九十九参上

第11話

ナンバカ
第11話 九十九参上




「オイ、今日食堂で耳にしたんだが、この13房に新入りが来るらしいぞ」

ロックが知ってたか?と尋ねるが、4人は知らないというように首を傾げた。

「なにそれマジ?」
「どんな奴?」
「今ハジメが連れてくるらしい」

三人が興味なさそうに聞いている中、ただ一人キラキラと目を輝かせている者がいた。
その一人が、突然ロックに向かって身を乗り出した。

「女の子かな!?」
「え!? それ、クロが言うの!?」

てっきりウノが言うと思った!!とロックが突っ込むと、他の三人が同意したようにコクコクと頷く。
その反応に、クロは一人きょとんとする。

「だって、自分以外の女の子に会ってみたいんだもん!」
「まぁ、女の子には滅多に会えないよな、確かに」

ウノが同意したように頷く。
女の子がいたとしても、大抵それは囚人ではなく受付である。看守でも滅多に見ない。

クロは今まで、独房で独りぼっちで過ごすか、空き部屋が無い場合は巨大な男達に囲まれて生きてきた。
だからほとんど、同性と触れ合った事が無いのだ。

以前であったら、同性であろうと異性であろうと、怖いことには変わりは無いし、仲良くなろうだなんて考えなかっただろう。

けれどこの刑務所なら、



ジューゴ達のいるこの楽しい刑務所なら、可能かもしれない。

そう、思えた。

「ホラここだ、入れ」

と、そこでハジメが入ってきたので、意識はすぐにそちらに向かった。
もちろん、他の4人もそちらに注目するように顔を上げた。

すると──バッ、と黒い影が素早く動く。

「わっ!」
「な……なんだ!?」
「っ!?」

一同は驚いたように肩を震わせる。クロに至っては反射的にジューゴとニコの背中に隠れた。
その様子はさながら小動物のようだった。

すると目の前に黒い影が、「しゅたっ」と機敏に着地する。

お初にお目にかかります。
 拙者は囚人番号『九十九番』、『九十九(ツクモ)』。この度13房に入所いたした。どうぞ宜しくお願い致す」

『九十九』と名乗った男は、マゼンタ色のグラデーションを持つ長い髪を揺らしながら、黄金の瞳を鋭く光らせた。

五人は一斉に開いた口が塞がらないのか、ぽかんとしていた。

それもそのはず。
彼の格好──どこからどう見ても、『忍者』の格好だった。

黒い全身網タイツの上に、紫色の囚人服を身にまとい、額には細い鉢金を着けている。
これを『忍者』と言わずして、何を『忍者』と言うのか。

「なんだぁ? 変な奴だな……」
「た、確かに変わってるね……」

ジューゴは訝しげに九十九を見ながらそう言った。
クロも依然として二人の影に隠れながら、ジューゴの言葉に同意した。やはりまだ見知らぬ人物は苦手なようだ。

そんな二人とは裏腹に、ウノ、ロック、ニコはというと──

「オ……オイ、これって……」
「まさか……」
「だ……だよなぁ……」

そわそわ、どきどき、そわどき。

三人は顔を紅潮させながら、落ち着かないというようにそわそわしながら顔を見合わせる。



ジャパニーズNINJA!!



これでもか、という位に瞳を輝かせ、声を合わせて張り上げる。食堂以来のノリであった。

「いかにも。拙者は忍でゴザル」

九十九は凛として、そう答える。

「うお〜〜、すっげぇ!! 生NINJAだ、初めて見た!! かっけ──!!」
「本当にいたんだ、ジャパニーズNINJA!」
「やっぱ日本!! 流石日本だ!! NINJA!」

欧米人三人が九十九の周りを興奮しながらぐるぐると回る。
他国の人間からすれば、日本の忍者というのは大層魅力的らしい。

「バーカ。いるわけねーだろ、忍者なんて」

日本人のジューゴが、バッサリ切り捨てる。

そう。今や忍者なんてアニメやドラマなどの創作物にしか存在しない物だ。
昔は鎌倉時代から江戸時代にかけて、実際に存在したらしいが、どうせ創作物に登場する忍者のように人並み外れた運動神経を持つ訳ではないに違いない。

「つか今時そんなコッテコテの忍者がいるかよ。時代劇かっつの」
「ジャバニーズのくせに否定的だな」

夢のない奴、と冷めた目でウノがジューゴを見る。

「日本人だからこそ否定すんだろ。な、クロ」
「えっと……」

同じ日本人であるクロに同意を求めるように目を向けるが、彼女はぎくりと体を萎縮させて、冷や汗をかいていた。

「私も最初はそう思ってたんだけど……」

言いづらそうにジューゴから目を逸らし、つんつんと両人差し指をくっつけたり離したりを繰り返す。
そんな子供みたいな仕草が可愛いだなんて無意識に思いながら、ジューゴは首を傾げた。

「も、もしかしたらN●RUTOは実在するんじゃないかなって思ってきちゃって……」
「流されてる!?」
「クロちゃん……いるんだよ、NA●UTOも忍●まも」
「いねーよ!!」

ニコがいつになくキリッとした表情でクロの肩を叩く。
すかさずジューゴが突っ込んだ、その瞬間──

「拙者が忍でないと申すのか?」

ピタリ、と冷たい物が首に当てられる。

九十九の低い声と、その当てられた物の正体を理解した事により、背筋が凍る。
そのジューゴの心境とは逆に、欧米人三人はより一層興奮したように目を輝かせた。

「WAO! 本物のクナイだ!! シュリケンはダセマスカ!?」
「OH! 流石日本、ジャバニーズNINJAカッコイイネ!!」
「和だ!! ジャバニーズWABISABI日本のココロ!! SO! COOL!」
「ただの銃刀法違反だろうが!! 助けろ!」

顔を真っ青にしながら、ジューゴが突っ込む。
クロのみが、クナイを突き付けられたジューゴを見て慌てふためいていた。

「だ、だめっ! ジューゴ君から離れてっ!」

クナイを持ってない方の九十九の腕をぎゅっと抱き締めるように掴む。知らない人の上に、クナイを持った九十九が怖いのか、涙目で精一杯睨みつける。

(なにこの可愛い生き物……)

九十九以外の四人がクロのその萌え行動にキュンっとする。

一番重要な九十九はというと、萌えている様子は無いが、気圧されたように静かにクナイをジューゴの首元から離した。
ウノに言わせれば、男として産み落とされたからにはこの最強のコンボ『涙目+上目遣い』に萌えないだなんて有り得ないのだが。

さては慣れているのか、『萌え』に!?
さすがはジャパニーズNINJA! 最高にCOOLだぜ!

……ジャパニーズNINJAは関係無いだろとは誰も突っ込んではくれなかったのが彼の敗因だろう。

「つーか、お前何してココに入ったんだよ」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくださった……」

首の痂(カセ)より上の地肌にわざわざクナイを当ててきたものだから、感覚の残った首を抑えながら問う。
どうせろくな事じゃねぇ、と思いつつ何故か得意気な顔で笑う九十九を目視した。

「拙者は見ての通り忍びの里で生まれし『忍』。影として生き、影として行動する。隠密行動を日常とし、生きてきた拙者が、
 まさか【不審者不法侵入】で捕まるとは一生の不覚……!」
「そりゃそーだろうよ」

ただの修行のつもりだったのに……。そう呟きながら顔を覆って泣き出す。散々格好付けておきながら、結局は格好悪かった。

「だが拙者は『忍』。たとえ捕まろうともそう大人しくしている訳が無い!! 様々な忍法を使い、数々の牢獄脱出に成功している!! 幾度と無く捕まろうとも拙者の忍法の前では牢獄など赤子も同然!!」
「要は同じ脱獄囚って事じゃねぇか。結局捕まってるし」
「ジューゴと良い勝負じゃん」
「こんなのと一緒にすんな」

腕を組み、不満そうな顔をする。

ふむ、確かに同じジャパニーズとして似通っているかもしれないとクロは思った。
けれど、九十九のように自分の能力を自慢気に語るのでは無く、ジューゴのように自分の能力を平然としてやってのける方が格好良、

(って、あれれ……?)

するりと脳裏に浮かんだ言葉に、思わず顔を火照らせる。
特に深い意味は無いんだと自分に言い聞かせるようにフルフルと頭を振った。

こういう時、九十九の騒がしい声が心を紛らわせてくれるから助かる。顔を火照らせた事も、誰にも気付かれていないようだ。胸を撫で下ろす。

火照った顔が冷め、大分冷静になって自分の世界から抜け出した時、九十九がジューゴから蹴られていたからおったまげた。

「痛い!!」
(い、痛そう……)

今のはジューゴの素足が九十九の顔に完全にめり込んでいた。反射的にクロまで鼻を押さえてしまった。

「うっぜーなぁ! そこまで言われちゃ黙ってらんねぇ!! 実力の差ってやつを見せてやるよ、この忍者モドキが!!」

さすがのジューゴも、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(最近テレビで見て覚えた言葉である)らしい。
先程まで意識を飛ばしていて聞いていなかったが、ジューゴの反応を見る限りでは恐らく九十九が挑発したのだろう。

ジューゴが本気で怒ってる姿なんて初めて見たなとクロが目をパチクリさせていると、ジューゴが扉を当たり前のように開け、九十九がその後をくっついていった。

「い、行っちゃった……」

嵐のようだった。

ウノ達もキャラが濃いと思っていたが、更にそれを上回る強者がいたとは思わなかった。
今までは、自分と同じ空間に人が増える事が恐ろしくてたまらなかったが、今は違っていた。
きっと楽しくなる。いや、絶対楽しくなる。そう、思えた。

それにしても──

「どうしたの、クロちゃん?」

ニコが、ぼーっとジューゴと九十九が出ていった扉を見つめている事を不思議に思ったのか、首を傾げながら問うた。
相変わらずぱっちりしたカーマインの眼が可愛いなぁ、と思いながらクロはニコの顔を見つめてそっと口に出した。

「……あの顔、どこかで見た事ある気がするんだよね」

どこだっただろうか。
ただ、不思議と真近で見たような覚えは無く、遠くから見つめていたような感覚だけが身に覚えていた。

「前に同じ刑務所にいたとかかなぁ?」
「う〜ん、そうなのかなぁ……」

南波に来るまでは、ずっと下を向いていたから他の囚人の顔なんてまともに見れなかったはずなのだが……。

「クロりーん!」
「!」

必死に思い出そうと真剣に首を捻っていた所に、その思考を妨げるかのような良いタイミングでリントが突然入ってきた。

「お、リントじゃん」
「リンちゃんだー!」

やっほー、と無邪気に手をふるニコと、寝そべりながら手をあげるウノとロック。
いつもの笑顔を保ちながらすたすたと歩み寄り、リントがニコの頭にポスッと手を乗っけた。よく見れば、その笑顔に少し影が差していた。

「にこにー、いつも言ってるけど『リンちゃん』はやめようねー」

リントこそ『にこにー』はネタ的にアウトだった。

「あ、そうそう!」

くるっ、とクロに向き直る。
急に真近で顔を合わせられ、体を硬直させてしまう。やっぱりまだ彼と大和には慣れない。

知り合って間もないというのも大きいが、大和の場合は無理矢理運動させられた事のトラウマがあり、リントの場合は──



「クロりんに面会者が来てるよー」



ひゅっ、と息を呑む。

途端に顔から血の気が引く。

クロは、まるで何かを恐れるかのように手を微かに震わせた。紅い瞳は、絶望、憎悪、を称えていた。
それをリントがギラリと光るサファイアブルーの瞳を鋭くして、まるで射抜くように見つめているが、それどころじゃないクロ
の眼中には入らなかった。



──貴女が必要なのよ。



平気な顔で口から出任せを吐き出す『あの女』の姿が脳裏に過ぎる。
反射的にクロは胸元を鷲掴みして、吐き気をどうにか押さえ込んだ。ダメだ、ダメなんだ、あの顔だけは。

死んだ魚のように虚ろな瞳で、ぎょろりとこちらを睨むように見ているのに口元だけは白い歯が見える位に笑みを作っている、あの顔だけは。

「……」

見た事も無い位に真っ青になり、何かを思い出したように視点の定まらないクロを、リントは軽く一瞥する。すると、突然パッといつものような笑顔になったかと思えば、優しくクロの頭に触れた。

「──いやー、良かったねー。『可愛い子』の面会者なんて。羨ましいよー」

へらり。
戯(オド)けたような口調で紡がれた言葉は、クロの思考を停止させるのには充分過ぎるものだった。





「........................え?」



外身大人中身残念な子供代表
(九十九が13舎11房へ移動したのを)
(知るのは随分後になってからであった) prev | next
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