も見回りに来ないし、ゆっくりしてるか」
「だな」

ウノが雑誌を持ってゴロンと寝転がりながら言った言葉に、ジューゴ達も頷いて各々雑誌を手に取り始めた。
今日は何を見ようか。久しぶりにコ●コ●コミックでも読もうか──

「──」

「!」ぴくり、と何かを聞き取ったかのようにクロが扉の方を向く。

「クロ?」
「どうしたの?」

すぐに彼女の変化に気付いたウノとニコが声をかける。

「なんか今……呼ばれたような気がして……気のせいかな?」
「俺はなんも聞こえなかったけど……」
「俺も」

ジューゴとロックが顔を見合わせながらそう言うので、クロはおかしいなと首を傾げた。確かに聞こえたような気がしたのだが。
気のせいかも、と言いながら曖昧に笑い、気にしないように雑誌に集中しようと視線を落とした。

「……ちゃん」
「!!やっぱり気のせいじゃない!」

バッ、と立ち上がり、声のする方──鉄格子のついた扉の方に駆け寄った。
もしかしたら外の方から声がするのかもしれない。……とはいえ、物凄く悔しい事にクロの背丈では外の見える鉄格子まで届かないので、雑誌をいそいそと積み上げてその上に乗る。
よし、これで外の様子が見れ、


「クロちゃーん!」


──ポンッ!


突然、本当に突然、

鉄格子の間から手が伸びてきたかと思えば、一瞬にして大きな花束が現れた。

ひらり、ひらり、と色々な色彩の花弁がクロの目の前で舞い散る。

紅、蒼、翠、紫、黄、橙、白、黒。

ひらり、ひらり。目の前でゆっくりと宙を舞い降りてくる。

「……綺麗」

未だに状況は飲み込めていないが、素直な感想を口に出す。

すると花束の横から、ひょいっと見たことの無い人が顔を見せた。思わずほんの少しだけ身を引いてしまう。

彼は、日本人離れした美しさを持っていた。きらきらと輝く金髪に、それに映えるサファイアのような色の瞳。
さらさらと流れる長い髪の毛がクロの目の前で靡く。前髪はクロスにさせたピンを刺していた。

「喜んでもらえた?クロちゃん」

にこっ、と爽やかな笑顔を見せる彼に、人見知りなクロも思わず心を許してしまう。
しかし、看守服を来た彼がなぜ自分に花束を向けているのか、正直現状がさっぱりわからなかった。

「あ、あの……」

やっぱり知らない人と話すのは怖くて、声を震わせながら控えめに声をかける。

「ん?リントじゃん」

すると、後ろからウノ達が目の前の看守の名前を呼ぶ。どうやらリントというらしい。

「やっほー、ウノっち達〜」

ひらひらと手を振るリントは普通に囚人達の名前を呼んでいて、クロは驚いたようにリントを見た。
考えてみたら先程から自分の名前を連呼していた。
なんだか不思議な看守だなぁ、と鉄格子越しから見える姿を一瞥した。

「改めて、俺は四條鈴兎(シジョウリント)。よろしくね、クロちゃん」

すっ、と手を差し出すリント。

その全く毒気の無い雰囲気と笑顔に、クロは自然と握手すべく手を伸ばしていた。
──しかし、その手を掴む事は叶わず、宙を掴んでしまった。

なぜなら、リントが突然謎の人物に殴られたからだ。かなり鈍い音が響いたが……果たして大丈夫なんだろうか。

「お〜ま〜え〜は〜……」

その低い声を聞いた瞬間に、リントは「げっ」という声を漏らした。

「仕事サボって何してやがんだ!!」
「痛!!痛い痛いっ!!」

13舎の看守主任ハジメが、13舎の看守であるリントの頭を鷲掴みにする。その馬鹿力で掴まれれば、当然リントの頭には相当な激痛が襲う訳で。
痛いのなんて勘弁して頂きたいので、スルリとその手から逃れる。

「あ!オイこら!」
「ハ、ハジメ先輩〜少し位手加減してくださいよ〜」

いつもいつもどうやって鷲掴みにしている手から逃れているんだ、と呆れたようにハジメは溜め息を吐いた。普通に考えたら、鷲掴みにしている手から逃れるなんて、不可能に等しい。特にハジメのような馬鹿力に掴まれれば、ハジメが手を離さなければ掴まれたままだ。
その上、腕力の限りを尽くして思いっきり掴んでいたはずなのに、痛い痛いと言いながらケロッとしてヘラヘラ笑っているのも腹が立つ。

「可愛い女の子を見て回復を、ね?」

パチリとウインクをしながら、唯一の女の子であるクロに聞こえるように言うリント。
恐らくそこら辺の女共はきゃーきゃー騒ぐだろうが、ハジメはかなりイラッとした。

もう一度頭を掴んでやろうかと思って手を伸ばすけれど、軽々とよけられる。ピキリとこめかみに青筋が立つ。

「ね?じゃねぇんだよ……。しかも今日だけじゃねぇ、この一週間近く何してやがった……」

くいっ、と顎を上を向けながら目線を下に向けて、リントを睨み付ける。

常人なら竦(スク)み上がるが、リントは相変わらず口元に弧を描きながら、目をスッと細めた。怖気づいているような様子なんて少しも無かった。

「ちょっとね。……まぁ、可愛い女の子入ってきたし、真面目に仕事しようかなー」

くるりとハジメに背を向ける。
背を向けた瞬間に殴られるとか、考えないのだろうか。……否、彼は『考える必要』が無いのだろう。
それが分かっているハジメは殴らずに、溜め息だけ吐いた。

しかも彼は本気で仕事をしてくれれば短時間で相当な仕事をこなしてくれる。特に書類関係はかなり素早い。
書類を囚人達(13房)のせいで山積みにしているハジメにとってはかなり助かる人材である。腹立つけれど。

「じゃあね、クロちゃん!また来るからねー!」

ひらひらと手を振るリントに、控えめに手を振り返すクロ。
「その花束あげるから!」と言われ、ふと手元を見ればいつの間にか自分の手には花束が握られていた。

可笑しい。先程まで花束はリントの手の中にあったはずなのだが……

「おい、鈴兎」

仕事場に戻ろうとした時、低い声でハジメから呼び止められる。
立ち止まり、一瞬迷ったように静止してから、なんでもないように振り向いた。

「はい?」
「囚人の名前を気安く呼ぶの止めろ」

刹那、彼の表情から笑みが消える。
けれどすぐに元のヘラヘラした笑みに戻り、

「──やだね」

いつもより低めの声で、ハジメの言葉を拒絶した。

正直、今まで傍観していた囚人達はかなり驚いた。拒絶をした事自体驚きだが、あんなあからさまな拒絶をすればハジメが怒るはずだ。それなのに、どうして。

「……なら好きにしろ」
「そうします」

しかし、怒るどころか呆れたように溜め息を吐くハジメ。
何を言っても無駄だという事が分かっているからこその言葉だろう。

「あの人って、どんな人なの?」

去っていく彼の背中を見ながら、クロが呟くように言った。
それを拾ったウノは「リントはなー」と同じようにリントの背中を眺めながら答える。

「マジックが上手いんだよなー」
「マジック?」
「鳩とかね、お花とかね、色々出せるんだよ!」
「この前はドーナツ出してくれたな……」
「あいつのマジックは退屈しないよな」

ニコが興奮したように手をバタバタさせながら説明し、ロックは涎(ヨダレ)を垂らしながら前に出してもらったドーナツを想像し、ジューゴも二人の言葉にうんうんと頷きながら言った。
そのみんなの言葉で、リントのマジックのテクニックが容易に想像出来たクロは、改めてすごいと思い目を輝かせた。

このいつの間にか手にしていた花束も、マジックなのだと理解した瞬間に、興奮し始める。
本当になんの違和感もなく自分の手に花束を持たせるなんてまるで魔法のようだ。

「奇術師(マジシャン)ってすごいねー!」

花束をギュッと抱き締め無邪気に笑えば、ニコが賛同し、ウノは少し悔しそうな顔をした。

「……どっちかっつーと道化師(ピエロ)だけどな」

腕を組みながら目を伏せ、呟いたハジメの言葉は誰の耳にも届かなかった。



☆一番の被害者はやっぱり★


「あれ、鈴兎さん?」
「ん?──ああ、ほっしー!」

ソファで横になって寝転んでいたリントは、『ほっしー』と呼んだ人物の方を向いてから起き上がった。

「だから『ほっしー』ってなんですか……」
「『七夕星太郎(たなばたせいたろう)』。『ほし』って書いて『せい』だから『ほっしー』♪」

にひっ、と歯を見せて笑うリント。その手には看守帽があり、くるくると弄んでいた。
しかし、ただ弄ぶだけでなく、中から花を出したりする所は、さすが奇術師といった所か。

「……新しい囚人の子にも同じような事言われましたよ。呼び方は『星(ほし)さん』ですけど……」
「ああ、クロちゃんか!」

「あの子可愛いよねー」と語尾にハートが付きそうな位上機嫌に言う彼は、看守にはとても見えなかった。

看守というのは、常に囚人と敵対しているイメージしか無かった星太郎にとってはかなり異質のように思った。
極端な話、看守は囚人という罪人を蔑み、囚人は看守を疎ましく思い、睨みあうような関係なのかと思っていた。
もちろんそれがあって良い物では無い事は分かっているが、勝手な想像やドラマ等の影響でそんな印象が頭の中にどうしてもあるのだ。
……堅苦しく考えすぎなんだろうか?

「それにしてもお久しぶりですね……今まで何してたんですか?」
「んー?まぁ、ちょっとねー」
「……主任、かなり怒ってましたよ」
「知ってるよ。殴られたからね!」
「それでよく平気ですね……」

相変わらずヘラヘラ笑っていられるなんて大した物である。
ハジメの拳骨を食らった下っぱ看守は痛すぎる為に根を上げて辞めてしまう、なんて噂すらたっているのに。

「いやいや、さすがに痛かったよー」

すごい鈍い音したんだから!と口を尖らせるリントは、依然として余裕の様子だった。

「もう一回殴ってやろうか……?」

びくっ、と背中に悪寒が走ったのはリントだけでなく、星太郎もだった。
思わずリントはソファの真ん中に堂々と座っていたのに端に移動し、星太郎は巻き込まれないように徐々にハジメから距離を置いた。

「ハ、ハジメ先輩じゃないですか〜」
「こっちは病み上がりで本調子じゃねーってのに、朝っぱらから星太郎は泣きついてくるし、テメェは突然現れるし……」

どっこいしょ。どすん。

(親父くさっ!!)

リントと星太郎が、密かに心の中で突っ込む。
いや、病み上がりで体がなまってしまっているから仕方が無いのかもしれないが、あまりにも今のソファの座り方は親父だった。

「いやぁ、不死身なゴリラ先輩も熱でダウンするんですねー」
「お前喧嘩売ってんのか!その爽やかな笑顔がうぜぇ!」

きらきらとした爽やかな笑顔を浮かべながら毒を吐くリント。
もちろんゴリラ先輩はそれに対して八重歯を剥き出しにしながら吠えた。その様子が正しくゴリラだった。……おっと、誰か来たようだ。

「この書類の束に免じて許してくださいよー」

余裕の笑みの先にあるのは山積みの書類。
今までサボっていた罰としていつもの数十倍は積んだが、さすが仕事だけは速い。

「……ちっ、それの二倍にすれば良かったか」
「さすがに疲れるから止めてくださいよ。……と、いうか書類の数多すぎません?」
「……13房の奴らと、大和のせいでな」
「あの人また色々壊したんですか」

書類の中に破損届けが何枚もあったが、あれは副主任の大和のせいだったのか。……少しハジメに同情してしまうリントだった。

「ほっしーはまだ書類書けないんだっけ?」
「え、えっと……」
「こいつは書ける物もあるが、かなり遅い」
「すっ、すみませんっ……」
「ああ、すごい納得」

ペコペコ頭を下げて謝る星太郎を見て、ははっと笑うリント。
何にでも一生懸命な星太郎だが、少しドジだったり、ヘタレている所がある。
字は上手いのだが、丁寧に書きすぎて若干常人より時間がかかってしまうのだ。

「……でもそんなんで、ハジメ先輩いない間どうしてた訳?」

あまり良い予感はしないけど、と珍しく口元を引きつらせる。

「すっっっっごい大変でした!!」
「だろうね」

うん、わかってた。

「十三房の奴等、副主任の訓練を嫌がってストレス発散なのか、毎日の脱獄がよりエスカレートしてしまって、もう逃げ回るわ物は投げるわ僕に八つ当たりしてくるわ、もう散々で……!」
「……ああ、おまけに団長(大和)が笑って見守るパターンか」
「そうなんですよ……!!」

その悲惨な日々を思い出したのか、うるりと星太郎の目に涙が浮かぶ。
朝っぱらから星太郎は泣きついてくるし、という先刻のハジメの言葉はそういう事か。

「それに対してハジメ先輩はなんて?」
「ぶん殴ってでも言う事聞かせろって言ってやった」
「いやいや、鉄拳制裁出来るのは先輩だけですからね。というか通常ダメですから」
「じゃなきゃあいつ等は脱獄を止めねーからな」

いや、まぁ。そうなんですけど、と苦笑いするリント。
人の事は言えないけれど、この13舎の看守達は主任からして可笑しいような気がする。

「……鈴兎さんは、13舎の子達と仲良いですよね」

突然星太郎がそう言うのでリントは一瞬、はたと止まり、少し間を開けてから「まぁね」と薄く笑った。

「どうしたらナメられないですかね……」
「あはは、ほっしーイケメンだからね、逆恨みされてるんだよー」

11番は根っからのイケメン嫌いである。15番は実の所どうなのかは分からないが。

「……丁度良いから、鈴兎と13舎に行ってみたらどうだ」

見回りついでに、という事だろう。
リントは少し面倒臭そうに顔をしかめたが、反対に星太郎は嬉しそうに顔をほころばせた。

「ハジメ先輩、自分が病み上がりだから13舎行きたくないんでしょ」
「お前が長期間いなかったから倍大変だったんだよ」
「はいはい、わかりましたよー」

行けばいいんでしょー、と気だるそうに言いながらリントは看守帽をわざと斜めにかぶり、ソファから腰を上げる。

「──んじゃ、行こっか」




▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




そんな訳で只今13房に向かっている。
リントは平然と歩いているが、正直星太郎はかなり気が重く、足取りも重くなっていた。

昨日までの事を思えば、それも当然だった。

「お。イケメン二人組じゃん」

早速足音で気付いたのか、11番のウノが声をかけてきた。
星太郎はリントの後ろでビクッと怯えたように顔を青くして身を縮める。

「いや、ウノっちには負けるよー」

ごく自然な笑顔で、ごくごく自然な口振りで言ってみせた。

「な、何を当たり前の事を言ってんだよ、照れるなぁ!」

するとウノは投げつけようか考えあぐねて持っていた紙ゴミから手を離し、途端に照れたように顔を真っ赤にして大袈裟に手を振った。

(す、すごい!囚人達を丸め込んでる!)

まるで言葉という魔法を使って、囚人を大人しくさせているかのようだった。
言うなれば、話術を使ってのマインドコントロール、という所だろうか。

普段はおちゃらけて、冗談ばかり言っているようなイメージがあるが、こういう時口が回るというのは有能なんだな、と痛感する。
星太郎は感銘を受け、リントがポンポンと囚人達に手馴れた様子で受け答えした事を頭の中でメモを取った。

しかし、実際に星太郎が口に出来るかは分からないが。






所変わり、喫煙所。

(はぁー……やっと鈴兎も戻ってきたし、これから少しはマシになるな……)

しかし思えば13舎の看守は全員どこかおかしかった。


副看守の癖に超方向音痴でどこかズレてる大和、

超気紛れなサボリ魔の鈴兎、

ヘタレなイケメン下っぱ看守の星太郎、


(やっぱり俺がやるしかねぇのか……!!)

煙草の煙が充満する部屋でハジメは一人、手を組みながら重々しい気分で俯いていた。



これはもう妥協するしかない
(せめてもうサボるな) prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -