贅沢気分、夢心地

第04話

「はっ!」
「え!?」

突然ロックが瞳孔をかっぴらくので、クロは思わず吃驚仰天でそちらを見る。
すると、ロックは目を輝かせながらヨダレを垂らしていた。

「飯だ!!」
「わ、わかるの!? ここ時計無いけど!?」
「体内時計だ!!」
「凄い!!」
『いや、ただの馬鹿だから』




ナンバカ
第04話 贅沢気分、夢心地





「本当にご飯の時間だったね……びっくりしたよ」
「ロックは本当に食う事が好きだからなぁ」

ルンルンと今にも鼻歌を歌いそうな位軽い足取りで歩みを進めるロックは、初めて見る位に嬉しそうだった。
クロはジューゴの隣を歩いて話をしながら、彼の幸せそうな横顔を眺めていた。

「ご飯の時間っていうだけでこんなに嬉しそうな人初めて見たよー」
「クロもここの食堂の飯を食ったら分かると思うぞ!」
「そうなの? じゃあ、期待しちゃおうかな!」

釣られたように満面の笑みを浮かべる。
ニコの時もそうだったが、こういう幸せそうな顔というのは釣られるものだな、と不思議な気持ちだった。

周りに今まで幸せそうな人なんて一人もいなくて、浮かべているのは苦悶の表情ばかり。それは刑務所内だけに限らずだ。
『アイツ等』は、冷めきった目ばかりして、自分の事を蔑んでいだ。死んだようなあの瞳を思い出すと、虫酸が走る。反吐が出る。胸糞悪い。

いつまでも自分に付きまとう過去の記憶を脳みその片隅に放り投げ、食堂から漂う薫りに神経が行く。

「良い匂い……!!」

鼻をくすぐる料理の匂いに、クロの心が踊る。
ロックと並びながら、二人してヨダレを垂らす勢いで食堂の中に踏み込んでいった。
そんな二人を見て微笑ましそうにするウノ、ニコ、ジューゴ。まるで遊園地に来た子供を眺める親の如し。

「この日替わりのメニューの中から選ぶんだ!」
「い、いっぱいある……!!」
「俺はオムライスに決めたぞ!」
「えっ、早!?」

今メニューを見たばかりだというのに、ロックはもう決めたという。 おまけに、後ろから覗き込んだ三人も「俺ドリアにするわ」「んー、じゃあ僕はスープリゾットかな?」「今日は洋食中心なのか……俺は適当にハンバーグで」という風に淡々と決めていく物だからクロの心は焦燥感に駆られるのだ。
ジューゴの言う通り洋食中心のメニューを眺めながら、どれにしようどれにしようと目をきょろりと動かす。

女の子というのは優柔不断な生き物である。少なくとも、クロはそうだった。
すぐにすっぱりと決断する事が出来なくて、自動販売機でジュースを買うだけでも時間をかけてしまう。

「な、何がいいかな!?」
「お、俺に聞くの!?」

凄い勢いでジューゴに尋ねると、ジューゴは戸惑ったように身を引いた。
自分の物を決める時は大抵適当で、目に入った物にしているだけなのだが、他人の物を決めるとなると話は別だ。
思わずジューゴも悩み込んでしまう。

「えー……っと」
「カレーとかどうだ!? シロのカレー旨いぞ!」
「カレーかぁ! じゃあそれにしよ!」

シロ?と思いつつ、クロとジューゴの間から顔を出したロックの提案に頷く。
ジューゴに聞いといてロックの言葉を聞き入れるのは失礼だったかな、と思ってこっそり顔色をうかがう。
しかし、むしろ安心したような顔で「日本生まれの奴には福神漬け付けてくれんだよな」と話していた。

カウンターに行ってそれぞれの料理を頼むと、ぬっと巨大な男の人が厨房から出てくる。
ハジメよりも大きくて、しかも体もがっしりしていて、クロは見た瞬間に石化してしまう。

失礼な話、巨人と言っても通用する位に大きかった。彼が進撃してきたら、駆逐せずに一目散に逃げるだろう。

「だ、大丈夫か?」
「ダ……ダイジョーブダヨヨヨヨヨヨヨ」
「大丈夫じゃなさそうだな……」

ジューゴは壊れたロボット状態のクロを見下ろしながら困惑した様子だった。
こういう時、どうしてやれば良いのだろう。

「大丈夫だぞ、クロ。シロは顔は怖いけど、すっげぇ良い奴だから!」

ぽんっ、と肩を叩いて優しく微笑むロックの言葉は、凄く信憑性があってクロは先程までガチガチだった体が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がする。

ちらりとシロの方を向いた時、丁度注文の料理を出した時だった。こんな短時間で良く注文通りの物が出せるな、と半ば感銘を受けながらカレーの乗ったトレーを受け取る。
ぺこり、と軽くお辞儀をして、すぐに置いてかれないようにウノ達の側に着いて歩いていく。
……やはり怖いものは怖かった。ちょっと顔を上げたぐらいじゃ顔は見えなかったが、身体だけで迫力が凄まじい。
これから食事の度にこんな気持ちをしなければいけないのかと思ったら少し、否、かなり気が重かった。

それにもう一つ、気が重い訳があった。

(やっぱり大きい人いっぱいいるなぁ……)

カレーを受け取って両手が塞がる前に被っといたフードを、少し顔を動かしてずらし、なるべく顔を隠す。
けれどいくら顔を隠せたとしても、長くて黒い髪の毛は隠せず、周りから「女じゃん!」「あれって新しい奴かな」「見たことない奴だな」とひそひそ小さな声が聞こえてくる。
全部をきちんと聞き取れている訳では無いが上に、ひそひそと話されると自然と陰口を言われている気分になる。

(まぁ……今更、か)

この肩身の狭い空間を耐えるかのように唇をキュッと結ぶ。

なるべく早く食べて戻ろう、と考えていると、ふっと頭から圧力が消える。
あれ?と思って一瞬停止する。後から追い付いてきた情報は、頭に被っていたフードがウノの手によって外れたという事だった。

「え!? ちょ、ちょっと、ウノ!?」

あたふたとフードを被ろうとするものの、両手が塞がっているのでどうしようもなかった。

「いや、あいつら羨ましそうにしてるからさ、自慢してやりたくてさ!」
「なっ……!?」

大声で何を言い出すんだ、とクロは真っ赤な顔でウノを凝視する。

当の本人はというと、なんの悪気も無さそうに顔をほころばせていた。そんな無邪気な様子を見たら、文句の一つも言えなかった。
大体、『羨ましそう』という解釈が凄いと思ってしまう。ネガティブな自分は『うとましそう』にしか見えないというのに。

……見方一つ変えただけで、こんなにも気分が変わるんだなぁ。

「もう……恥ずかしいから止めてよ!」

ぷんすこと頬を膨らませて怒るが(拗ねているようにしか見えないが)、ウノは構わずに他の房の者達にクロの自慢をしていた。
可愛いだろ、羨ましいだろ、やーいやーい、とかなりの声量で言う物だから、クロはようやく空いている席を見つけてトレーを置き、つかつか彼の元に歩いていった。

「い、痛い痛い! 俺の自慢の髪の毛引っ張らないでー!! ホントごめんって!!」

クロはにっこりと非常に穏やかな顔でウノの長い三つ編みを引っ張って席まで連れていく。
周りの人達は、この新しい女囚人は大人しいように見えて意外と13房の独特のテンションに着いていける位のタフな少女なのかと圧倒されたのだった。

二人で席に座ると、三人が飽きれたような視線をウノに投げかける。きちんと食べ始めずにいてくれている所がまた嬉しかった。

「お待たせ! じゃあ、『いただきます』しよう!」

何故か意気揚々とそう言うクロ。四人は思わず疑問符を頭に浮かべた。

「『いただきます』しよう?」
「『いただきます』って、するっていう事?」
「え!?」

ロックとニコの言葉に、クロは純粋に驚く。『いただきます』と食事の前に言うのは、自分でさえ知っているというのに。
……まさかとは思うが、

「もしかして皆さん日本の方じゃない感じで?」
『うん』
「なるほど納得……」

ウノ、ニコ、ロックが息ピッタリに頷くので、やっぱりそうなのかと自分もまた頷いた。
ジューゴだけ頷いていなかったのでそちらを向くと、彼は頬杖を突きながら「俺は日本生まれだぞ」と言う。
やはり黒髪が綺麗なジューゴは日本出身らしい。

「ジューゴ君は知ってると思うけど、日本では食事をする前に『いただきます』って手を合わせて一礼するの。これには二つの意味があってね、
 一つ目は、食事に携わってくれた人達への感謝。料理を作ってくれた人、配膳をしてくれた人、野菜を作ってくれた人、魚を獲ってくれた人とかね、その食事に携わってくれたへ人達への感謝の心を表して言うの。
 二つ目はね、食材への感謝なの。肉や魚はもちろん、野菜や果物にも命があると考えて、「○○の命を私の命にさせていただきます」とそれぞれの食材に感謝するの。こっちが本当の意味みたいなんだけどね。
 でも私は作ってくれたくれた人にも感謝したいな、って思うから一つ目の意味も含めて『いただきます』って言いたいな」

話し終えた瞬間に、クロはハッとする。

「ご、ごめんなさい! 長々と喋っちゃって! 私、説明下手だしつまんなかったよね!?」

黙っている三人に対し、焦ったようにそう言う。
こんなに長く喋ったのは本当に久し振りで、ついつい夢中になってしまった。おつむの足りない自分が何を語っているのだと後悔する。

とにかく食べようか、と言おうとした時、三人が途端に明るい顔をするのでギョッとした。

「!?」
『ジャパニーズ文化!!!』
(またこいつら変なスイッチ入ったな……)

oh!Japanese『いただきます』!!だとか三人で叫び、なんだか謎にテンションが上がっている彼等を、ただ呆然と眺めた。

「いただきます、ってそんな良い意味があんだな! さすがジャパニーズ!」
「僕これから毎日やろう!!」
「俺も!! こうか、クロ!?」

ウノがキラキラとした瞳で手を合わせて言うので、気圧されながら「う、うん」と頷く。

「ありがとな、クロ! 俺、もっと食事が好きになったぜ!」
「ロック……」

つまらない話をしてしまったと思っていた分、クロはロックの言葉が嬉しくて堪らなかった。

最初は、自分が生涯一度も出来なかった事への好奇心で調べた事を説明したかったのだが、話し始めたはいいものの説明の仕方が分からなくて内心焦った物だ。
自分が伝えたい事をつらつらと並べて、果たして他の人には理解してもらえるのか。今まで悩んだ事の無いような事を考えて、頭がごちゃごちゃだった。

「じゃあ……改めて『いただきます』、しようか」
『はーい!』
(な、なんか大きい子供みたい……)

自分より年が上であろう三人(ニコ辺りは同い年か)が満面の笑みで手を上げて返事をするので、思わず笑いそうになる。
すっ、と手を合わせると、喜々として自身もまた手を合わせる三人。ジューゴも嫌な顔一つせずにそれに倣ってくれた。

『いただきまーす!!』

周りの囚人達がギョッとしてこちらを一斉に見ていたが、四人がいてくれるから先程のように気になる事はなかった。

クロの頼んだカレーはまだ冷めずに湯気を出していて、すごく美味しそうだった。改めて見た事により、お腹が一気に空く。
銀色のスプーンですくうと、スパイスの効いたカレーの味がする。決して水っぽくなく、しっかりしたカレーだった。
ぱくり、と口の中に入れると、クロは驚いたように目を見開いた。

「お、おいし〜!!」

蜂蜜と林檎が入っているのか、そこまでの辛さは無く、まろやかでコクが豊かな味わいだった。
ゴロゴロと具沢山な野菜達はほくほくと柔らかく、肉も味が染みていて食べやすい。
思わず手が止まらなくなり、もきゅもきゅとカレーを口に入れていく。

「お前もロックと同じ位幸せそうに食うんだな」
「えっ」

ハンバーグを食べ終えたジューゴが、そう笑って言う。

やっぱり綺麗な瞳だな、と思いながら、指摘された事に対して恥ずかしくて顔を赤くする。
実際、今まで食べた事の無い位の美味に、『贅沢気分、夢心地』という感じで食べていたが。そんなに笑うほど夢中になって食べていたのだろうか。

「た、確かにロックって幸せそうに食べるよね!」

話を逸らすかのようにそう言うと、今まさにおかわりをしている所だったロックがこちらを見る。
その表情はやっぱりいつになく生き生きしていた。

「俺は食べる事が好きだからな!」

「特にシロの飯は美味いんだ!」と語る彼の顔は、まるで無邪気な子供のようだった。

「本当に美味しいよね!」

自分もまた一緒に笑う。
これが食事をするという事。十数年生きてきて、ようやく本当の意味が分かった気がする。

カレーを食べ終えて、水を一口飲んで息を吐く。
さてロックの食べてる姿でも観察するか、と思っていると、自分の目の前に突然何かがコトリと置かれる。

「!!」

置かれたのは美味しそう苺パフェで、置いたのはシロだった。

「え、あの、私こんな贅沢なの頼んでないし、それにこれメニューに無かったような……」

顔を上げるとシロの顔を見てしまう事になるので、ちらりと視線だけ上の方に向ける。見えるのは白い体だけ。
すると、その白い体は踵を返して歩いていってしまった。

「??」
「シロなりの歓迎のつもりなんじゃないか?」
「クロ、美味しそうに食ってたしな」

ジューゴとロックの言葉に、クロは自然と立ち上がっていた。
そして、あれだけ怖いと思っていたシロの元に走っていく。

「あ、あのっ!!」

大声で呼び止めると、シロはぴたりと足を止めた。

「ありがとうございます!!」

こちらを向いて頷くシロの顔はどこか嬉しそうで、今まで怖いと思っていたのが嘘のように、シロが可愛く見えた。
大きくて、一見いかつく見えても、中身が怖いとは限らないんだな、と大事な事を学んだ気がする。

クロは甘いのが大好きなので、彼の好意に甘えて苺パフェを美味しく味合わせてもらおう。



与えられた幸福の種
(それは小さい事のようで)



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