私、そういうのよくわからないんです。恋愛したくないのかって言われたら、そんなことはないんです。でも、何て言うか、手繋いでデートとかべつにしたくないし、甘い言葉も正直鳥肌立ちますし、記念日とか面倒ですし、高いプレゼントだってそんなもの全然いらないし。ていうかそういうのって、好みあるから私自分で買いたい派なんですよね。あっ、すみません、話逸れて。で、何でしたっけ、あっそうだ、だからですね、お気持ちは嬉しいんですけど、私、××さんがおそらく思い描いているような恋愛像には、きっと応えられないと思うんです。ほんとうにごめんなさい。

 と、ここまで一気に話したので、口の中がとても乾いてしまった。ついでに唇も。
 ああ、化粧室行きたい。ぱちんとスイッチをオンからオフにするように、私のベクトルが切り替わる。
 でもせっかく私に好意を向けてくれた人に「化粧室行きたい」とか、そんな失礼なことさすがに言えないし。

「あの、もういいですか?」

 にこりと、慣れた笑顔を目の前の彼に向けるが、彼はぽかんと私を見たまま反応がない。
 夜の駅前。私達の横を、駅構内から吐き出された人の波が倍速のように次々に通り過ぎていく。
 仕事を終えた会社員が多くを占める人波の中には、たまに腕を絡ませ、寄り添い合う男女の姿も垣間見えた。
 目の前の彼が望んでいるのって、きっとあんなふうな、お互いをやわらかく、大事に包装し合うような、そんな甘ったるい関係性。愛はやさしさ、みたいな。
 彼とお付き合いしたら、彼はきっと、もれなく私を大事に大事に、やさしく包装してくれるのだろう。

 ところで、××さん、私もう帰っていいですか?





「手嶋さんっていくつなの?」

 目の前の男が尋ねる。
 その視線は私をまるで見ていない。
 彼の目は今、彼の前に置かれた皿、その上のフォンダンショコラを愛おしそうに見つめている。
 そんな目で見つめられたい女が、社内にいったいどれ程いることだろう、と思う。

「22です」
「へえ、若いね〜」

 間延びした声で言いながら、手元は恭しく、銀のフォークでフォンダンショコラに切り目を入れる。
 質問は振るが、彼はきっとどうだっていいのだろう、私の年齢なんか。
 私も自分の前に置かれた皿の上、ベリーソースが添えられたフロマージュを、手元の銀のスプーンでそっと掬う。

「22かあ。じゃあ俺より、俺の弟のが手嶋さんと年近いじゃん」
「来栖さん、弟さんいるんですか?」

 彼は、フォークの切っ先にのった一口サイズのフォンダンショコラを、まるでダイヤの指輪を左手薬指に嵌めた女のように、うっとりした目で眺めながら、頷く。

「年離れてんだけどさ、すげえ生意気で可愛いの」
「そうなんですかあ。来栖さんはおいくつなんですか?」
「俺は今年で27」

 見えないです、と私が言いかけたのと、彼がようやく視姦していたフォンダンショコラを口にしたのは同時だった。
 喉がゆっくりと上下して、フォークを戻す。伏せ気味の眼差し。ため息混じりの囁き声で、うまい、と言った彼に、私は息を飲み、小さくふるえる。
 それはとてもぞっとするような感覚だった。私はそれをまるごとフロマージュと一緒に飲み込んだ。


 定時に退社して、それからこの場所に訪れたのはちょうど19時だった。
 彼の行きつけだという店の中は、ベリーのような甘い香りが漂っていて、照明さえもベリーの赤みを含んだ色合いで、甘いほの暗さ。
 ことごとく女子ウケを狙ったようなバーは、バーはバーでもスイーツバー。案の定見渡す限りの客層は、この周辺に勤めているだろうOL風の20代から30代の女たち。
 そんな空間にとても慣れた様子で入店した彼に聞けば、一人でもよく来店するのだと、へらりと笑って言うのだった。

「来栖さんは、甘党なんですね」

 おおよそ夕食時に来店する場所ではないと思う。
 そして特に女子ウケを狙った訳でもないのだろう、フォンダンショコラを視姦するような彼の場合。

「ああうん、甘いのちょう好き」

 彼はシャンパンの入ったグラスを、気ままにゆらゆらと弄びながら答える。
 ゆらめく淡い色の水面に、プツプツと沸き上がる気泡。もがき苦しんでいるように見えて、それを愉しむような目で見つめる彼に、私はまた飽きもせずふるえるのだ。
 視線は相変わらず私に向かないまま。


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