今あたしは、ちひろと一番仲がいい。
 ついこないだまではこんなに仲良くなるなんて思ってもみなかったのに。
 クラス替えしたばかりの慣れない教室で、まだ話したこともないのに、ちひろの存在はすでに浮いて見えた。鮮烈な赤い髪のせいもあって、他と交わらないような雰囲気があったのだ。

「ねえ、鹿野さんて美術部なの?」

 ちひろに対してそんな印象を勝手に抱いてからまもなく、本人から声をかけられた。放課後、昇降口のところで。
 なんで知ってるんだろうと思いながらも、いちおう、とあたしは答えた。ちひろは「いちおう」の意味がよくわからなかったようで、少しきょとんとして、小首を傾げてみせた。

「いちおうそうだけど、半ユーレイだから」
「ふうん。でも半ってことは、ちょっとは出てるんでしょ」
「週一。水曜日だけ」
「なんで?」
「水曜は、美術部休みだから。あたし集中力ないの。周りに人いる中で描くの苦手なの」

 そーなんだ、と笑って頷いた表情が、なんだか意外だった。意外と人懐こい笑顔。

「中野さん」

 たしかめるように呼んでみたら、ずいぶんとぎこちない響きになってしまった。それでもちひろは頷いてくれたので、あたしは安堵した。

「帰り、電車? 駅まで行く?」
「うん」
「よかったら、いっしょに帰る?」
「うん」

 二回目の「うん」は、嬉しそうな笑顔付きだった。
 今彼女に犬のしっぽでもあったならパタパタと振ってそうな、などと失礼なことを考えて、あたしはついニヤけそうになってしまった。

「水曜日、絵描いてるとこ見に行ってもいい?」
「見られてると恥ずかしいからだめだって」
「大丈夫大丈夫。陰からこっそり見てるから」
「それあたしに宣言したらもうこっそりじゃないでしょ」
「鹿野さんて、意外とクールだよね。お人形さんみたいなくせに」
「中野さんのほうがお人形さんみたい」
「あははっ! そんなことはじめて言われたよ!」
「見た目だけね」

 奔放で、とても無邪気に笑う。
 黙っているとしなやかな動物のようなうつくしさがあるのに、まるで小学生の男の子みたいなちひろ。そんな対比を知ったとき、あたしはどうしようもなく彼女に惹かれた。
 「描いているところを見たい」と言われたときに嫌だと拒んでおきながら、ちひろに絵のモデルを頼んだのはあたしだった。無機物ばかり描いてきたあたしは、ちひろと出会ってはじめて生きている存在を描きたいと思った。



「絵を描いてるユキって、きれい」

 帰りの電車。出入口の隅っこに、ふたりで寄り添うようにしてあたしたちは立っていた。
 今までなんとなく会話がなかったのに、突然、ぽつりとちひろが言ったので、あたしは車窓の景色を眺めることをやめる。
 ちひろを見た。

「なにそれ」

 ちょっと笑って言うけど、ちひろはほほえむだけで、何も答えない。だからあたしも何も言えなくなる。
 ちひろは、たまにこんなふうにほほえむことがある。いつもの奔放さはどこにもない、少しだけ大人びた少女のほほえみ。あたしは、それを見てしまうと、ドキリとする。彼女のひみつを目の当りにしてしまったような気持ちになるから。
 かすかに息をのんだあたしに、ちひろは気がついているのだろうか。
 そうなったら、ちひろとはもういられなくなるのかな、と静かに思った。
 あたしは、目を伏せる。

 車内のアナウンスが、降ってくるように耳に届いた。もうすぐちひろの下りる駅だ。
 何気なく目をやった窓の外は相変わらず夕焼けで、まるで時間が止まってしまっているかのように感じる。
 止まってしまえばいいのに。このまま、夕焼けのなかで。
 そんなふうに思うようになったのは、いつからだっただろう。境目すら忘れるくらい、それは自然な気持ちだったんだ。

「バイバーイ」

 開いたドアの向こう側で、ちひろが笑って手をふった。そしてくるっと背を向けて、夕焼けのようにうつくしく燃える髪をゆらしながら、あたしの視界から遠くなっていく。やがてドアが閉まり、音もなくなめらかに、電車が動き出した。

 燃えるような赤は、生命の色だと昔何かで読んだ。
 あたしにとってそれは、いつもそばにいる彼女の色だ。

 ちひろは、あたしのことを「きれい」だと言う。ううん、ちがうよ、ちひろ。あたしはね、意地とか、嫉妬とか、執着とか、とにかく汚いものばかりでできているんだ。ちっともきれいじゃない……。
 あたしには、きっとちひろは描けない。そんな確信がある。
 それでもあたしはあなたを描きたい。それがどんなに汚い思いで、どうしようもなくすがりついていることがわかっていても。
 いつかあの絵が完成したら、あなたは笑ってくれるよね。


燃える髪の彼女
15.9.18


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