唯太と会わない日が今日で一週間になる。
 電話もメールもない。わたしがするなと言ったからだ。

 理由は、イライラしていたからだ。
 仕事が忙しく、残業になる日が続いていた。わたしは仕事が嫌いなので、この忙しさに充実感などちっとも抱けないのである。
 ある夜、疲れた体で唯太の部屋に行くと、唯太はいつもどおり何考えてるかわからない顔で、やさしかった。わたしが「お茶漬けが食べたい」と言えば、はいはいと頷いて、わたしの好きな山葵入りのお茶漬けを作ってくれた。
 わたしはそんな彼のやさしさに、なんだかとても腹が立ったのだ。
 ねえ、唯太さ、いつもそうやって黙って頷くだけだけど、わたしの話なんかほんとは聞いてないんでしょ。どうだっていいとか思ってるでしょ。いいよ正直に言って。ねえ、黙ってないで何か言えば。
 唯太が何も言わないのが無言の肯定に思えてならなかった。わたしはそこらへんに落ちてたティッシュボックスやらライターやらリモコンやら、とにかく手当たり次第唯太に投げつけた。
 ねえ何か言えば?唯太ずるいよね。黙ってればいいとか思ってるんでしょ。いいよもう。もういい。帰る。送ってくれなくていいから。メールも電話もしないで。わたしがするまで、しないで。
 そう言ったら、唯太は今日までほんとうにしてこないのだった。
 鳴らないケータイ。どうやらしかばねのようだ。

 唯太は、何を考えているのかちっともわからない男だ。表情が少ない。口数が少ない。背は高いけど猫背だし、わたしと会うときはいつも寝グセをそのままにしたような、くしゃっとした髪でいる。低い男の声で、ゆっくりと、他愛もないことを、話す。黙っているほうが多いのだけど。
 飄々としてみえて、しかし唯太はわたしにとても忠実だ。わたしがしろと言えばするし、するなと言えばぜったいにしない。
 はじめて会ったときはデカイ猫のようだと思ったのに、二年経った今ではまるでデカイ忠犬だった。

 会社で、書類のコピーをとる。
 ガーガーと喧しい音をさせて、次々に流れてくる書類のコピーをぼうっと眺めていた。眺めているうちに、わたしは何をコピーしてるんだかわからなくなってきた。
 何だこの書類は。わたしは何をしてるんだ。
 ケータイは相変わらずしかばねのようだし、唯太の部屋には行ってないし、唯太もわたしに会いにこない。で、一週間だ。唯太は忠犬だから、わたしがいいと言うまでずっとこうなのだろうな。
 そう思ったら笑えた。二十歳も超えたデカイ男のくせに。したかったら電話もメールもすればいいじゃん。八つ当たりされたら、ちょっとは怒ったっていいのに。
 わたしはそこまで考えて、そうか、怒ってるのかもしれない、と思った。ふつうに考えたらそうだ。

「白上さん」

 呼ばれてる。だけど、唯太じゃないことはすぐにわかった。ここは会社だし、唯太はわたしを「白上さん」なんて呼ばない。
 顔を上げたら、なんか知らない男がいた。たぶんわたしより少し上くらいの歳の、趣味の悪いネクタイをつけた茶髪の男。誰この人。

「白上さん、大丈夫?顔色よくないよ。疲れてるんじゃない?最近忙しいもんね」
「はあ、大丈夫です」
「ねえ白上さん、今夜どっか飲みにいかない?息抜きしようよ。俺いい店知ってるからさ」
「はあ?」

 突然出てきて何なの。ていうか誰なの。
 返答にもなっていないような間抜けな声しか出ないけど、彼はそれを肯定ととったらしかった。
 何故か今夜名前も知らない男と飲みに行くことになった。


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