案外時間は単純に過ぎていく。
クラスメートや部活のやつらに「おまえらまさか喧嘩してんの?」となぜか恐々としながら訊かれ、それに「べつに喧嘩してない、喋ってないだけ」とだけ返した。いやそれ喧嘩じゃん、という言葉は、めんどうなので無視した。
唯太と話さなくても時間は過ぎる。まあ当たり前か、と思う。ただちょっと、隙間のような時間が余ったので、俺はそれをバスケの練習にあてた。
淡々と、でもがむしゃらに練習する俺に部員はもう何も訊かなくなっていたし、顧問は以前転んだ俺に自分が喝を入れた為だと思って満足気だし、母親とは、喧嘩が増えた。取ったばかりなのに、また頬に湿布を貼る羽目になった。
ある日部活が終わった帰り道、あの横断歩道のところで、唯太を見かけた。
距離が遠いからきっと俺には気づいていない。唯太は、カノジョと二人でいた。いつものあの自転車はなく、どうやら徒歩のようだった。
写メってやろう、と悪戯心でケータイを構えていた俺は、しかしすぐにハッとしてやめた。
「……あーあ」
馬鹿じゃねーの、俺。
もう6月だ。引退試合が間近に迫っていた。部内の空気もそこはかとなく緊張感が漂っていた。
今日は、部活で試合形式の練習があった。
引退か、と思う。高校に上がっても、唯太はバスケやるのかな。ぼんやりと考える。俺は、どうだろうか。オカンうるさいしな。バスケは好きだけど、成績キープできるかわからないしな。
「よろしくお願いしゃーす!」
相手チームと想定された俺の向こう側の列に、唯太がいた。
なあ、唯太。高校でもやる? バスケ。
胸のうちで問うてみる。聞こえるはずもないのに、馬鹿だと思う。
唯太、なんていうか俺さ、自分のこと過信してたのかな。理想と現実という言葉が浮かぶ。唯太、俺さ、医者になんかなれるのかな。バスケも、母親に心配させてまでこれからも続けたいのかな。なんかもう、わからない。
背中の痛みはとっくにないのに、痛みがとれた途端、足元をすくわれる。
グキッ、という鈍い音が聞こえた気がした。
おかしい。走っていたはずだった。パスされたボールを取って、ドリブルで、ジャンプして、それで、着地した。はずだった。
接触もしていないのに、倒れた。
立てない、と思った直後、左の足首に激痛が走った。あまりに痛くて、そのままうずくまってしまう。動けない。え、俺なにしてんの。また顧問にどやされる。まだ試合途中じゃん。
なあ、ほんとに、なにしてんだよ、俺――。
うずくまったまま、もう完全に動けなくなった。意識まで朦朧としてきた。
視界の端に、走って近づいてくる姿をとらえた。
「――秋吉!」
そんなでかい声、はじめて聞いた。
なんて思ったら笑えた。
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