目を閉じているとさざ波の音が聞こえる。だけど空耳の類だとわかる。さざ波なんて、そんなはずはないのだ。ここは海のない街だもの。
 海、海かあ。キラキラと白く光る海面や、砂浜のあのあまいにおいを思いながら、うっとりと目を開けた。六畳の部屋の開け放たれた窓から入ってくる風が、カーテンをさざめかせていた。

 外は春の陽気。雲の流れのゆっくりな、おだやかな午後。外からは近所の子どもたちのはしゃぐ声がきゃらきゃらとして、わたしの鼓膜をくすぐる。
 こんな昼下がりはお母さんらしく公園へ出かけようかな、と考えるけれど、肝心の子どもがわたしの傍らで眠っているのであった。おっぱいを飲んだので、満腹になったら、お昼寝。娘はそれはもうたくさん眠るから、あと二時間は起きまい。
 わたしの娘はまだ小さい。ずりばいで畳を移動し、ほっぺもおしりもまだミルクのようなにおいがしている。八月になれば、やっと一つになる。
 娘はとてもいい子。夜泣きはあるけれど、恐れていたよりあんまり泣かなくて、おとなしい、かわいい子。髪がわたしと似ている色。目の形も、わたしと似ている。わたしの娘。

「八月になったら、お祭りにいこうね」

 浴衣は来年かな。その頃には、もうちゃんと歩けるようになっているかな。そうかな。わたしのことを「ママ」と呼ぶようになっているのだろうか。
 そうしたら、お互いを呼び合いながら、手をつないでたくさんの場所にいっしょに行けるね。ふたりで行けるね。

「…いいこ」

 お母さんらしく、そっと髪を撫でてやる。それから娘の名前をささやいてみるけれど、やっぱり起きる気配はない。小さな手を握ってみたら、しっとりと、ほんのりとあたたかいので、ああ命だ、生きているんだ、などとしみじみ思い、泣けてくる。
 「お母さん」になったら、わたしはちょっとのことで涙が出てしまう。母強しにはほど遠い。

 春のやさしいさざ波の中、へたくそな子守唄をうたった。
 寝る子は育つね。きっとすこやかに、大きくなる。




あいのうみ
14.3.5


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