背中が痛い。足がもつれる。体が重い。
胸にずっと違和感のようなものがあって、何に対してと問われれば、理想と現実、だろうか。
いつもの抑揚のない調子で、付き合うことになった、と聞いたとき、最近感じていた違和感のようなものが俺の中でたしかに音を立てた。
先日体育館で転んで、体を床に打ちつけたときのあの音に、似ている気がした。
「……マジで？」
「んー」
「んー、て」
夕暮れ時、帰り道でのことだった。
唯太の漕ぐ自転車の後ろで苦笑しながら、「いつかはこうなる」と思っていた自分より、「まさかこうなるとは」と思っていた自分のほうが随分勝っていたことに、俺は少なからずショックを受けた。
今年になってから同じクラスのある女子に、唯太のことで相談されていた。
俺の好きな女優にちょっと似ていて、かわいいな、と思っていた女の子だった。だからといってそんなことを言う必要はなかったし、そもそもとても言えなかったので、「唯太、今カノジョいないよ」と、俺の知っているたしかな情報を彼女におしえてあげたのだった。
だから、いつかこうなることなんて、想像できていたはずなのに。
「昨日『付き合って』って言われて、俺、うんって言っちゃった」
「言っちゃったって。なに、やなの？」
「そういうわけじゃないけど……なんか、ちょっとびっくりしてさ。ほとんど話したことないし、それに」
「なんすか〜」
「それに、秋吉のが仲良かったじゃん。あの子」
「……そんなことないでしょ」
喉が引き攣れるように、うまく声が出せなかった。唯太に、聞こえただろうか。
まあいいか、べつに、聞こえなくても……。
最近、俺は唯太のことがひどく羨ましかった。どこがといえば、もうなんていうか全部だ。環境も身長も体格も、その視野の広さも。全部。
唯太はいいよな、なんてセリフが、なんでもない会話のたびに何度口からこぼれそうになったか、もうわからなかった。
勉強は嫌いじゃないし、必要だとわかる。バスケは好きだから、母親と喧嘩しながらもやっている。唯太のことが好きなあの子のことも、顔が好みなだけで、なのに、なんでかな。羨ましい、唯太が。目の前の、俺よりもずっと大きな背中が――。
「唯太」
「んー」
「もういいよ。明日からチャリ乗せてくれなくて」
唯太がこちらをふり返る。時間が止まったようにめずらしく車の往来がない横断歩道の前で、自転車が止まった。俺は荷台から降りた。
「なんか疲れる。最近、唯太といると」
小学生からの幼なじみで、仲は良かった。誰よりも。だって今まで喧嘩をした記憶すらなかった。それは唯太が、俺よりもずっと大人だからだ。
でも、最近まで同じだと思っていたのだ。開いた差が見上げるくらいになって、ようやく気がついたのだ、俺は。
「唯太、前に俺に"期待されてる"って言ったよな。なに？ 期待って。……馬鹿じゃねーの。俺、期待されるほどたいした人間じゃねえよ」
唯太は黙っている。果たして俺の声が聞こえているのかどうか。だったら聞こえていないほうがいい。こんな、ただの八つ当たり。
ああ、また差が開く。そもそも差って、なんだ。いつから俺はそんなことを気にするようになっていたのだろう。
カッコ悪いなー、俺。具体的な理想があったわけじゃないけれど、でも、でもこんなはずじゃなかったのに。
その日、はじめてお互い「じゃあまた明日」を言わずに別れた。
翌朝の午前６時３０分、外から自転車のベルの音は鳴らなかった。
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