25番のやりたいこと

第08話

ナンバカ
第08話 25番のやりたいこと




「ハジメちゃん!!『テレビゲーム』って面白いの!?」

そう声を発したのはニコだった。
しかし目を輝かせながらハジメを見上げるのは、ニコだけではなくクロもであった。
背が小さすぎて、立ち上がっているにも関わらず鉄格子まで届いていなかったのがお笑い草だが、いきなり呼ばれてやって来た自分は今不機嫌なので笑えなかった。

「わざわざ呼んだと思ったらいきなりなんだよ」
「ねー教えてよ、ゲームって面白いの!?」
「『テレビゲーム』と『携帯ゲーム』っていうのがあるんだよね!?」

手をぶんぶん振って聞いてくる二人。全く同じ顔をしていて、お前等兄妹かと心の中で突っ込んだ(実際口に出して突っ込んでしまえば、話がややこしくなる気がしたので心の中に留めたのだ)。

(こいつら、ゲームしたことねぇのか?)

まぁ、こいつはスラム育ちだし仕方ねぇか。とニコを見てから、クロに視線を移す。
見た目だけで言えば、どこかのお嬢様という感じだ。生まれつきである顔や体型は標準の物より僅(ワズ)か上であろう。
お嬢様なら確かに一般人の娯楽を知らないのも頷ける。……しかし、この少女の資料にそんな情報はあっただろうか?

思い出したいのに思い出せないような朧(オボロ)げな記憶が、まるで痒い所に手が届かないような苛立ちを感じ、後で資料を見返そうと思いながら、今までやった事のあるゲームを指折り数えた。

「まぁよくやってたのはRPGとかレース系……最近は機種が多くてよく知らねぇけど。
 まぁ、面白いんじゃねぇの」

そうハジメが言った瞬間にニコとクロが『パァアアアア』と目を輝かせ、まるで向日葵が咲いたような笑顔を見せた。
面白いだろうとは思っていたが、実際やった事のあるハジメが言うのだから相当面白いじゃないか!

「やりたい!! やりたい!! ゲームやりたい!!」
「はいはーい!! 私もゲームやりたいです!!」
「バーカ。出来るわけねーだろ。ここは刑務所だぞ、ゲーム機なんてねーよ」

二人して両手をブンブンと振る子供組に、ハジメは溜め息混じりにそう正論を述べた。
確かにそうだと二人は厳しい現実に目を潤ませた。思わず「泣くな」と声をかけてしまう。

「つーか、ゲームってどんなのがやりてーんだ?」
『え……?』

(まぁゲームっつっても、コイツ等の事だ。単純で簡単なもんだろうな……中身も子供っぽいし、育成ゲーとかパズルとかか?)そんな事を思いながら尋ねると、いの一番にクロが挙手する。

「はい!ハジメ先生!」
「誰が先生だ、誰が」
「私はポケ●ンがやりたいです!」
「挙げ句の果てにそれかい!!」

完全にアウトな発言をさらりと言って見せるクロに、謎の恐怖で汗を滲ませながら全力で突っ込んだ。
「ピカ●ュウ育てたい!」と屈託の無い笑顔で言うので「それ以上はやめろ……」と鉄格子から手を突っ込み、クロの頭を押さえ付けた。色々とそのネタは危ない気がする。

元々小さい背をハジメに上から押し潰され、これ以上小さくしないで!と頭を振り、ハジメの手を退ける。
ぐしゃぐしゃになってしまった頭を手櫛(テグシ)で梳きながら、ニコに目を向ける。

「……んで? 25番は何がやりてーんだ?」
「それで、ニコちゃんはー?」

二人同時に喋り、ハジメとクロは「あ」と目を見合わせた。
ニコはそんな二人の言葉が聞こえたのか、

「んーとね」

と言いながらゲーム雑誌をパラパラと捲(メク)った。
それを目視しながら、二人はニコはどんなゲームをやりたいのだろうかと予想する。
ハジメはクロのボケの後だから、きっと『ぷ●ぷよ』とかではないかと思い、クロは『ドラ●エ』という物では無いだろうかと、ニコが今見ているゲーム雑誌の中身を思い出しながらそう思案した。

「こういうの」

ニコがにっこり笑顔で雑誌を両手で広げ、二人に見せる。
どれどれ、と二人で雑誌を覗きこめば、同時に度胆を抜かれたように硬直する。


まさかの、


──バイ●ハザード。



(えげつな!!)

予想以上にマニアック過ぎて、二人は焦りを隠せなかった。
血しぶきの絵が2ページに渡って全体的に描かれているのが生々しかった。
……バ●オハザードといえば、立ちはだかるゾンビ達をハンドガンやマシンガンで撃ちまくるホラーアクションアドベンチャーゲームである。

そんなのを房内でやられたら……!!と顔を真っ青にするクロと、呆れたように背中を向けるハジメ。

「やっぱゲームはやめとけ」
「え〜〜、なんで〜」
「うん……やめといた方が良いよ……」
「あ、あれ? クロちゃんまで!?」

ニコがゲームを出来るようになるのは、結構後になりそうだった。



@69番と一本勝負@

ケンカ好きで名の通るロック。腕っ節の強さが彼の自慢だ。

「オイ、ハジメ。少し俺と手合わせしてくれよ」

食べる事しか考えていないと思いきや、ロックはたまに昔の血が騒ぐのか、喧嘩をしたがったりする。
この間、みんなで雑誌を見ている時に、ふとロックが「たまにゃ喧嘩してぇな……」と呟いた時は流石にギョッとした。

「はぁ? 何言ってんだ、イキナリ」

ハジメも突然のロックの言葉に少なからず驚いているようだった。

「今は運動時間だろ? だったらいいじゃねぇか」
「囚人とケンカなんざできるか。手合わせだろうが誰がやるかよ」

完全に闘争心に火を付けて手を揉んで準備体操するロックにくるっと背を向けた。
怪我をして欲しくないなぁ、と思って止めようか否か迷っていたクロは、ハジメのその行動に安心して息を吐く。

ちなみに、クロは運動が大の苦手なので、猫のようにボールをコロコロ転がしていただけだった。

「だったら……」
(え!?)

ぐっ、と拳に力を入れ、構えるロックにクロは戸惑ったようにボールを取り落とした。
てむてむてむ……と虚しくバスケットボールがジューゴ達の方へ転がっていく。

「こっちから仕掛けてやるまでだ!!」

クロは名前を呼ぼうとして、止まる。
誰の名前を呼べば良いか分からなかったのだ。ハジメに知らせるという意味で、ハジメの名前を呼べば良いのか、ロックを止めるという意味で、ロックの名前を呼べば良いのか。
こういう時、咄嗟の判断力という物が無いから歯痒い。

クロが後悔の念に駆られて周りが見えなくなった時、「ダン!!!!」という凄まじい音がして、何が起きたのか理解するのにしばらく時間を要した。

「あっ、やっべ」

いや、やっべじゃなくて。

ハジメの零した言葉に突っ込みながら、クロは理解したと同時にロックの側に駆け寄った。

「ハジメちゃん!! 何やってんの!?」
「いや……これは……」

柔道部黒帯だったので思わず投げちゃいました☆……なんて、例え囚人相手といえど言えなかった。
元はといえばロックから言ってきたのだが、さすがにやりすぎは減給処分か謹慎処分になってしまう。

「うぅぅ……ロック……」

ハジメに投げ技を決められ、目を回すロックの体を優しく抱き起こす。
注目すべきなのは、目を回しているロックでも、目を回すロックに対して涙目になっているクロでも無い。
涙目になっているクロが抱き起こしているロックの頭の位置──である。

そう、お気づきの人もいるだろう。
ロックの頭の位置は──クロの発展途上な胸の所なのである。つまり、これは胸枕という物である!

(ラッキースケベ、だと……!?)

これには側で見ていたウノも、ムンクの叫びのような顔をする他無かった。



▽96番の癖▼

「ん? その手にあるの、なんだ?」
「え? 私何も持ってな──」

昼ご飯の帰り道。
ジューゴに言われ、自分の手元に目を向けると、確かに自分の手には猫の形をしたキーホルダーが。
それを見た瞬間にクロの血の気がサッと引いた。


「ああああああああ!!!」


凄い喚声(カンセイ)を上げるので、側を歩いていた四人はギョッとしたようにクロの顔を見た。
その顔は青みがかっていて、更に冷や汗をびっしりかいていた。体も微かに戦慄(ワナナ)いていて、四人は一同にクロが心配になった。

「ご、ごめん! 私、あの、わ、忘れ物!!」

ちらちら自分の手と食堂の方を気にしたように見ては、焦ったように早口でそう言う。
四人は一斉に不思議そうな顔をしたが、ウノだけは疑問を抱きながらもクロに近寄った。

「俺も一緒に行こうか?」
「ううん! 大丈夫! 先に行ってて!」

けれど、ウノの言葉に首を振り、クロは間髪入れずに走り出してしまう。

「クロちゃん、どうしたのかなぁ?」
「さぁ……」
「なんか焦ってたな」
「……」

クロの不可解な様子に、三人は疑問符を浮かべていたが、ジューゴの脳裏には猫のキーホルダーがなんとなく浮かんでいた。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「あ、あのっ、す、すいません!!」

食堂のある一部の空間で、そんなコミュ障のような震えた声が小さく響いた。
声をかけられた囚人は、くるりと後ろを振り返った。

「は? 誰?」
「え、えと……」

振り返ればそこには見知らぬ女囚人が立っていて、男は眉を寄せた。
思わず上から下まで舐め回すように見てしまう。162cmの男なのだが、周りが170cm台な上に13舎の看守が199cmな事もあり、自分は背が高いだなんて思った事は無かったが、彼女を見てしまうと自分もそれなりに背が高いんだなぁ、と思ったり。
一体何cmなのだろう。表現するならば『ちまっ』という感じだ。

「お前、何cm?」

男が聞く前に、ダチである男が聞いてくれた。

「あ、えっと、148cmだったと……」
「ちっちゃ!」
「俺と30cm近くちげぇ!」
「あんまり言うと泣きますよ、私!?」

小さい!小さい!と小さいを連呼され過ぎて、クロはうりゅと涙目になる。

「そ、そんな事より、これ……」
「ん?」

涙目になりながら、小さな手を広げて突きつけられる。
男共三人組はデカイ図体で小さい手を囲んで前のめりになる。
正直、クロは椅子に座った三人に囲まれているだけで怖すぎて泣きそうだった。
確かに今はウノやロックという大きい友人やハジメという馬鹿デカイ看守がいるので、本当に徐々にだが大きい人に慣れてきた今だが、やっぱり知らない人が複数いると辛い。

「あれ、俺のキーホルダーじゃん!」
「あ、その、落ちてましたよ!」
「マジで? いつのまに……」

そう言いながらポケットをまさぐる。
確かにポケットにはあったはずのキーホルダーが無くなっていた。間違いなく目の前のキーホルダーは自分の物らしい。

「……それ、お前にやるよ」
「え!?」

思わぬ言葉に、クロは男の顔を二度見してしまう。

「別にいいよ。本当はいらなかったし」

あんま持ってちゃいけない奴だしな、と笑う彼が神様のように思えた。
クロは猫のキーホルダーをじっくり眺めてから、男をキラキラとした瞳で見つめた。


「ありがとう!」


「────」男共三人組は、言葉を失う。彼女の笑顔が、あまりにも輝いて見えたのだ。

「本当にありがとう! じゃあね!」

意気揚々と手を振って駆け出す彼女に、男共はほぼ反射的に手を振り返す。

シャバにいた頃は、見向きもしなかっただろうが、やはり刑務所に収容されて『女』という生き物を見れなかっただけで、こうも『女』の麗しさに心を動かされる日が来ようとは。
今では見れるとしても、雑誌に載っている薄っぺらい『女』のみ。
やはり『女』は動いて喋る生の体が一番だと思った瞬間であった。




「思わず『手が出ちゃった』時はどうなるかと思ったけど……良かった、いい人達で!」

クロは、貰ったキーホルダーを眺めながら爛々でスキップしていた。


囚人番号96番クロの癖──それは、無意識で欲しいと思った物を『盗む』事だった。



#オンナがきた!!#


房の鉄格子が開いたかと思えば、ジューゴが壁に叩きつけられ、クロ以外はすっかり慣れたように何の反応も示さなかったが、凄い音がして心配になったクロが駆け寄る。

「いって」
「だ、大丈夫?」
「ん……ああ、大丈夫だ」

痛みに顔を顰(シカ)めながら背中を摩(サス)るジューゴの肩を優しく抑えるクロ。

「まったくお前は毎回毎回。今日は忙しいんだ、大人しくしてろ!」

いつになく機嫌悪そうな顔を見せるハジメ。……というか、なんとなく焦っているように見えるのは気のせいだろうか。
イライラしたように背中を向けて立ち去るハジメを、クロは首を傾げながら見送った。

「今日は八分弱ってとこか? ハジメも腕上げたな」
「真昼間に脱獄したってすぐ捕まるの分かってんだろ、調子こきすぎ」
「うっせーな」

からかうように笑う二人。ジューゴは顔をしかめて反発した。

「10分は逃げ切れると思ったのになぁ、またウノ君との賭け負けちゃった……」
「ニコちゃん、賭けてたの!? いつのまに!? というか『また』って!? ジューゴ君可哀想だよ!?」

事の発端はどうせギャンブル好きのウノだろう。
人様を賭けの材料にするのはさすがにどうかと思うクロは、納得いかなさそうに柳眉(リュウビ)を寄せた。
ジューゴもさぞ憤慨している事だろうとジューゴの顔色を窺(ウカガ)うと、

「くっくっく……でもな、今日俺はとんでもないものを見ちまったのよ……」
『とんでもないもの?』

突然笑い出したかと思えば、口元に笑みを浮かべてそう言うので、四人は思わず聞き返した。



「女だ」



『女ぁ!?』

光の加減で色の変わる綺麗な瞳をきらりと輝かせ、ジューゴの放った一言に四人は興奮したように顔を赤らめた。ちなみにクロからはジューゴの瞳がレモンイエローに見えて、はちみつレモンが飲みたいなぁ、なんて呑気な事を思ったり。

「さっき十三舎の面会室ちらっと覗いたら見えたんだ……ありゃぜってー女だ」

確信を持った顔で怪しく笑うジューゴ。

「どういうことだオイ!! 女ってマジなのか!?」
「マジに決まってんだろ」
「どんな感じだった!? 女の子か!? お姉さまか!? おおおお奥様か!?」
「そんなの知るか! だが多分若いと思う!!」
「どんなお洋服着てたの!? 髪型は!?」
「少ししか見てないからなんとも言えねぇが、とりあえずいい女な予感がする!!」
「ぐあ〜〜、超みてぇ!」
「私も見たいなぁ!」

代わる代わる、みんなが機関銃のように喋り始める。余程興奮しているらしい。
やはり刑務所にいると、女という存在はかなり貴重な物であり、 もはやその存在は天然記念物に値するといっても過言では無いだろう。
故に、女がやってきたというだけでこのように騒いでしまうのは囚人の性(サガ)なのだ。

「十三舎ってことは、面会の相手が俺らの中の誰かって可能性もあるってことだよな……」

顔を真っ赤にしながら、ロックがそんな事を口にする。

「そうなりゃ当然俺だろうよ。女の面会は俺しかいねぇし」

ははん、と自信満々に自身を親指で指すウノ。
確かに実際一番可能性の高い人物は、ウノしかいなかった。

「つーか、俺だろ」
「おめぇは根っからの囚人なんだから外に女がいる訳ねぇだろ」

はんっ、とウノの表情を完全に真似しながら自身を親指で指すジューゴ。
一番可能性の低い人物が何を言ってんだ、とウノは冷静な突っ込みを入れる。

「わかんねーだろが、そんなの」
「それにしても誰の面会か気になるなぁ」
「つーか、
 そんなに気になるなら直接見に行った方が早いっつーの!!」
「よぉし!そうと決まれば面会室へGO!」

そのジューゴの言葉を合図に、全員が走り出した。

「あ!コラお前らまた……」

それを目撃した看守が声をかけるが、誰一人足を止めるどころか振り返る事すらしなかった。
彼等はもはや獲物を狙う獣と化していた。

「私も気になったから着いてきたけど、みんな凄いね……」

走りながらニコに話しかける。
先頭を行く三人の勢いは本当に凄くて、後ろから見ているだけで圧倒されてしまう。

「そうだねぇ。でも、クロちゃんの時もこんな感じだったよ」
「へ!?」
「あの時もジューゴくんがみんなに『女が来た!』って知らせに来てね」
「そ、そうなんだ……」

言われてみれば、あの時四人は自分を見るなり『ホントに女の子だ!!』と口にしていて、自分が来る事を知っていた。

「確か、ジューゴくんはその時クロちゃんの事を可愛いって──」
「ニコォォォオオオオ!!!」

ニコの言葉を遮るように、ジューゴが走りながら大声を張り上げた。その顔は耳まで真っ赤になっていた。
クロは後半の方の言葉がほとんど聞き取れず、首を傾げた。

「ニコちゃん、なんて?」
「聞き返さないで!!」
「えっとねぇ──」
「ニコォォォオオオオ!!! 」


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


なんとかニコの口を塞ぎ、クロの意識を他の事に逸らすのに成功した頃には、13舎の面会室に到着していた。
その猪突猛進に走ってきた勢いそのままに面会室に突っ込んでいってしまう。

「ちょっ……押すなって……うわぁ!!」
「いって!」
「きゃっ!?」

五人がまるでドミノ倒しのように転げる。
ジューゴの右側にウノがジューゴの頭と手を掴みながら転げ、ジューゴの上にニコが、ウノの上にニコが、更にその二人の上にクロが乗っかる。
これで一番下にもう一人いたら、組体操のピラミッドのようだった。

「お……お前ら、どうしてここに……!?」

ハジメが驚いたように席を立つ。
巨体が退いた事により、ハジメとガラス越しに話していた人物の姿が明らかとなった。



「女!!!!」



しかも、かなり可愛い。
色素の薄い金髪に、まるで影のように映えるピンク色のさらさらな髪。
空のように透き通る綺麗な瞳は大きく、睫毛は長い。しかも二重でよりぱっちりして見える。
唇は桜色で、まるでリップを塗っているかのようだった。
肌もつやつやできっと触ると柔らかく玉のような肌なのだろう事が伺える。

同じ女の子として、クロは衝撃を受けた。

ニコを初めて見た時にも感じた事だが、同じ女の子という生き物にも関わらず、自分とは違って魅力的な容姿を持つ彼女に圧倒的な劣等感を感じるのだ。否、劣等感というよりは虚無感に近しいかもしれない。

まるで高嶺の花をただ麓(フモト)から見て羨むのみ。

クロという人間は、自分に自信が無いだけでなく、全く向上心が無いのだ。
刑務所にいて向上心があるというのも可笑しいかもしれないが、それでも人一倍自分自身の事をどうにかしようと思う心が足りないのは確かだった。

クロが少女を眺めている時、ジューゴが不思議そうにハジメを見た。

「つーかなんでハジメがいる訳?」
「そりゃこっちのセリフだっつの! また抜け出しやがって!!」
「お前彼女いないんじゃなかったのかよ!!」
「話をそらすな!!」

話を逸らしたジューゴの言葉に、ジューゴ以外の四人は顔を見合わせた。

「彼女……? いや、それはないだろ」
「流石にそれはないな。だってハジメだし」
「うんうん、あのハジメちゃんだしねー」
「うーん……なんとも言えないかなぁ」

ウノ、ロック、クロが順にハジメを馬鹿にしたように否定する。
ニコのみがハジメに怒られるのを恐れたように、三人に乗らずに後ろのハジメの様子を窺(ウカガ)っていた。
視線の先のハジメは案の定「てめぇらぁ……」と言いながら青筋を立てている。

「じゃあ『お兄ちゃん』お仕事頑張ってね」
「おう、気をつけて帰れよ」

そろそろ時間なのか、彼女が立ち上がってハジメに労いの言葉を口にする。
それに対してお兄ちゃんであるハジメは無表情のまま。

「お……おにいちゃん?」

ハジメに胸倉を掴まれたジューゴが、信じられないというように少女を見る。
すると、そのまま去ってしまうかと思われた少女がこちらを向く。

「お兄ちゃんをよろしくね」

パァァァァァァ、と清らかな花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女に、女のクロを含めた5人は「は……はい……」とデレデレしてしまう。
まるで心が洗われるかのような笑顔だった。
そして、綺麗な金髪を靡かせながら、彼女は面会室から去っていった。

……果たして、ハジメに髪が生えたらこんな髪なのだろうか、と少し思ったり。
否、瞳の色が違うから髪の毛の色も違うかもしれないが。
ハジメはダークレッドだが、彼女はその正反対の空のような蒼色だ。

けれど、ハジメに金髪が生えた様子を想像して、心の中でついつい笑ってしまう。──正直、似合わなさすぎる。

「んだよハジメ。妹がいるなら最初に言えよな」
「そうだそうだ。つーか紹介しろっつの!! お兄様!」
「あのお洋服可愛かった〜」
「なかなかの上玉だった……」
「お人形さんみたいですっごい可愛かった!!」

各々の感想を述べると、ハジメは言いづらそうに片目だけを閉じた。

「あいつは……」

そして何故か悔しそうな様子で壁を殴った。



「俺の『』だ」



そう。双六一の弟、双六仁志──正真正銘の♂なのである。


『うそぉおおお!!』

男たちの春は一瞬だった。


サラバ、俺たちの青春。
(あの女の子、可愛かったなぁ〜)
(今度お兄ちゃんに聞こうっと!)
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