食堂の番犬

第09話

ナンバカ
第09話 食堂の番犬



「うめぇぇー!!」

13舎の食堂で、囚人番号69番の賛辞の言葉がとあるテーブルの一角で響き渡った。
しかしその力のこもった賛辞は、すぐに辺りの騒がしさに溶けて消えてしまったが。

「やっぱここのメシはうめぇな〜」

ロックは八重歯を見せながら、それはそれは幸せそうに満面の笑みを浮かべていた。思わずこちらまで口元を緩めてしまう。

「相変わらず美味そうに食うよな〜」
「ああ。特にこの煮物は格別だな!」
「ね!私も頼んどいて良かったー!」

釣られたように笑いながら、ジューゴが頬杖を付いてロックの食べている様子を眺めた。
クロも負けず劣らず夢中で食べている。その表情は溢れんばかりの笑顔で、彼女に犬の尻尾が付いていたなら、思い切り振っているだろうと思う位に幸せそうであった。

「ま、たしかにここのメシは他ンとこと比べもんにならねぇくらいうまいしな。お前らが病みつきになんのもわか……」
「んだとゴラァ!!」
「っ!?」

ジューゴが食事の続きをしようとスプーンを持ち上げながら口にした言葉が怒号と食器の割れる騒音でかき消される。
思わず今まで一心不乱で食べていたクロはその手を止め、怯えたようにフードを被った。

しかしジューゴとロックはさほど驚いた様子も無く、不思議そうにそちらを見た。

「なんだぁ?新入りか?」
「そうみたいだな。まだココ(食堂)のルールを知らねぇみたいだし」
「……ル、ルール?」

同じく新入りであるクロは、そのロックの言葉に首を傾げた。

「ああ、そうか。クロも知らねぇよな」

そりゃ、そうだ。とケラケラ笑うロック。尚更クロは訳が分らないというように首を傾げた。
まぁ、見てれば分かるだろうと思い、特にクロに説明する事はせず、取っ組み合いしている二人に向かって声を張り上げた。

「オーイお前ら。ココで騒ぐとロクなことねーぞ」
「そーそー」
「ああ!?」

唐突に横槍を入れてきたロックとジューゴを、二人の新入りが睨みをきかせてくる。
二人はクロなんて目に入っていなかったが、クロはやっぱり怖くてフードを目深に被って縮こまった。

隣にいたジューゴが、おもむろにクロの頭をぽむぽむと撫でる。
少し驚いて顔を上げれば、口には出さなかったが「大丈夫だから」とクロを安心させるかのように微笑んでいた。

「あいつら何言ってんだ?」
「騒ぐとなんだってんだよ……」

二人はロックとジューゴの方に気を取られていて気付いていないが、後ろから巨体が迫っていた。
クロはその見覚えのある大きなシルエットに怖がる事は無く、むしろそのシルエットを見た瞬間嬉しそうに口角の上げた。

「ぐぇっ」
「うぐっ」

二人の新入りの首を鍛え上げられた上腕二頭筋で絞めるシルエット──それはここの見習いシェフのシロである。

「よォ『シロ』。今日は随分張り切ってるな」
「相変わらずでけーな」
「シロさん、こんにちはー!」

その三人の言葉に、シロはたった一回頷くのみだった。
一体どの言葉に対して頷いたのかと思う所だが、恐らくいずれの言葉全てに頷いたのだろう。
因みに、未だに二人がシロの逞しい上腕二頭筋に思い切り絞められているのだが、大丈夫なのだろうか。否、顔が真っ青だから大丈夫では無いに違いない。

とはいえ、ほとんど自業自得であるから仕方が無い。
クロは先刻ロックが口にしていた『ココ(食堂)のルール』というのが理解出来た。
きっと食堂ではみんなが楽しく食事をする場所だから、それを妨げるような事をしては駄目という感じなのだろう。
同じく新入りなのにクロが知らなかったのは、食事を妨げるというような行動をしなかったからだ。

「今日のメシも超最高に美味しかったぜ!!
 特にこの煮物は格別だった!!シェフのオヤジにも伝えといてくれよ!」

でへへっ、とだらしなくも見える位に緩みきった笑みを浮かべるロック。
次いでクロも、「うん!すっごい美味しかった!また食べたいな!」と興奮したように真っ赤な顔で賞賛する。

しかし、シロは何も言わずにこちらに背を向けた。
体が大きい為に、ズンズンと鳴る足音に、周りの人々は尚更恐ろしそうに顔を真っ青にした。
ちなみに先程まで首を絞めていた二人は床の上である。

「相変わらず無口な奴だな〜」

ジューゴがそう言うので、クロも賛同したように頷いた。
初めて会った時からそうだが、シロは基本的に喋らない。
しかし、喋らないだけであり、感情の起伏は地味だけれどもある事を(名前)は知っている。
だから別に喋らなくとも構わなかった。

「あいつは昔からあーなんだよ」

ロックは懐かしむように目を伏せ、昔から知っているような口振りで言う。
その昔を知らないクロは「そうなんだ」と言葉を返した。

「出所したと思ったらココのオヤジに弟子入りするとか普通ないっつの。わざわざ自分からムショに戻って来るなんてな〜」

今度はジューゴがケラケラと笑いながらそんな事を口にするので、驚いたように微かに目を見開く。

「シロさんって元囚人なの!?」
「ん?あー、そういえば言ってなかったっけ?」

首を傾げるジューゴに、「初耳だよ……」と唖然とした様子で呟くように言った。

……確かに言われてみれば、色々な事に合点が行く。
妙にガタイが良いし、顔にも傷があるからただの見習いシェフのようには見え無かった。
元囚人と言われればその疑問は上手く解消される。

なんだか今までのモヤモヤが晴れてスッキリしたなぁ、と上機嫌で少しだけ冷めた煮物を口に入れた。

どんっ!!!!

──突然目の前に巨大ホールケーキが置かれる。いきなりの事で、クロを含めた三人は肩を跳ね上がらせる。

もちろん置いたのはシロで、三人が何か言おうとする前にまた背を向けて立ち去ってしまった。

「ケーキって事は今日はよっぽど嬉しかったんだな。自信作だったのか、あの煮物……」
「んなもん出さねーで直接口にすればいいのにな。まぁもう慣れたけど」
「きっと不器用なんだね、感情表現が」

ふふ、と可笑しそうに笑いながら、未使用のフォークでケーキの端っこをすくい取った。
口に入れると生クリームの甘さが口に広がり、スポンジのフワフワした食感に思わず笑みがこぼれる。やっぱり甘い物を食べると幸せな気分になれる。

「?どした、クロ?」

ロックが珍しくクロの事を見上げる。
それは、クロが椅子から立ち上がったからだ。

「シロさんにちょっとお願い事してくる!」

ぱちり、とお茶目にウインクをしてシロの後を駆け足で追っていった。
その後ろ姿を眺めるロックは、なんだか顔に熱が帯びていたとかなんとか。






「シロさーん!」

食堂の調理場付近でようやく追い付き、声を張り上げた。
シロは少し驚いたように、パッと素早く振り返った。しかし、実際に振り返ってみれば例の新入りの女の子だったので、ホッとしたように肩の力を抜いた。

「ケーキありがとうございました!」

ふわっ、と優しく微笑めば、シロは恥ずかしそうに若干俯いた(もちろんクロ以外から見れば怖い顔だが)。

「あのっ、少しご相談があるのですが……!」

真剣な顔で、約2倍はあるだろう自分の事を必死に見上げてくれる。
なんだか首を疲れさせてしまうな、と思って慌ててしゃがむ。

今まで彼女のつむじしか見えなかったが、視点を大体同じにしたので顔がよく見えた。
綺麗な黒髪に映える紅い瞳が、こちらを一生懸命に見つめていた。
また、白い肌に浮き立つ紅い頬がなんともいじらしくて、彼女の控えめな性格が分かる。

「今度、シロさんの手が空いている時で構わないんですが……」

こくり、と頷いて相槌を打つ。



「──お料理を、教えて頂けませんか?」



それは、シロにとっては思ってもみない嬉しいお誘いで、喜んだように花を散らして顔を緩めた(だがしかし怖い顔にしか見えない)。
それから、恥ずかしそうに顔を赤めながらコクンと頷いた。

「本当!?やったー!!」

……シロがこの時どれだけ嬉しかったか、他の人はもちろんの事、クロにも分からなかった。

シロは、今まで誤解を産んでばかりだった。

感情表現が上手く出来ない事は自覚しているが、とにかく自分の思っている事が上手く伝わらない。
それどころか、自分はよほど怖い顔をしているらしく、周りの人が怖がりながら避けていくのだ。
シロはそれが何より悲しくて、陰ながら傷付いていた。

けれど、13舎の五人は怖がらずに、それどころか「美味しかった」と賛辞の言葉を自分に直接言ってくれるのだ。
それがどれだけ嬉しかった事か。

そして今、新入りの女の子からシェフとして嬉しい言葉を貰った。
『料理を教える』──上手く自分に出来るか不安だったが、それ以上に楽しみで仕方が無い。

「じゃあ楽しみにしてますね!」

ぶんぶん!と思い切り手を振りながら、二人の元へと走っていく。
転んでしまわないかハラハラしながら手を振り返し、クロを見送った。


……楽しみなのはこちらの方だ。





§ニコの持病シリーズ§



突然、ニコが咳き込む。
いつものように本を読んでいたクロ達は顔を上げてニコに視線を向けた。

「なんだぁ?風邪か?ニコ」
「えっ、大丈夫!?」

近くにあったティッシュボックスをガッと掴み、ニコの目の前にドンッと勢いよく置く。
そんなクロの勢いに驚きながら、ティッシュを引き抜き、口元を拭った。

「ううん、ちょっとムセただけ。もう大丈夫。ありがと、クロちゃん」
「どういたしまして!」

ティッシュを捨ててからニコが優しく微笑むので、クロも嬉しそうに笑う。

「お前持病多く持ってんだから紛らわしいことすんなよ。伝染るのやだからな、なんの病気か知らねぇけどさ」
「え!?持病!?」
「大丈夫だよ、僕の持病って伝染っても身体に害はないからさ」

持病を多く持っているなんて初めて聞いたが、体の包帯以外は健康そのものに見えていたので、なんだか信じられなかった。
確かに褐色のその体は男にしては細っこい気はしていたが、それが病的な物だったとは気がつかなかった。

それ位にニコは明るくて、元気そうに見えたのだ。

「害がない病気ってなんだよ」

病気じゃないじゃん、と言うウノ。
確かに一理ある。病気と聞いてまず思い浮かぶのが体調不良だ。
なのに伝染っても身体に害はないというのだから首を傾げるしかない。

「つかニコの持ってる持病ってそもそもどんななの?」
「まだ僕も全部知ってる訳じゃないんだけどね。たしかこの時期だと──」

おもむろにニコがジューゴの肩を掴む。

その瞬間、ジューゴの髪の毛が魔法のように「も"っ」と伸びる。本当に一瞬で。

「ぎゃあああああああああ!!!」
『ぎゃああああああああああああああああ!!』

キショオオ!!と言いながら絶叫するジューゴに続いて、ウノ、ロック、クロが真っ青な顔で大絶叫する。
まるでホラーのように髪が伸びていくので、血の気が引いていく。あまりにも信じられない光景に、ジューゴを含めた四人が目を疑った。

「なななな、なんだこれ!?髪があああ!!」
「毛が、毛がのびてる!?」
「すげぇ!!まだのびてんぞ!!」
「ど、どどどどうなってるの!?」

四人が動揺しまくっていると、ニコは眉を八の字にしながら明るい声で言った。

「この時期になるとこれが強く発病するんだよね。
 髪の毛が異常な程のびる病」
『それ病気なの!?』

「確かに害はないケド!!」声を合わせて突っ込んだ後に、ウノがそう突っ込む。
害は無いかもしれないが、怖過ぎる。

「つーか、ぶふっ、ジューゴまじでウケんだけど……」
「ウノてめぇ!笑ってんじゃねぇぞ!!」

口元を抑え、吹き出したウノに腹の立ったジューゴは、ウノの胸ぐらを掴んだ。
それを見たニコは慌てたように、「あ!ダメだよ!」と声を上げる。

「それ、伝染るから……」
『え』

しかし、時すでに遅し。もうウノの髪は「も”っ」と伸びてしまった。

「どぅわああああ!!俺の髪があああ!!超キューティクルがぁあ!!」
「ぎゃはははははははははははは、ざまぁ!!!!」

ウノの金とピンクの綺麗なグラデーションを持つ髪は、見るも無惨にもっさり伸びてしまった。
途端にジューゴは大笑いし始める。恐らく先程ウノに笑わられた事の仕返しもあるのだろうが、確かに散々馬鹿にしておいてこのザマは格好悪かった。

「つーかコレ治んねーの!?」
「わかんないけど、そのうち治ると思うよ」
「そのうちっていつだよ!あとこれどこまでのびんの!?」
「わああああ!こっちくんなああ!!」
「ロ、ロックが犠牲に……!無事なの私だけだ……!!」
「ふふふ……こうなったらクロも道連れだあああ!!」
「いっ、嫌だああああああああ!!!!」

クロが大音量で最大限の拒絶を叫んだ時、丁度看守の主任であるハジメが13房の前を見回りに来た時であった。
いつも騒がしい13房の連中だが、今日は特に騒がしくて眉を潜めた。



「うっせーなぁ!!何騒いでんだお前ら!!」



バアン!!と、自分も騒がしくしてんじゃねぇか、と思われる位に勢いよく扉を開けるハジメが目にしたのは、


某地球博のキャラクター『モリ●ー』のような生物三体だった。


ニコはその生物達の側にいて、クロは隅っこに避難していて、ウノと色合いが似ている生物に襲いかかられそうになっていた。
それを見てまずハジメがした行動は──上への連絡だった。

「こちら十三舎担当双六。未確認生物を発見。直ちに捕獲願います」
『やめて──!!』

ジューゴ、ウノ、ロックに似た未確認生物は必死で叫んだ。捕獲なんてされたら堪ったものじゃない!

そんな時、ふとクロがハジメを見て衝撃を受けたような顔をする。
それを見た元ウノだった未確認生物はもさっと毛と毛がぶつかる音を鳴らしながら首を傾げた。




「……ハジメちゃんに伝染ったらどうなるんだろ」




制止。

それを聞いたハジメ以外の全員はクロと同じく衝撃を受けたような顔をした。

「…………かっ」

ジューゴが肩であろう所を震わせながら、短く発する。
……かと思えば、八重歯を剥き出しにしながらハジメに向かって行く。

「かかれぇぇぇぇええええ!!!!」

ロック、ウノ、ニコもそれに続いてハジメの元に駆け出していく。
今ならハジメは中にいる。これはチャンスである。

「う、うおおおおおおお!!??」

これが囚人達相手なら、怖気付かなかっただろう。
しかし、相手は謎の未確認生物だ。得体が知れない上に、デッド・アライブのどちらか判断がつかない。
殺してしまっていいのか……いや、絶対に殺してはいけないだろう。そうなったら、ハジメという生き物は手加減が出来ない。
ちょっと手を出してしまえば調子に乗って半殺しか、運悪ければ完全に殺してしまうだろう。
その瞬間、ハジメの給料は間違いなく減給──冗談じゃなかった。

「あっ、逃げた!!」
「追えええええええええ!!」

すぐにハジメの跡を追いかける四人。もさもさもさもさと毛を地面に引きずりながら刑務所の中を駆け回る様子は、見ていて圧巻だった。
クロも伝染らないように細心の注意を払いながら、少し間をとって追いかけた。
ハジメを追い詰めるほど楽しい事は無い。

凄い勢いで、まるでマラソン選手のような走り方をしながら、疾風の如く走っていると、誰かとすれ違った。
けれど、ハジメは夢中で未確認生物から逃げているために気づかなかった。


「……主任?」


金髪を靡(ナビ)かせながら、たった今すれ違っていった13舎看守の主任を目を白黒させながら見送った。
その後には謎の生物Xが三体と、13舎の囚人である25番が追いかけていくので、尚更目を白黒にさせた。

考え込む暇も無く、ハジメと謎の生物X達は見えなくなってしまった。一体何だったのか……
なんだか深く考え込むべきではない気がして、深く息を吐きながら前に向き直った。

すると、小走りでハジメ達と同じ道を通っていく小さな少女の姿があった。
その表情があまりにも無邪気に笑っているものだから、 目を見張る。

「……へぇ」

小さな少女──恐らく新しく来た13舎の囚人番号96番であろう。 黒髪という事は日本人だろうか。
思わず興味深そうに笑みを浮かべた。



(近いうちキミに会いに行くよ。──クロちゃん)





恐怖体験すら心地良い
(なんたってみんなと一緒だからね!)
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