「美央」
「美香ちゃん、どしたの?改まった顔して」
「あのさ、怒らないで聞いてほしいんだけど」
「なにそれ。俺、美香ちゃんに怒ったことなんかないじゃん」
「……そうだよね。美央がやさしいの、あたしが一番知ってるし」
「美香ちゃん、俺、ぜったい怒ったりしないよ」
「うん……」

 美央、あのね、あたしさ、



「好きな人ができたんだって」

 えっ、と声をあげたのは、目の前の数少ない友人だった。
 今まで課題を書き写していた姿勢が崩れる。驚いた顔で俺を見る遥が、マジで、と言う。

「だからミーちゃん元気ないの?でも、そのわりに落ち着いてるね?いつものミーちゃんだったら、その人殺しに行くじゃん」
「そんな物騒なことしねえし」
「よく言うよ、1年のとき早速謹慎くらってたくせに」
「……さすがに知り合いは殺せないっしょ」
「美香ちゃんの好きな人、ミーちゃん知ってる人?」
「古着屋の店員」
「えっ、年上?美香ちゃんって年上好きなんだ。へえー!」
「そこ?」

 へえー!じゃねえよ。驚くポイントそこじゃないから。年上とか年下とかどうだっていいだろ。
 ……どうだってってことは、ないけどさ。

 美香ちゃんの好きな人は、俺も顔見知りの男だった。よく通っている古着屋の店員。いい人だ。悔しいくらい。頑張っても、今のところ俺は彼の嫌みを見つけられないでいる。明るくて気さくな人。美香ちゃんと二人して彼に飯を奢ってもらったこともある。

「どんな人?イケメン?」

 遥が無邪気に訊ねてくる。こっちの感傷とかお構いなしかよ。のんきな顔に思わず舌打ちしたくなるけど、いいやもう、どうだって。

「マイケルに似てる」
「外人!?」
「いや、うちの犬。ゴールデンレトリバー」
「……」

 微妙な沈黙のあと、遥が曖昧な笑みを見せる。俺ゴールデンレトリバー好きだな、という謎の感想。
 いやだからそういうのどうでもいいし。遥って、いちいちなんかずれてるんだよな。だから俺なんかと今でも気軽に話せるのだろうか。
 1年の春に謹慎くらってからというもの、俺には“危険なやつ”というレッテルがべったりと貼られている。もともと友人なんて作る予定もなかったし、どうでもいい、と思いながら、だけど、でも、美香ちゃんに心配させるのは嫌だなと思う。

 あの人といる美香ちゃんは、俺の知らない顔で笑う。美香ちゃんに好きな男ができたら、もっと違う感情が生まれるのだと思っていた。
 おかしいな。もっと、死にたくなるくらい寂しくなるものだと、思っていたのに。

「……俺も、」

 触れたのは、左耳の0Gのピアス。

「ゴールデンレトリバーは好きだよ」

 もう、拡張はしない。



「……えっ、美央!?」

 帰宅した俺を見るなり、美香ちゃんが目をまるくした。カラコンをとった美香ちゃんのそのままの目を。

「どうしたの、髪!」

 非常に驚いた声で言われる。当たり前か、と微妙に照れくさい気持ちで髪を指先で触れながら、俺は笑った。

「最近暑いし、バッサリ切ってもらった。ついでに染め直してきちゃった」

 触れた髪はひどくきしむ感じがした。目にかかるほどだった前髪もバッサリ切ってしまったので、美香ちゃんの姿もよく見える。美香ちゃんは驚きの表情を崩さないまま俺に歩み寄り、俺の髪に手をのばしてきた。

「すごい、銀髪じゃん」
「メッシュもいれたんだよ。ほら、こめかみんとこ」
「うわ、ほんとだ。紫」
「……美香ちゃん」
「ん?」

 似合う?と聞くと、返ってきたのは俺の大好きな笑顔だった。似合うよ、美央すごいカッコイイよ、と美香ちゃんが背伸びをしてベリーショートになった俺の頭を撫でてくれる。
 ねえ美香ちゃん、ちっちゃい頃はさ、俺たち身長なんか変わらなかったのにね。
 あの頃の俺は、きっと俺たちがこんなふうに変わっていくなんて、思ってもみなかったんだ。

 その夜、眠る前に美香ちゃんは、カラコンをやめるかもしれないと俺に話した。あの人の好みじゃないから。
 そっか、と俺は頷いた。話を聞きながら、俺は明日もカラコンをやめないだろうな、と思う。青い目はわりと気に入っているから。

 寂しさを感じる。だけどそれは、決して死にたくなるほどのものではない。
 俺は、自分でも気がつかないうちに、何かを越えてしまったのかもしれない。寂しさを感じるのは、そのせいか。
 でもきっとそれだってそのうち越えてしまえるから。
 だから、俺は大丈夫だよ。


「美香ちゃん、頑張って」

 俺が笑うと、美香ちゃんも笑って頷いた。




毛皮を脱いだ夜にさようなら
12.11.9


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